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I・はじまりの部屋 雛瀬 様
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重い瞼を開けると、岩肌のごつごつとした天井が目に入ってきた。
そびえたつ岩山を掘って造られた天然の部屋だ。ランプの光を落した室内は薄暗く、冷えた空気が今は暖炉の炎のお陰で暖まっている。そこは見覚えのある部屋だった。
だが、何故自分がここにいるのだろうか。
外から聞こえてくる、打ち寄せる波の音をぼんやりと聴きながら考えていると、聞きなれた声が静かに耳に入ってきた。
「よお。目ェ覚めたか、バカ弟子」
「…………師匠」
魔法衣を着ていない師が、寝台の脇の椅子に座ってポップを睨むように見ていた。
初代大魔道士マトリフ。ここは、彼がずっと隠居生活をしている住みかで、この部屋はポップの部屋だった。普段マトリフが使っているのは入口のある部分だけだからと、物置になっていた奥の部屋を掃除してポップが使うようになっていた。
と言っても、ダイの捜索で放浪しっぱなしのポップが長い間ここに居座ることはないのだが、魔法使いや僧侶にとって垂涎の様々な蔵書が――――それも今ではどこに行っても手に入らなかったりする書物が無造作に積み上げられているためパプニカやカール、そして故郷よりも訪れて数日滞在することは多かった。
だが、いまはマァム達と未開の森に入り、そこで野宿をしていたはずなのに、どうしてこんなところで目を覚ましているのか……。
疑問が顔に出ていたのだろう、マトリフは大きなため息をついた。
「ぶっ倒れたんだよ。マァムと占い師の姉ちゃんが、テメエをここまで運んできたんだ」
魔法の使い過ぎだとマトリフはポップを睨んだ。
いったんはパプニカに運ばれたのだが、ポップの症状を見てマトリフのところへ行くのが適切だと判断されたらしい。
魔法力と精神力の回復は、その症状が悪ければ悪い程より自然に近い場所での治療が良いと言われている。
魔法を使う者と自然との相性もあるだろうが、森の中や湖畔、海岸、岩屋といった場所が一般的に取り上げられる。
大地の恵みが大きいこと、つまり大地の女神の加護が強い場所こそ、人間の傷ついた神経を癒すのに最適なのだ。だからこそ、マトリフもこんな辺鄙な場所を住処に選んだのだろう。この場所は空気も澄んでいて、海も近い。
「前にも言ったな。無茶な魔法の使い方はするなと。禁呪を使えばどうなるか、おめえにも覚えがあんだろう」
反論できなくて、でも答えたくなくて、ポップは卑怯だと分かっていて顔をマトリフから背けた。
突然来る胸の疼痛。大戦時にも時折感じていた痛みは、ここ最近では当たり前のようになっていた。大戦での無茶な魔法行使の反動と、その後のダイの捜索での無茶。そのつけが一気に押し寄せているような発作の回数。
マァムたちに気付かれないようにしていたつもりだった。だが、隠し続けるのもそろそろ限界だったのだろう。意識が飛び、倒れるほどの発作など、初めてのことだったから。
パプニカに一度運び込まれたのなら、このことはレオナの耳にも入っているはずだ。彼女には何度も釘をさされていた。決して無茶はしないようにと。アバンでさえ一目置く聡い姫だ。今度ばかりは見逃してもらえないだろう。気丈な姫の、怒りと心配の入り混じった顔が目に浮かび、ポップは小さく息をついた。
(...................拙ったな...................)
おそらく、ポップに対する監視の目が強くなるに違いない。パプニカでほぼ監禁状態で治療、というのもありえるかもしれない。
そんなのはポップは御免だった。
一刻も早く、ダイを探し出したい。これだけ探しても見つからないということは、黒の結晶の威力で異界へ飛ばされてしまった可能性のほうが高い。もし一人で戦っているのなら、傍でその手助けをしてやりたい。何よりも、彼の存在が恋しかった。だから、自分の体調の所為で誰かに足止めされるのは嫌だった。
ずっと無言のままのポップを見つめ、マトリフは再び、今度はわざとらしく大きなため息をついた。
「………………この世界のどこかに、空間の歪みを守る天界人がいるそうだ」
「………………てんかいびと?」
世間話をするような気負いのない声で話し出したマトリフに、ポップはその意図を測りかねてすんなりとした眉を寄せた。
「理の教皇、と呼ばれているそうだ。そいつに頼めば、魔界に行けるかもしれねえぜ」
「なんだってッ!?」
驚きに、がばりと寝台で身を起こしたポップは、しかし二日間も寝ていた反動で眩暈を起こし、頭から床に転げ落ちた。
「いってー…………」
思わず頭を抱え込んで涙目になる。
「行く気なんだろ、魔界に」
そんなポップを見下ろし、マトリフは聞いた。
「ダイのヤツがいそうな場所は、もう魔界しか考えられねぇ。違うか?」
「…………師匠」
「そいつがどこにいるのかは、オレも知らねぇ。あくまで古の魔法使いたちの言い伝えだからな。今じゃそういう存在がいること自体、知らねえ奴の方が多いが。あとはてめえで探しな」
ガキのお守は疲れるぜ、とマトリフは椅子から立ち上がって自分の部屋へ戻ろうとする。彼自身も体調が思わしくないのだ。それなのに、心配してずっとつきっきりで面倒を見てくれたのだろう。
「ありがとう、師匠」
その背に向けて、ポップは面と向かってはしたことのない素直な笑顔で言った。
「礼なら、ダイをつれて帰ってきた時にしな。ああ、それと、行動を起こすのはおめえの体調が万全になってからだ。焦りは禁物、魔法使いは常にクールでなけりゃいけねえ。忘れてねぇよな」
ああ。忘れてないさ。
ポップは心の中で頷いた。
魔界へ乗り込もうとしているのだ。ダイのもとへたどり着くまでは、必ず無事でいなければならない。そうでないと足手まといになる。
(待ってろよ。ダイ!!)
改めてスタートをきる。
はじまりは、この部屋からだ。
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―end―.
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I・魔術師【THE MAGICIAN】.
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正位置……発見。はじまり。意志。新しい出会い。
逆位置……疑い。嘘。ペテン。.
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雛瀬様が我が儘を聞いてくださり、
22+1のお題、《魔術師》にて物凄い素敵なお話を戴きました!!!
うわああ!ありがとうございます!
素晴らしいお話、本当に嬉しいです。
あああ!ポップとマトリフのダブル魔道士に狂喜乱舞して、萌えました!
雛瀬様の書く、凛々しくてしなやかな強い意志を持つポップが大好きです!
さらに《理の教皇》などの設定が、
とても楽しみな伏線で続きがあると信じて疑わない自分です。
ご事情で一旦ネットを離れられるとの事ですが、
お帰りの日をずっと心待ちにさせていただきます!
ルドルフ。
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2008/12/8
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