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【 IX 隠者の主張】

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「よ、久し振り!師匠」

「窓から出入りすんじゃねえって、何度言やわかんだバカ野郎」

「だってよー、ココ飛んだ方が早くね?」

ポップが開け放たれた窓枠に腰掛けながら指差したのは、足元。

カール王国の近郊にある深い森にひっそりとそびえ立つ高い塔の天辺。

今のカール王国相談役、一代目大魔道士マトリフの住居。

現在形式上カールに属する筈だが、
マトリフ本人は至って相変わらずのマイペースさで、好き勝手な魔法実験の道具やら薬学の本、
はたまた良く用途が判らない不気味な品々に埋もれて。

自由な隠遁生活をしていたころと何だ変わりない様に見える。

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唯一変革があるとすれば…

以前はベッドに伏せるばかりになっていたマトリフ自身が、寝間着ではなく何時もの魔法衣姿で過ごせる程に回復している事か。

カールでの集中治療が思いの外、効果をあげているようだった。

自分独りきりだと放ってロクに治療も養生もしないマトリフを、
アバンが相談役の名目で呼び寄せたのは知っている。
しかし仕官どころか世情を嫌うマトリフをよく説得出来たものだと、
ポップは改めてアバンの凄さに感じ入ったものだ。

「元気そーで安心したぜ、師匠」

ポップは素直に嬉しく思い、笑顔を浮かべた。
何せダイを探しに魔界へ行く前、洞窟の居住を訪ねた時には、
これが数年前まで自分をどやしつけ、魔法の特訓をしていた人物かと、
戸惑うほど床に伏し、生命力が弱くなっていた。

しかしそんな状態でさえ、マトリフはポップに迷わず行けと教示した。

ポップは、その時の言葉を深く胸に刻んでいる。

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「ところで、てめぇの勇者は健在かよ?」

ニヤリと含みを込めた笑いに、
一瞬頬に血が上り赤く散ったが直ぐに小さく咳払いをして、鎮める。

「おう、元気だぜ。コッチ寄る前にアバン先生に挨拶してきたんだけどよ、
あいつカール騎士団の連中に囲まれてさ、
長くなりそうなんで置いてきた」

「ふん、いいのか?」

「迷子になる距離じゃねーし、そのうち来るだろ」

照れを誤魔化すようにつれなく言って、ぷいと顎は明後日を向いた。

カール王国は屈強な騎士団を抱える武道派国家だ。
大魔王バーンとの最終決戦の折に、国を壊滅させられながらもフローラ女王のもとに団結して、
ミナカトールを完成させるため勇者パーティを助けて勇猛に戦った騎士達。

だから当時の小さな勇者を覚えいる者はとても多く、
しかも更に立派な青年となって帰ってきたダイに皆感激もひとしおだったらしい。

アバンやフローラへの挨拶が済んだ途端に、歓待の人混みへ呑まれてしまった。
ポップはそれらを纏めてダイに押し付けて、
とっとと抜け出しマトリフの下へ一足先にやって来た。

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「ところで師匠は、ホントに先生の相談役してんの?」

立ち寄った王宮ではマトリフの噂は殆ど聴かなかった。

王の相談役とも言えば国の重鎮だ。
その一言で国が動く事もある。

しかも、良くも悪くも影響力があるマトリフが政治に関わっているなら、何かしら波も立つはず。

不審顔のポップにマトリフはチラと横目を細め、呆れたようにため息をついた。

「表に出るなんざ、んな面倒くせぇまねするかよ、俺の名称は文字通りお飾りだな、みりゃわかんだろ」

「は?」

「うるせぇ大臣等の相手なんぞ、アバンがやってりゃいい」
ポップは腕組みをして首を傾げた後、少し窺う様にマトリフを見た。

嘗て一時間接的にせよ、国務に関わった事があるポップの読みは単純ではない、マトリフが隠遁生活を止め此処にいる以上、何かしらのをしているに違いない。
「…つまり、内攻を把握する為、隠密に敢えて関わらねぇ訳?」

「さあてな」

「らしいっちゃらしいけど…」

素直に通常の責務へ封じられる訳は無いと思っていたけれど。

流石は師匠と言うべきか。とポップは肩を竦めた。

「んでも外の情報はどうやって?」

部屋の隅に設置してある机にちらりと視線を投げる。

そこには他のガラクタに混ざって、ぞんざいに水晶玉が埋もれていた。

「なる程なー」

マトリフの事だ、魔法防御結界が張ってある城の中も、如何なる遠くの外だろうと見通せるに違いない。

「人聞き悪い事を言うんじゃねぇよ、そいつはたまにしか使わねえ」

うひひ、とあまり品のない笑い方からして、
時たま誉められない事に使われている事は明白そうだ。

ポップは呆れ半分、羨ましさ半分で溜め息を吐いた。

まぁ、其れだけではなく。

本気になれば優れた頭脳を持つマトリフは、
幾らでも情報を集める手段とルートを確保しているのだろうが。

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「所でお前等はコレから破邪の洞窟にでも潜るつもりか」

「へっ!?」

意表を突かれたように、元々大きい瞳をびっくりしてさらに見開きマトリフを見返す。

そんな弟子を鼻で笑った

「んのくらいわかんだろ」

しかしポップは普段と何だ変わりない旅の服装のままだ。
違うと言えば小脇に抱えた一冊の古びた本位だ。

「ソイツは例の古文書だろう?」

大昔、破邪の洞窟に挑んだ賢者の残した記録。

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「潜る許可をやる代わりに完成させろとでも、言われたんだろうがよ」

相変わらず抜け目のねぇ女だ、とマトリフは心中で現カール国女王を笑った。

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確かに竜の騎士の勇者と大魔道士を名乗れる程の魔法使いのコンビなら、
前人未踏の破邪の洞窟制覇が可能に思える。

逆にこの二人で無理ならば、この先の歴史で到達しえないだろう。

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(…まぁ、昔の俺等なら可能だろうがな)

マトリフの脳裏に蘇った一枚絵の風景は、遠いある日。

直情だが情に熱い騎士、
それを見つめる慈愛に満ちた瞳を持つ優しい娘僧侶、
風のように捉えどころが無いおどけた老武道家。

心技体の完璧な、勇者。

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人との関わりを煩わしく思い、昔から斜に構えた自分が唯一属して認めたパーティ。

今でも心の奥、誇らしく思う自分を知っている。

無論誰にも言わないが。

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不意に立ち上がり、壁の鋲へ無造作に釣り下げれていたモノを外して、ポップに向かい投げ寄越した。

「これを持ってけ」

「うわっ!?」

受け止めてみれば、それは古びて錆の浮いたランプだった。

「真理のランプだ」
「へ?これが?!」

真理のランプと言えば、破邪の剣など等同じ伝説に近い古代のマジックアイテムだ。

そこから放たれるのは、夜の闇や地底の闇を退けるだけではなく、
心の暗黒さえ照らし真実へ導く神聖な光。

一度灯せば、持ち主の望むままに、どんな悪環境だろうと火が消える事がない。

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「長く潜んなら役にたつだろ、いくらおめぇが魔法力有り余ってても、無限じゃねーんだ」

破邪の洞窟はリレミトが効かないし、帰りもある。

これならば最短で迷わず、進むことが出来るだろう。

「サンキュー師匠」

ポップは師のさり気ない優しさに心から感謝した。
照れくさいから素っ気ない口調で礼を言う。

その時、窓辺に腰掛けていたポップの背中に、勢い良くぶつかってきた影があった。

「おわぁッ?!」

勢い余って室内にもつれて転がり落ちる。

「ポップ――――っ!!置いてくなんて非道いよ」

床に転がったポップの腰に両腕を回して抱き付いているのは、
体は立派な戦士に育っているくせに、未だ子供の口調がまた妙に似合うダイだった。

「ばっかやろう!痛てぇじゃねぇか!」

がっちりタックルされた姿のまま、ポップが怒鳴る。

「離せッ」

「やだよ、ポップ目を離すとすぐどっか行っちゃうだろ」

「迷子かよっ俺はっ!」

「あ、マトリフさんこんにちは〜」

ジタバタと活きの良い魚の様に暴れるポップを抱き締めたまま、
ダイはニッコリと良い笑顔で呆れ顔のマトリフを床から見上げた。

「うるせぇ奴らだ、いちゃつくのは余所でやれ」

「んな…っ!い、いちゃついてなんかねぇよッ!ダイ、いい加減にしねーと…」
言いながらその左手に宿った炎熱の気配に、ダイは渋々ポップを解放した。

起き上がりマトリフと向き合う。

「マトリフさん元気になったんだ?良かった」

「まあな」

「アバン先生の言ってたとおりだね」

「アバンの奴が…何だって?」

不振にマトリフの声が一段低くなった。

「マトリフさんは、何かに取り組んでた方が、元気でるって」

「…ふん」

表面は何も変化ない師の、僅かな感情の含みを感じたポップが
気付かれないようそっと柔らかく微笑した。

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「――んじゃ、そろそろ行くぜ」

「破邪の洞窟から戻ったらまた来るね」

「おう、サッサと行け、もう直ぐ別嬪な女医が検診に来る時間だからじゃますんな」

シッシッと邪険に追い払うかのごとく、マトリフが手を振った。

「じょ、女医さんっ?!」

窓から出るべく背を向けたポップが、途端に顕著に反応して振り返った。
それにムッとしたダイが、ポップの背をぐいぐい押して窓際に連れて行く。

「行くよポップ」

「ま、まてダイッ。俺は男なら誰でも憧れる美人女医さんってヤツを一目〜〜…」

その場へ踏ん張るポップをひょいと小脇に抱えると、最後まで台詞を言い終わる前にダイはトベルーラで塔から飛び去った。

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「やれやれ、本当に騒がしい奴らだ」

深く椅子にもたれながら溜め息を吐いた口元には、僅かばかりの笑みが浮かんで消えた。

「さて、オレはオレの仕事でもするか」
先程の女医話は、体よく追い出す為の方便だ。
またああ言えば、ダイがポップを暫くここに近づけまい。

良くも悪くも二人は目立つ。

マトリフの真の働きは
何時の間にか張られている蜘蛛の巣の様に、静かに、進められなければならない。
広く、味方も敵も全ての情報を把握するため。

勇者が迷い無く前に進むため、有象無象の懸念を払拭するのが魔法使いの役目だ。
そう持論するマトリフは、今の役割を自ら選んだ。

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全てを次代に任せるかと思いきや、
前勇者は未だ戦いを続けている。

「飢えも戦も無い真の平和を世界に。」
とゆう三十路を過ぎてもそんな青臭い理想論を、大真面目にブチ挙げている。

優れた頭脳も、卓越した技も、持っている癖に
そうゆう子供の夢物語の事の様な事を真剣に語り、
力を貸して欲しいと頭を下げるアバンを、
マトリフは呆れ半分、諦め半分。

そして少しの安堵も含めて見やったものだ。

…変わらない自分の認めた勇者を。

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勇者とゆう人種は、何処か一種純粋な心を持っている者が成れるのかも知れない。
全く似ていないダイとアバン、二人の勇者の共通点がそれと、マトリフは思う。

現在アバンの提議に賛同したパプニカ王国と共に、
サミットやら停戦調停やら何かと忙しい。
当然、その改革案を快く思わぬ政敵も増える。

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一度は見捨てた世の中だが、
己の勇者がまだ戦いの最中で、
自分の助けを必要とするならば、
その魔法使いとして隣に立たない訳にはいかない。

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(小僧どもに当てられたか…)

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アバンの呼び掛けに応じて此処にこうしている自分を、マトリフは自笑する。

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マトリフは一つ、カールに来るにあたってアバンに条件を付けた。

もし、アバンが昔仕えた王の様に、
権力に溺れ初志を忘れるような事になったなら。

一発極大魔法で折檻した後に
また隠遁生活に戻ると。

(それまでは仕方ねぇ、力を貸してやる。)

(判りました、肝に命じますね)

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もしその会話を二人に教示された弟子が聞いていたなら、
肩を竦めて苦笑した事だろう。

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「それって一生有り得ねぇし、師匠も素直じゃねぇよな」

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しかし矜持の強いマトリフの、
それは照れを認めたくない精一杯な妥協点であり。

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世捨て人を止め、再び勇者と共に並ぶ為には、

譲れない、隠者の主張なのだ。

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【終】

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《 IX ・ the hermit 》

theme〉研究心・探求心の継続。

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正位置・目標に向かい真剣に取り組む姿。隠された存在、事柄

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逆位置・ 周りの事柄が目に入らない。知恵の乱用、悪用

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2008/10/21

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