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【 X IX・落ちぬ太陽】

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世界は漠然と薄白く、夜の闇は何時までも訪れない。

この世は眠りを忘れた様で、太陽は地平線の上にて留まっている。
大気は北国特有の、氷を含んだような肺を刺す冷たさ、
溜め息を吐く為に呼吸を深く吸い込むと胸がきしりと傷んだ。

「大きな呼吸は控えて、浅く小さく。でないと喉が凍りますよ」

地平を一望出来るバルコニーに佇んで沈まぬ太陽を眺める人影へ、オーザムの元首都に位置する場所からやや北、
辺境の関所にあるこの館の初老を迎えた主が、話かけた。

「本っ当、腹ん中までこごえちまいそうっすね」

鼻を啜りながらヘラと笑って振り返ったひょろりと背の伸びた青年は、
この国に多く分布する針葉樹と同じ、濃い緑の魔法衣を身に付け、
更に一段深い色のマントと、額から流れる月光色の布を雪原からの強風にはためかせている。

「大魔道士殿が、この時期にこの地を訪れになるのは初めてですな」

「そうっスね、前に来た時は普通に夜が来てたんで」

ポップの言葉に男は頷きながら、雪に覆われた大地を照らす、夜の太陽に目を向けた。

「白夜はこの時期一月程しか続きませんが、慣れないなら眠れないのも当然でしょう」

「はは…寝れない訳じゃないんスけど、」

文献で読んだ事があるこの現象を頭の中で想像していたが、
自然の織りなす圧倒的さには当然矮小過ぎた。

昼間のように強い明るさではなく、
凍る大気の層に阻まれ、屈曲してけぶる淡い陽。

まるで永遠の夜明け。

その一枚画の様な静謐さに、
意図せず息を潜めていたポップはまた溜息を吐いた。

「時に大魔道士殿、この様に寒冷の期にこの地を訪れ為されたのは矢張り…?」

問い掛けに、ポップは少しはにかむ笑みだけで答えた。

大魔道士が、
数年前の大戦の折に行方不明となった勇者を捜している事は、有名な話だ。

パプニカ国の公使として滞在願いの書状を携え現れたポップを、
男は納得とともに歓迎し、丁重で好意的な対応をする理由があった。

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先の大戦にてオーザム国の王家は、魔王軍ににより壊滅的な打撃を受けて滅んだ。

しかし其の地に住まう人々が全て居なくなったわけではない。

大戦終了後、指導者を失い路頭に迷うオーザムの民達は、
厳しい環境下の為復興も、侭ならず
それでも個々に極寒地へしがみつき生きるしか無かった。

其処をポップ、マァム、メルルの3人が訪れるまでは。

オーザムの痛惨な現状を見た三人は旅の途中にも限らず、直ぐさま動いた。

特にポップと呼ばれる、一見頼り無げな少年魔法使いの働きは一入だった。
無差別な破壊により連絡が断たれてバラバラだった街同士を、
悪天候をモノともせず飛翔呪文にて繋ぎ、復興の為の礎を固めた。

更に遠く接点が薄かったパプニカ国から、援助の物資と人材が瞬間移動呪文にて運ばれ、
その同盟国とゆう国々からも少しずつだが、手が差し伸べられる様になった。

そうしてようやくオーザムに住む人々は、今現在
明日をも知れぬ瀕死の淵より、未来への希望を取り戻した。

三人は最初の取り掛かりが安定したのを見届けると、
また旅立って行った。

その際、街の代表者として立ち上がりポップ達と共に動いたのが、
元オーザム国境近衛兵の主だったから。

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そしてそれから4年後の今、今度は単身で大魔道士として来訪したポップ。

以前より大人びて、どこか前には持ち得無かった精錬の気配を纏っている。

それはこの4年の過酷さを示すようだった。

「…何か手がかりは見つかりましたかな?」

「いや、空振りっすね」

そう笑って明るく振る舞って見せたポップの本意は読めない。

「…時に大魔道士殿、貴方がこの地で何と呼ばれているかご存知ですか」

「へ?」

突然の投げかけに、ポップは少々間の抜けた顔をした。

「『白夜の魔法使い』ですよ」

「はいぃ?!」

「一番過酷な巌冷の時に、暗黒を退け地を照らす沈まぬ太陽の如く。
――皆は思ったのです」

大魔道士に続き大層な二つ名に、ポップは唖然と口を開いたまま何と答えたものかと逡巡する。

その正直な素朴さを好ましく見つめて、元近衛兵、今はオーザム民主国家代表の男は微笑んだ。

「さぁ、此処は冷えます、部屋へお入り下さい。
幾ら防寒の効力が有る法衣とて堪えましょう」

驚きの余韻を引きずったまま、促されポップは足を踏み出しかけたが。

つい、と振り向き地の果てにある目を灼かぬ太陽を見詰めた。

「いや…もう少しだけ、すんません」

「…わかりました」

一礼して踵を返した主は、そのまま後にポップを残し去った。

大気は氷点下の凍れる世界に只一人、立ち尽くす。

夜の太陽でさえ、不思議と仄かな温かさを頬に届ける。

「俺があの太陽?」

ポップは不意に表情を歪め苦しげに、笑った。

「有り得ねーよ、なぁ…ダイ」

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応える声は未だに無い。

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「ダイ…っ」

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それでも其の名だけが明日への希望の様に、繰り返し呟いた。

永遠に地に落ちぬ太陽は、この胸の中に在る。

懐かしく眩しい面影を呼び覚まして、

ポップは瞼を閉じた。

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【終】

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《  X IX ・ the sun  》

theme〉エネルギーの源。

正位置・あらゆることの可能性

逆位置・未熟なもどかしさ

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2008/10/01

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