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■焚き火を囲んで■

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 ダイが帰ってきた。

 一切の記憶を失って……。

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 半年の時を経て人の住む世界に戻ってきたダイは、何も覚えていなかった。

自分のことも、他の誰かのことも。

そして、たった半年しか経っていないというのに、彼は数年の時を過ごした様に見えた。
明らかに背が伸び、声が低くなっている。
服は何年も旅をしてきたかのようにすり切れていた。

 それでも、どれだけ姿が変わっていてもそれがダイである事を疑う者はいなかった。
 失われた記憶も、時間と共に少しずつ戻っている。
この半年間の事は思い出せないようだが、それ以前のことは数ヶ月で随分と思い出していた。
たった、一人のことを除いて。

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「ねぇ、ポップ。おれとポップって、どんな関係だったの?」

 じっとしているよりは動いている方が良いという本人の希望に添って、ダイは特にどこかに定住していない。
その時も地図の補完の為に旅に出るというポップにくっついて、旅をしている途中だった。
城に押し込められてじっとしているより、その方がずっと気が楽だといって彼は良くポップにくっついて外に出ている。
 自分一人だけ思い出してもらえないのは、悲しい。
だけど、己の気持ちを押し隠すために距離を取るには、そのくらいが丁度良いのではないかと
前向きに考えるようにしていたポップは、
その質問にどう答えるべきかと少し首をかしげる。
だが、どう答えたところで別に問題がないのだとポップは少し自嘲気味に笑う。
「ポップ?」

 ポップのことだけを思い出せないという申し訳なさからか、
ダイは以前よりもポップに対して丁寧で遠慮気味だ。

今回の旅への同行にしても、レオナを通して、とても遠慮がちに申し入れてきたほどだ。

「ああ、わりぃ。そうだなぁ……。旅仲間ってのがいちばんじゃねぇの?
 ほれ、姫さんとマァムは女だからどうしても行動が別れる事が有るし」

 名をあげながら、その人物のことは分かるよなとポップが視線を向ければ、ダイは小さく頷いて返す。
レオナも、マァムも。
彼女たちと共に旅をしたことも覚えている。

「ヒュンケルはあれだ。群れる性質じゃねぇし。自然におれと一緒にいることが多かったんだよ」

 これは、事実。何の嘘も混じっていない。ただ、言わないでおいていることがあるだけ。

「ふぅん……」

 焚き火に拾ってきた枝を入れながら、ダイは何かを思い出そうとするように頷く。
だが、結局うまく記憶につながることはなかったのだろう。
目に見えてしょんぼりと落ち込んだ。視線が下へと下がっていく。

「……ごめんね」

 思い出せなくて。そんな言葉が続くのが分かっているから、ポップはすぐにその言葉を自分で断ち切った。

「別に、良いんじゃねぇの?」

 その言葉に、驚いてダイは顔を上げる。どうして、と唇が動いた気がした。

「聞いたり、思い出したりで分かってるだろうけど、あの旅ってほんの数ヶ月だぜ?
 そりゃ、その時だけの思い出とかは有るだろうけど、別にこれからいくらだって時間があるんだからさ」

 焚き火の勢いを守るように細枝をくべながら、ポップは何でもない事のように言う。

 そう、何でもないことだ。自分のことを覚えていてもらえなかった事実はやはり悲しい。
だけど、そんな昔が無くても今が、未来がある。

ほんの数ヶ月の記憶を惜しんで何時までも落ち込んでいるより、
それに数倍にもなる未来を見つめて行けばいい。
二人は今この大地に立っているのだから。

「い、いのかな、それで」

「いいんじゃねぇ?」

 前向きな言葉にダイはとまどいながらもすがりつく。
何も覚えていない。だけど、それこそに意味があるような気がしていた。
他のことを思い出していても、ポップのことだけは思い出せない。
そこに誰かがいたような気がしても、
それがポップだったと言われてもダイの中でその二つがつながらないのだ。

記憶に霞がかかっているようで、誰かに邪魔されているようで落ち着かない。

「あん時なんて、結構目的に向かって一直線でよ。のんびり話する暇だってさほど無かったしな。あんま気にすんなよ」

 そろそろ火の側に置いていたパンが丁度良く暖かくなっている。
鍋の中のスープも美味しそうな香りを発していた。
パンとスープをそれぞれが取り、ゆっくりと食事を始めた。

 のんびりとした、暖かな時間。火急の用事もなく、ゆったりと時間を過ごすことが出来る。

「大丈夫。無理に思い出す必要はねぇよ。のんびり行こうぜ、目的も無い旅みたいでいいじゃねぇか」

 今回は地図作るって目的があるけどなとポップは笑う。

その笑顔に引かれ、ダイはやっとこわばっていた心と顔がゆるむのを自覚した。

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--end--
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結城さまから大変素敵なお話をいただきました!
コトの初めは冬コミ後の打ち上げにて、拙宅の駄絵を曝したところ、
その中の一枚を元に、後日結城さまがこんな素晴らしい萌話が!
わあわあ新年から幸せ者です〜!

ポップのこの切なつも前向きな感じ!たまりません〜っ。
ダイはやく二人の蜜月(?)を思い出してぇ!

本当に胸きゅんなお話、ありがとうございました〜!

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〉ルドルフ

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2010/1/5

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