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5年9カ月と4日。
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アイツが隣にいなくなってから、今日までの、
渇望。..
【泡沫に見る夢】
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――墜落するような浮遊感に、身体が怯えてびくんとはね上がった。
深い水底から湖面に急浮上で引き上がった様に、一気に覚醒する。
脳は、まだ混乱していた。
「―…あ、あ…。ゆ、め?」
ポップは暗い自宅の天井をボンヤリ歪む焦点で二三度瞬いて、把握した。
何度瞼を開け閉めしてみても、ここはランカークスの自分の部屋で。
決して暗い地底の世界ではない。
「また夢…かよ」
自笑に顔を歪めてふと、
滴が頬を冷やりと濡らしている事に気が付いた。乱暴に寝間着の袖で顔を拭う。
「5年もたってんのにお前の夢を見るなんて、俺も飽きねーなぁ」
ダイがいなくなってから見る夢は、
何時も蒼穹に吸い込まれてゆく最後に見た後ろ姿だった。しかし最近見る情景は変わって来ているのだ。
この数ヶ月ばかり見るのは…。
果てまで乾いて荒涼とした大地にダイは立っていた。
その頭上は鉛色の雲が渦巻き、雷鳴が走る。
こちらに背中を向けていて、身長もポップより高くなり体躯もしなやかな筋肉に守られた、
立派な青年と変貌していたが、
ポップにはその後ろ姿がダイだと判った。..
ポップは歓喜の声を上げる。
(見つけた、やっと!!)
その声にダイはゆっくり振り返って、驚いた様に瞳を丸く見開く。
幼かった頃の面影を目端に残しているのを認めて、
ポップは泣き笑いに顔を歪める。乾いた地面を蹴り、走り寄ろうとするが、
まとわりつく様な大気の重さに上手く進まない。そんな自分をダイは黙って見たまま微動だに動かず、ポップは酷く焦りだす。
(ダイっ!)
溺れた者の様に腕を差し伸ばして、辿り着く先を掴もうと宙を掻く。
視界の先に立つダイは近付く自分に、何処かとても苦し気に顔を歪ませてゆく。
其処で何時も目が醒める。
求める指先は届かぬまま。
君を求めて目覚める――…。
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ポップは自分の細かに震える両手を見詰めた。
きっとこの夢は何かの暗示に違いない。あのダイを包む風景、地上で有り得ない、禍々しい大地。
彼処へ行けばダイを取り戻せる。
それは確信にも似て、ポップの胸に新たな決意を生み出した。
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――目の前の視界に広がるのは、限りなく蒼い空だ。
……蒼い?
自分が見慣れた色は鉛色の雲海のはず。
障気を含み、肌をチリチリと刺す嫌な空気。
獣の咆哮の様な幾筋もの雷鳴。..
こんな染み入る青など、無い世界の、筈。
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ふと近くで笑い声が聞こえた。
軽やかな明るい声だ。
急ぎ行く先の自分に追い付いたらしい、
名前を呼ばれて振り返る。――ああ…追ってきてくれたんだ。
鳩尾の奥がぎゅうと痛くなる。
本当に、嬉しい。..
自然と込み上げる満面の笑みを向けて、唇はその名を形作った。
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…強烈な殺気で覚醒し、飛び起きると共に手にした長剣をほぼ反射で横に薙いだ。
濁った青い血が、雨の滴の様にダイの仰向けな胸へ降り注ぐ。
(この青じゃない、もっと澄んだ色だった)
いまだ眼窩の奥に夢の残像が瞬く。闘いに疲れた小休止に、うたた寝をしていたらしい。
何時もは眠りの縁だろうが竜闘気にて威嚇をしているため、
曲がりなりにも魔王と渡り合える実力者の竜の騎士を、
捕食しようなどと考える不埒者はいない。ネズミがライオンに挑む様なものだ。
しかしそんなダイとて、今のように少しでも気を緩めれば、この世界の生き物は襲ってきた。
植物は地と大気の汚染に耐えて生える異形の進化を遂げたもの。
痩せ衰えた大地の為、生き物を捕らえて栄養とする食中植物も多い。
モンスター達は言わば人間界の動物であり、弱いものは強いものに捕食される。…魔界は常に餓えに渦巻いていた。
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今も自身に突き刺さる、値踏みするような複数の視線を感じながら、
ダイは先程襲ってきた獣型モンスターの死骸を、食材として捌き始めた。..
魔界に墜ちてから。
おおよそヒト型以外の生き物は口にした。
生きなければ、とゆう兵器である竜の騎士の本能に従い
其を可能とする頑丈な身体と心にダイを塗り替えてゆく。何より大事にしたい己の中の人間の部分は、
この世界では弱さでしかない。
弱肉強食に否応なく晒され、本能のみが突出してゆく。..
だからと言って過去の記憶が消える訳じゃ無い。
こんな世界に生きる事が、平気な訳じゃ無い。
何度も泣いて、何度も願った。
地上に還りたい。
其れが無理ならば、せめて傍に支えが欲しい。
脳裏を占めるのは何時だって緑の輝き。
「ポップ…、俺…会いたいよ」
狂うほどの渇望、五年の月日にそのまま貪欲な独占の願いに擦り変わる。
ああ、あの最後の時は君を思い手を離してしまったけれど。
次に再び逢えたなら、もう何処へも還さない。
それをもしポップが拒むなら、
二度と双身に離れる事の無い様……..
捉えて喰らってしまおうか?
自分の糧となった数多の命の様に。
その柔らかな白い喉を喰い破って、温かな赤い血を啜り渇きを潤し、
肉の一欠片さえもこの身に取り込んで、
一つに溶け合ってしまおうか――..
ぶるり。
激しく頭を打ち震い、ダイは髪を乱して凶悪な意識を捩じ伏せた。
理性の光を宿す瞳が、苦し気にひそめられた凛々しい眉の下に蘇る。「来ちゃ駄目だ、ポップ」
黄金に耀く幻魔獣の眼。
多くの青い血を身に取り込んだせいか、
魂の振り子は、魔の領域に今大きく傾いているのだろう。..
「お前をどうするか、おれ判らないよ…?」
全身全霊で求めるが故に身体に渦巻きのた打つ、捕食への激しく甘い誘惑。
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焼けた魔物の肉を咀嚼する。
腹は一時満ちて、ダイは短い休息の再び為横になった。
しかし心は、ひび割れ渇いたまま。
君に餓えて眠る。
せめて先の夢の続きを見たかった。
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【終】
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後書きです。
柴崎さんからいただいた某映画の煽り文句が凄まじくダイポだったため、
勢いで書きましたが、何とも不完全燃焼な感じに…
ダイの飢える理由をもっと色々意味深にしたかったのにな(笑)ポップこのまま魔界でダイに会ったら喰われちゃうかも?
いつかリベンジ出来たら、色々意味深に喰われちゃうポップを書きたいです(笑)
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2008/8/18
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