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目覚め

目を開いても色は無い。

世界は次第に色褪せた。

それを感じるものが失われたからだろう。

それだけがすっぱりと切り取られて、
しかしそれが喪われては他の何も機能しないほどに、

中枢であった。

それ程までに重要なものを失ったと言うのに、でも

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自分は呼吸を繰り返し、食物を取り込み、
問われれば答える。
しかし、屍のようなものだ。

思いは心臓と同じ所に在るはずなのに、血潮を作り送り出すこの矛盾は何だろう?

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答えは無い。

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此処には無い。

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未だ自分は探しているからだ。

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喪ったそれを諦めきれないからだ。

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汚泥のような絶望を足枷に引きずりながらも歩くのを止められない。

まだ、足を踏み出す。

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明日には何かが変わると、言い聞かせながら瞳を閉じまた1日を終える。

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そしてまた世界は暗いままで、夜明けは訪れる。

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どこにも、太陽は無い。

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     【とぶゆめはもうみない】 

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―――かしゃん。

儚い音をたてて、

祈りの指輪は砕け壊れた。

それと同時に枯渇しかけた自身の魔法力が、僅かばかり体内へ息を吹き返す。

捻子繰れた綱の様な幹を晒す、老樹の根元に夜営の寒気を避け身を寄せながら、
早速自身にホイミをかけた。

全快とは程遠いものの、目立って酷い裂傷は塞ってゆく。

ふと、息を吐く。

安堵の呼吸ではない。

何故ならこれが、今回の探索に持得た最後のアイテムだったから。

手持ちが無くなった時点で、
また一月近くも居てめぼしい成果が上がらなかったからには、

この探索は、一旦終わりを告げてもよいと言える。

しかし、自分はさらさら戻る気は無かった。

既に満身創痍、火に誘われるモンスターもいるので、暖を取ることも出来ない。
凍り付くような夜の闇に、じっと体力の消耗を避けうずくまる。

不思議と生命の危機に晒されているとゆうのに、
奇妙な昂揚さえ覚え脳の片隅の恐怖をぼやかし踏みとどまらせる。

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頭では判っているのだ。

魔力や体力を回復する道具も底を尽き、食糧も水もこの森では自足がままならない。

祈りの指輪で僅かばかりの魔法力を得た所にて、
帰りの事を考えれば、極大呪文数発分撃てるかどうか。
回復呪文もケチるくらい切迫している。
ポップが今居る迷幻の森は、実は大海に浮かび、魔力を含む霧が孤島を丸ごと包む、独立した未開の地だ。

五年に一度、ひと月程霧が晴れて現れると言われる。

それが以前から目を付けていたが、探査が進まなかった理由だ。

前に霧が晴れたのは五年前……、

ダイが地上の何処からも消えたあの頃だった。

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足を踏み入れて判る。
此処は、独自の生態系で進化を遂げていた。

大魔王の意志を離れてさえ凶暴かつ特殊能力もあるこの森の魔物達には、
生半可なレベルの攻撃魔法では効かないのだが、
現状得意のメラゾーマでさえ無駄には乱発出来ない。

それさえ使い切り、真実空になってしまうと、
ルーラで帰国する事さえ出来なくなってしまう。

人はこの孤島を還らずの森と呼んで恐れて、島の影が見える範囲に決して近付かない。

此処へ帰る手段もなく取り残されたなら。
それは自殺行為に他ならない。

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先程までの出血と、度重なる戦闘に疲弊し靄がかかった様な意識の中、切り離された理性が、
うずくまり寒さを堪える自分を見下ろす。

「さっさと見切りをつけて戻りやがれ」

と嘲笑うもう1人の自身こそ、沈着冷静な『魔法使い』としての部分なのだろう。

『一度来たんだ、次はルーラでまた出直しゃいい』

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だが。

「まだ…帰るわけにはいかねぇんだ…」

真実、生存するには限界に近い状況となっているのに、

今、留まり続ける、

………その理由。

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ポップは足元に輝く粒子と化し散らばる指輪の残骸へ目を落とし、
この森へ探索に来る前に、
パプニカの美しき当主、レオナが好んで息抜きとしてお茶をするのに利用するテラスの一角にて、

交わされた言葉を思い出す。

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白磁に勿忘草の青紋様が美しい、ティ―カップが床に砕けた。

ちりり、と欠片の余韻はささやかな断末魔を上げ、それっきり沈黙する。

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「あ……、わ、りぃ…俺…?」

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滑り墜ちたのが信じられないといった表情で、
未だ持っていた形のまま固まっている自分の指を見つめるポップを、
責めるわけで無く、レオナはじっと待った。

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「すまねぇ、これ姫さんのお気に入り…だったよな」

二、三度瞼が瞬いて、ハッと今全てを認識したように視線が散らばる破片と化したカップへ向いた。

「弁償するよ」

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「いいわ、気にしないで」

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「そうはいかねぇよ!何とか同じもん、見つけてくるからさ、どこ産のか教えてくれりゃ跳んで直ぐに…」

「同じモノは無いの……造った方がもういないから」

途端にポップの顔色はサッと白紙に変わり、苦渋を含んだ瞳を伏せた。

「ほんと…すまねぇ」

「やあね、大袈裟よ。物は何時か壊れるのが決まりなんだから」

レオナは聡明に微笑んでみせる。

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「ポップ君、貴方疲れてるのよ、…少し休んで頂戴」

ずっと言いたかった事なのだろう、はっきりと促した。

「へ?俺疲れてなんかねぇって」

カラカラと笑いながら、ポップは床に片膝を着きカップの欠片を拾う。

メイドが飛んできて代わろうとするのを、

「俺のせいなんだからやらせてくれよ、な?
キレーな指に傷でも付いちゃ、俺がいたたまれねぇしさ」

やんわりと断る。

「夜、キチンと睡眠は取ってる?ポップ君以前はよく朝方まで調べものしたり無茶したでしょ」

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「まさか!最近はベッドに入ると起きてらんなくてよ〜、夜なんて夢も見ねぇくらいグッスリ熟睡して、体調もばっちりだぜ」

以前に比べて、倒れたり吐血をした形跡は、無謀に見せて無い筈だ。

決してもう、自分より重いものを支え、あらゆる責務に耐えうるこの王女に、
苦汁の表情をさせてはいけない。

ダイが居ない今、ポップは笑って見せるしか出来ないから。
レオナは今気丈に振る舞い、日々の国務には相変わらず忙殺されている。

それはむしろ安堵すべき点であるには違いない。

一度瓦解すると、際限が無いのだと、

ポップは自身で悟っていたから。

「………ポップくんもう、」

「じゃあ俺もう行くよ」

その先を言いかけたレオナを言葉で封じた。

「土産は期待しないでくれよ?……じゃあちょっくら、行ってくらぁ」

上手く微笑んだ自信がない。
奇妙に歪んだような、表情であったかもしれない。

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しかし今、自分に他の何が出来るだろう?

道化であろうと構わない。

誤魔化したいのは誰よりも自分の事なのだから。

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『物は何時か壊れる』

そして次第に忘れ去られる。

たった五年だ。

あの大戦の記憶は既に払拭されたとゆうのか?

国営を担う大臣達に、心のまま罵詈雑言を浴びせられればどれだけ爽快か。

だがそれを思う度、嘲笑が込み上げてくる。

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「果たしてアイツを忘れているのは世界だけか?!」

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――――深い未踏の樹海の懐で、心細さに

ポップは一つ身を震わせた。

レオナにも告げていない…。

この森の、密やかな伝説。

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『迷幻の森』

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強い魔力の吹き溜まり場。

空間が捻れた磁場は幾重の異界にも繋がっているとゆう。

其処で出逢うモノは紛いモノ。

しかし、望む形が具現化されたもの。

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惑わされていると知りつつも願うならば、夢を見れる場所―――。

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「幻でも、いい」

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あの大魔王バーンに刃向かった時の、
勇気ある自分自身などとっくの昔にバラバラに霧散し、もとの形など思い出せない。

ふと、落ちる雫に気が付いた。

「……?」

何だ?水?

源を指先で探てみる。
頬を逆しまに辿り、闇に見開いた自分の目に触れた。

愕然とする。

「涙かコレ」

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「…よせよ、哀しいみたいじゃないか…」

そんな事は無いはずだ。

自分で選べるのだ、続けるのも止めるのも。

そう。

「俺は自由だ」

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泣いたって何にも変わりはしないし、
明日はまた来る。

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だから平気だ、心配ない。

「心配なんて、なんにもないんだ。」

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(なあ、そうだろ?)

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ただ嫌なのは、

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―――次第に忘れてゆくことだ。

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それだけは心底恐ろしい。

声を、

背を、

手を、

瞳を、

  笑顔  を。

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薄れてゆく輪郭を必死に引き留める。

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……ダイを構成するもの。

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何故だろう?

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こんなに想うのに、

「……ダイッ」

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(お前を忘れた俺ならば、)

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膝を両腕で抱き、戒める様に爪を立てた。

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(俺がオレを許さない。)

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目を瞑れば明日は来る。

だけど紡ぐもののない糸車のように空回りするなら。

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―――もう永遠に目覚めなければいい。

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祈りは何時も単純だ。

「もう一度、会いたい。お前に、会いたい」

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例えば夢でも良い。

なのに。

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最期にみた蒼穹に消える後ろ姿の。

あのとぶゆめさえも、もうみない。

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闇の中に、明日はまた来るだろう。

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ポップは毛布に身を小さく丸め包まり、眠りに落ちた―――。

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祈りながら。

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      【終】




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2009/3/30

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