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【遠き峰に神は墜ちて】

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薄闇がもうすぐ全てを包もうと、背中まで迫っている。
まるで神話の時代から生えてたんじゃないかって位、
巨大に育った針葉樹に囲まれた小路はうねうねと蛇のように横たわり、

一寸先を予測出来ない見通しの悪さ。

ひたひと押し寄せる闇は人の原始的な恐怖を呼び起こした。
動かす歩幅は変わらなくとも、気ばかり急いて何故か手袋の下の掌には汗をかいていた。

通い慣れた道なれど、こうして夜へと変貌する狭間はまるで、
紫に染められた居心地悪い異世界に、さまよい込んだかと錯覚する。

俺は本当は、とゆうか最初っから、
とても臆病者なんだから。

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ハタと気が付くと、無意識に外套の下に存在する
教会にて洗礼を受け、聖なる力を込められた薄刃ナイフの鞘に、右手の指先が触れていた。

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…例え魔法が使えぬ魔法使いとバレたとしても。

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確かに並みの魔物や盗賊などに対峙して遅れをとる事は無いだろうが、
出会わない事に越したことはない。

自慢では無いが俺の容姿はけして畏怖堂々とゆう訳ではなく、威嚇だけで相手が退散せる様な便利な属性を持ち得ない。
とゆうか都合良い獲物位にしか写らないだろう。
そんなので被った余計な事柄は今まで多分人より多いんじゃ無いかと思うと、今度は何だかジワジワ腹が立ってきた。

「嗚呼くそっ出るなら出やがれっ」

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ヤケクソに、また竦む内心を吐き捨てる様に、ポップは毒づいた。

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その時突如、空気が震え空間を裂いて
派手な音と落ちてきた魔法力の塊に、目の前の景色がぐにゃりと歪む。

「!」

一瞬身構えたものの、肌に感じたのは良く知った魔力の鼓動する波動。

「…ダイっ!?」

「遅いから、迎えに来たんだ」

外套も羽織らず簡素な部屋着のままルーラで跳んで来たらしいダイは、
冬も近いとゆうのに相も変わらず肩切りで、
その魂の色と同じく濃紺の衣服からのぞく、
日焼けし逞しく引き締まった素腕を伸ばしてきて、
ポップをその内側に引き寄せる。

「暗くなってきたし、心配になって」

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ある日突如、魔力を失ったポップに対して、
ダイは以前にも増し、心配性になった。

守られてるだけなんて御免だし、
怯えて閉じこもってるなんてのは以ての外だ。

だから今日だって、付いて来ると言い張ったダイを置いて、一人で出掛けた。

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「そんなヤワじゃねぇよ、それとも俺がそんじゃそこらのチンピラに、負けるとでもおもうのか?」

さっきまで、在りもしない想像の影にビクついてしまっていた事は、おくびにも出さない。

「違うよ」

ポップの首筋に顔をうずめていたダイの、静かで、僅かに緊張を孕んだ硬い声。

「それ以外のモノが怖いんだ」

ダイは俺を抱き締めながら、何故か肩口の直ぐ後ろに忍び寄る濃い宵闇へ、ジッと目を凝らす。

よせよ、ホントに怖ぇーじゃねぇか…

「…どうかしたか?」

そろっと小さく直ぐ脇にあるその耳に聞いてみる。

するとダイは息も触れ合う近さのまま、先程の違和感を綺麗に消して、
ニコリと何時もの邪気の無い明るさで笑んだ。

「何でもないよ」

返された答えの息が温かい熱を残して届き、薄い顔の皮膚を撫でたのが不意に照れくさく、
小さく身動ぎした。

俺の数瞬湧いて直ぐに押し殺したその動揺を、全身で包む感覚の鋭いダイが拾わないわけもなく。

安堵感を与える笑みから悪戯を思い付いた子供の様な笑みに変化した。

あ、

と思う間も無く距離は詰められ、互いの顔の隙間が無くなる。

慌てて逃げようとしたが既に遅く、
両手の拘束は到底コッチの力じゃ緩ませられない。
ギリギリまで煽られ、力が抜けそうになる膝を心中必死で叱咤する。

好きなだけ荒らしておいてやっと顔を離したダイは、しかし腰を支える腕に益々の力を込めて来た。

「早く、帰ろうよ…」

明らかに熱の灯った瞳で覗き込まれ、その言葉の先に何の意味を含むかありありと伝えられる。

「そうだな、帰って飯にしないと」

素っ気なく言い放ち、ダイの堅い胸板に両手を置いてやんわりと押し、隣接する体温を引き剥がした。
手の甲で濡れた口元をグイと拭い、高揚した頬を隠す。

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「…信じらんないなぁ」

ダイが軽く目を見開いた後、態とらしい位に溜め息をもらす。
言わんとしていることは判りきっていて、当然俺はトボケたのだから。

「ポップは本当、素直じゃ無いよね」

五月蝿い。
そうそう都合良く思惑通りに展開してたまるか。

「いいからほら、早くしろって」

手を伸ばしてルーラを促した。

もう闇は胸元まで浸し、今にも呑み込まれそうだ。

迎えが来たんだから、素直にラッキーと言うことにしよう。
差し出した手をダイが握る。
呪文を唱え様として、ふと思い出したように目が瞬いた。

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「それで、ポップの魔法は何時回復するか、わかった?」

それが今日、教会のある街に出掛けた目的だった。

「呪いじゃねぇみたいだし、何時ってのは不明だってよ。…神のみぞ知るってヤツだ」

告げられたダイは僅かに表情を曇らせたが、
次には力強く口元を引き締め、瞳は黄金を増した。

コイツがこうゆう顔する時は、俺の方が返ってダイを心配になる。
自分さえ犠牲にしても、護る意志を、戦う事を決意した眼。
嘗て大魔王バーンとの一騎打ちにて、最後竜魔人化とする前に見せた同じ表情。

「だから、心配いらねーって」

笑い飛ばして、何とか成ると思わせたかった。

平気だ。何も悪い事なんか、起きやしない。

なのにダイは表情を緩めぬままに、
再び強く俺を抱きしめて、そのまま瞬間移動呪文を唱えた。

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「ホントはね、ポップ」

光の粒子に包まれ距離を跳ぶ一瞬前、

「神様なんてもうとっくの昔にいないんだよ」

囁く様に言われた言葉の意味が、その時の俺には解らなかったんだ…。

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二人が去り、夜の暗がりが森を満すその場所に、
異質な存在が出現した。

闇からドロリと溶けだした影は、まるでバブルスライムの様に見える。
しかしその身が漆黒であり、それが這った後には草や土までもが腐り毒に変じ、嫌な臭気を放つ。

汚れていて、世界に拒絶されている事はありありと知れる。

しかし異形は己の異質さに気付いていないかの様に、
つい先程まで其処に在った何かを探す素振りで、
おとがいらしき機関をさ迷わせる。

ごぽり、
泥から湧くような声が響いた。

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《…の、器が早く必要だ…る前に…》

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不明瞭で不安定に、ただ一つの文章を繰り返し唱える。

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《かみ……器…が》

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『異形』は、定めた座標の残滓を見つけて、歓喜に身を震わせた。

ずるりと昂進を始める。

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ルーラの光が去った空の方角へ向かって……。

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【終】

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〉後書きです。

また好き勝手にやらかしてます。
何が何だかわからない内容ですいません。
もしも〜だったら、とゆうヤツが好きで、
これも未来の話の一つとして書きたくなりました。
何処にも続かない単品です。

軽く流していただけたら幸いです。

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2008/10/28

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