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【解き満ちて礎は還元す・後編】

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「待て、お前はヴェルザーの味方なのか?」

「違う」

声帯の造りがヒト型と違うせいか。
何処か幾重にも重ねて響き明瞭で無いような、不思議な声で竜は応える。

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「なら無用な闘いはしたくない、せめて理由を聞かせてくれ」

「…」

未だに剣を抜かないダイに対して、火焔竜は大きく息を吸い込む。

「!!」

次の瞬間、そのあぎとから灼熱の炎が叩き付ける嵐となって、ダイに向かい吐き出された。

「く…っ!」

広範囲の攻撃に避ける間もなかった。
とっさに竜闘気を展開させ焔を防いだが、空気の沸騰したような熱さは肺腑を灼く。

「仕方無い…っ」

シャリと刃を滑らせて、ダイは刀を抜きはなった。

切れないものを斬る海波斬なら、この焔を割裂いてあの竜に届くだろう。

しかしダイは躊躇した。

この後に及んで、あの竜の眼には殺気が無かった事が、妙に警告めいて脳裏にちらつく。

しかし、このままでは拉致があかないのも確かだ。

ならば、

「いくぞ」

短く気合いを発すると、トベルーラで火中より飛び出し、竜の頭上を超えて四角に回る。

その巨大な牙がダイを追って振り向くより速く、
剣が一閃し竜の双角の一本へ振り下ろされた。

鋭い金属音が響き、それに疵一つ無く弾かれる。

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しかし予想の範疇だったので、ダイは衝撃に逆らわず跳び距離を取る。

(普通の鋼では矢張り無理だよな)

今手にする剣も業物ではあるが、地上に在る本来の自分の剣には程遠い硬度で、
無闇に振るっても竜鱗に擦り傷さえつけられまい。

(どうするか)

竜の紋章を解放し、力でねじ伏せる事は可能だ。

実際五年の長らくに渡って、ダイはたった独り、力が全てのこの世界で敵を粉砕してきた。

剣と拳のみで。

砦の守りに入った今でこそ、無闇に争いはしていないが…ダイ自身の理性とは別に、
闘神としての本能が久々の強敵に疼くのを感じていた。

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一瞬思案していたダイに向かい、再び火焔が襲う。

今度は逸れを難なく短いルーラで避けたのだが、飛翔したダイの先を予測したように座標へ出現した途端、
重い唸りを上げて大河に架かる橋のごとく長い竜尾が、横薙ぎに払われダイを襲った。

全身をまるで大岩に叩きつけられた様な、凄まじい衝撃が襲い吹っ飛ばされる。

「が…は…っ!」

そのまま失墜して地面に激突する寸での何処で浮力を取り戻し、
ダイは追撃する鉤爪を身を捻り避けた。
纏うマントの端を切り裂かれる。

一旦後方に下がりながら、ダイは動きに邪魔なマントを脱ぎ捨てた。
この竜が、
巨体に似合わず俊敏で、しかも知謀のある相手と、認めざる得ない。

ならば殺気が在ろうが無かろうが、手加減していて勝てる相手ではないだろう。

「どうした」

竜が裂けた口を歪め、笑いの含みが言葉に乗る。

「ねじ伏せてみろ、勝てたら理由を話してやる」

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「わかった」

ダイは決断した。

普段は意識して封じている力を解放する。

額に輝く竜の紋章が出現すると、竜闘気がダイを中心に爆発的に奔流した。

剣を納めた鞘ごと地面に突き立てる。

竜闘気に耐えられない剣なら、今は無用だ。

「約束は守れよ」

不敵ともとれる笑みが唇に浮き、一瞬後火焔竜の懐に飛び込んでいた。

「はッ!」

ダイは片手で膝脇を払う。
恐るべき怪力にて不意に支点を崩され、竜は地響きを上げ横転した。

それでも頸だけは飛翔したダイを追い、炎熱を吐く。

それも闘気で断ち割りながら、逆にそのあぎとへ向かって突き進んだ。

翼を広げ、飛んで体勢を立て直そうとしていた竜の首を抑え、地面へ縫い止めた。

「ぐ…ッ」

「さあ、話せ」

ダイの手の下暴れる竜は、両手でダイを捕まえようと闇雲に振る。

それを軽くかわしながら、ダイはふと違和感に気付いた。

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(この感じ、なんだ?)

紋章を解放した事により、本質を見抜く竜の騎士の能力が、竜に直接触れた事で感知した。

ダイの本能が告げている。

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(この竜は…)

「お前…何者だ!」

竜であって竜でないと。

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ダイの鋭い呼び掛けに応呼するように、その巨体は一層目を射るほど紅く輝き、鱗は灼くように熱くなった。

「何っ?!」

ダイは流石に手を離し、竜から跳び下がる。

自由を得た翼が浮力を生み出し、火焔竜は悠然と宙に飛び、ダイと向き合った。

そして突然。

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「やっと、わかったかよ」

先程までの神聖ささえ感じる雰囲気を、ぶち壊すような軽い調子の声が、

竜の鋭い歯の並ぶ口元から発せられた。

一変したその声に、ダイは雷で打たれたように硬直して身を震わせた。

竜の巨体が急速に収縮する。

「…!!!」

ふわりと浮いた宙には人型の影。

「久しぶりだな、ダイ」

魔界の空にはいっそ眩しい萌木の生地に
黒と銀糸の紋章の魔法衣、濃緑のローブ。

長めの前髪が掛かる、額に結ばれた月光色のバンダナの垂らされた先が揺れて流れる。

ダイの胸には何時でもあった懐かしい人が、形をもってそこにいる。

「ポップ……ッ!!」
驚きで名前の二の次が出ない。

トベルーラのままお互い空に向かい合う。

「なんで…竜は…」
驚きのせいで上手く聞けない言葉を拾って、ポップはニヤリと笑う。

「ドラゴラム(火竜変化呪文)だ」

アバン先生の時以来だから懐かしいだろ?とさらりと言うが、
ドラゴラムと言えば古い幻の古代呪文で、アバン以外に現存体得出来る者はいなかったのだから、

ポップの知識は古代呪文まで及んでいる事になる。

「それに…なんで」
わざわざ竜に、そして戦えなどと。

「普通に呼び出しても来ねーだろうし、ましてや普通に戦えったって拒否るだろ?」

「それは…」

「じゃあバレたところで第二戦目いくか」

とさらに軽く凄まじい事を言う。

「ポップ…!?」

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古代呪文は威力が桁外れな分だけ、魔法力も馬鹿みたいに使う。
あのアバンとて一度のドラゴラムで魔法力が殆んど持っていかれた事からも、
火竜変化呪文が実際戦いに使うと言えば長期戦には向かない。
しかし今のポップからは、さしても魔法力が失われた感じはない。

ダイと戦うつもりが満々の、溢れ出る強い魔力の気配に、ダイは正直な感嘆を受けた。

ポップは一年前、一度合った時より更に、比べものに成らないくらい強くなっている。
しかもその体を護るように包む淡い光。

「これでも俺を戦力外通知しやがるつもりかよ?!」

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「……」

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そう、一年前。

ラーハルトとクロコダインを呼びに地上へ戻った時。

自分も行くと言ったポップに、そうダイは告げて置いてきた。
単に力の事ではない。
人間では魔界の障気に耐えられないから。

しかし今、ポップはこうしてこの地に、平然と存在している事実がある。

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もう言い逃れはさせないとばかりに、
にやりと口角を引き上げてポップは笑った。

(…本当に参った、降参するよ)

ダイは、心の底から溢れる歓喜に素直になることにした。

竜の紋章を消して、闘気を解く。

「ポップと、戦えるわけないよ」

「じゃあ俺の不戦勝だな」

屈託無い、記憶している通りの明るい笑顔。

本当は、ずっと会いたかった。

側にいてもらいたかった。

ダイの顔にも、長らく失われていた地上の陽を思わせる、
本当の笑みが蘇る。

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「よろしく、ポップ。…来てくれて嬉しいよ」

差し出した手は強く繋がった。

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握手を交わす。

デルムリン島で出会った、あの始まりの時のように、

ポップは少しはにかんで笑った。

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【終】

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2008/11/25

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