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    【隣の手のひら】

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黒く渇いた地面に、ほつりと落ちた雫は、色の足りないこの世界には鮮やかな紅だった。

「ダイ!」

ポップの声が群がる敵影を横凪に払うダイの斬撃に被り、
強靭な刃の一撃を辛うじて逃れた数匹も、
ベギラマの炎熱に残らず払拭された。

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「結構素早いヤツらだったな…次遭ったら気をつけよう」

この地底の世界に住むモンスターは、地上よりずっと強力で凶暴性を秘めている。

太陽とゆう恵みが無い、過酷な環境下で生き抜く生き物達は、例えどんな小さい存在だろうと油断出来ない。
弱きに見えるその爪の一筋に、竜族であろうと悶死させる程の猛毒を湛えていたりするのだから。

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先程の一角ウサギの同族もその一種だ。
葦に似た背の高い植物の群生した茂みから、いきなりの奇襲だった。

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ダイとポップは、斥候として先を行ったラーハルトとクロコダインと合流を急ぐ途中で、

ダイは茂みに潜む気配を読んではいたが、向かって来ないならば無視して通り過ぎようとも思っていた。

しかしダイの放つ竜騎士の強大な気配に当てられたのか、
錯乱気味に一斉に飛び出した相手は、如何せん数が多く全てをかわしきれずに、その内一匹の頭上から生えた長い角が、左足を掠め浅く肉を抉ったのだった。

「傷口を見せろ」

ポップが側に走り寄り破れた衣服から裂傷を見れば、既に毒が浸蝕始めていた皮膚が嫌な色をしている。

「あー、後で服を繕わなきゃ。あんまり継ぎ接ぎだと格好悪いな」

「呑気な事言ってんなよ、まったく」

すかさず傷口に両手を押し当ててキアリ―とベホマを同時にかけつつ、ポップが呆れたようにぼやく。

レベルの高い魔法力の行使により、瞬時に傷も毒も癒えた。
ほっと小さな息を吐きながらポップが身を起こす。

「ありがとう」

そう告げつつ、目線をポップの表情から移した先に、
足から離した手のひら、深緑色のその長手袋はダイの血に濡れている。

色の対比が鮮やかすぎて、まるでポップが怪我をしたように見え、
心がざわめいた。

「変な顔すんな」

ポップが視線に気付いて口端をちょっと引き上げ笑う。

……考えた事を見抜かれたようだ。

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その手の中に冷気が集まり、大きな氷の塊が出現した。

それを今度は包んだ炎が一瞬で溶かし、
水となってポップの手のひらの赤を洗い流れ落ちた。

「さて、行くか」

立ち上がり、ポップは何事もなかった様に膝の砂を払った。

今でこそこれが通常だが、ポップが合流する前は、
ダイは4年間独りで毒を血と共に追い出し、傷が自然に癒えるまで何日も戦闘を避けうずくまっているしかなかった。

そんな以前が、本当に夢の様で、同時に不安にもなる。

「なあ、俺もホイミ系の契約しておきたいと思うんだ」

「はあ?」

突然のダイの言葉に、ポップは思いっきり眉を顰める。

「何で」

訝しみ小首を傾げるポップを真っ直ぐ見つめながら、ダイは前から考えていた事を口にだす。

「竜の騎士はありとあらゆる呪文を使えるって聞いたんだけど、俺は半分人間だからか…使えないんだ」

正統な竜の騎士だったバランはベホマを使っていた。

ダイは自然に発露するライディンや、子供の頃ブラスに嫌々契約させられたバギやメラなどの攻撃呪文は使える。

しかし回復呪文の契約を後回しにしていたため、結局覚えずじまいのままだった。

威力を重視する攻撃魔法と違い、補助魔法の細かいコントロールはダイの苦手とするところだ。

しかし、今ダイは回復呪文を使えるようになっておきたいと思う。

それは偏に、ポップの為に。

「もしポップが怪我したら、俺が回復呪文で治すよ」

しかしポップは肩をすくめて、ダイの申し出を軽く流す。

「俺は大丈夫だって、心配すんな」

「でもこれからはもっと戦いも厳しくなるんだ、万が一魔法が封じられたり、魔法力が尽きたりしたら」

「俺がそんなドジ踏むなんて考えてんのかよ」

少しムッとした様に口の先を尖らせて臍を曲げそうな気配に、ダイは焦って首を横に振った。
別に喧嘩がしたいわけじゃ無い。

「違うよ!可能性を言ってるだけだ、それに」

地上の時と違って、今は4人きりのパーティだ。
前衛も後衛もなく乱戦の戦闘が殆どで、ポップもかなりの率で怪我を負う。
攻撃力は人並外れていても、防御力は一番低い。

大概ポップは仲間に知られ無い内に治している。
だがダイはポップのそうした異変を気付いていた。

癒し手はポップ一人。
そのポップが、もし意識が無いほどの重傷を負ったら……。
そう考えると、ダイの心臓は冷たい戦慄で覆われる。

「…俺だってポップを治してあげたいんだ」

上手く言葉として形作れ無い分、
真摯な気持ちを込めて、ポップの雲母の様に奥深い光を宿す瞳を見つめる。

其れを真正面から逸らさず受け止めて暫し押し黙ったポップは、
何かを奥歯で噛み締めるようにキリと歯を鳴らす。

眉間に寄せられる眉根はまるで、力及ばぬ運命を嘆く様。

「…ポップ?」

「なら、お前だって先じて俺の前を行くな!さっきだって…」

危険性の在る場所へ、それが自然で有るかの様に先んじるダイ。

ポップだって気付いていた。奇襲の可能性には。

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竜の騎士であるとか、魔法使いであるとか。

そんな垣根を頭で理屈は幾らでもわかっている。

冷静にだ。

最終的に勝つために、冷静に。

でも、そんな理性を破り投げ打ちたい強い本心が、

ポップにだって在るのだ。

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「…守られてばっかなんてまっぴらだ、俺はお前の隣に立つんだ」

「うん、わかってるよ…」

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何時かの蒼空で、その身体を蹴落としてポップを守ったつもりだった。

でもポップはそんなものを微塵も望んでなくて、
ダイが一人犠牲になることを何より嫌って傷ついた。

怒って悲しんだポップは、
ダイの想像の何倍も、自分自身を省みない無茶をし続けて来て、
こうして今隣に辿り着き並び立つ。

その手が汚れる事も厭わずに、側に、隣にいてくれるから。

「約束するよ」

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例え有事の際に破られるものだとしても、
状況がそれを許さなくても。

「……約束だな?」

癒やしの手のひらの届く隣に、互いが在る事を。

その手を取って、何度でも立ち上がれるのだ。

繋いだ手のひらから、力を互いに。

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魔界の荒涼とした熱い熱を含む風が、ポップの纏うマントを、さっと翻して表情を一瞬隠した。

その後現れたのは、何時もの明るく屈託無い、口端の片側を引き上げた笑み。

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「じゃあ、ちゃちゃっと契約済ませちまうか。ま、適性が無いなら使えねぇが…お前なら大丈夫だろ」

杖の先で魔法陣を荒れた地に描きながら、
ポップらしい励ましをする。

ダイも、頷いて微笑んだ。

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【終】

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27000hitキリリクのリクエストで、
うたげ様に、
『ダイがポップにホイミを使う(使おうとする)話』
とのお題をいただきました。

あれ……使って…無い?(汗)

すいません!使う以前の話しになってしまいました。

しかしうたげ様のおかげで、ウチのダイも新しい呪文覚えられましたので、
これを本編で何時か生かさせていただきたいと思います。

今回のBGMはうたげ様に教えていただいた、鬼/束ち/ひろの『私//とワ/ルツ/を』でした。
何時も萌の材料いただいて、本当にありがとうございます!

私事ですが、
【ベホマズン】
とゆうドラク/エ4の勇者だけが使えるこの呪文が実はとても好きです。
MPは20消費ととんでもなく直ぐジリ貧になるから、あんまり使わなかったですが。

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2009/5/11

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