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【不形成な器】
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「貴方が目指すものは何ですか?」
「俺は先生みたいになりたいです」
「うーん、では剣が強くなりたいのですか?」
「いいえ、そうではなくて…」
「では魔法ですか?」
「それも違う気がします」「困りましたねぇ」
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アバンは小さく唸って、目の前にピンと背筋を伸ばして立つ少年を見下ろした。
「では将来、なりたい職業は何でしょう」
「俺は、先生の弟子になって世界中旅したいです」
「それは職業とは言わないんですよ、…ポップ」
「でもそれ以外今は思いつきません」
「さて、どうしましょうかねぇ」
数日前に立ち寄った小さな町で、
怪我で気の立ったモンスターが町中に乱入し子供を襲った所をアバンが救った。その子供は何とそのまま家を飛び出して来て、
弟子にしてくれとアバンから離れようとしない。確かに自分は、こんな混沌とした時代だからこそ、
正義ある力を望む者には家庭教師として教示している。しかし押し掛け弟子で、しかも理由がアバンに憧れてとゆうのは初めてのパターンだった。
ならば何か目指すところが有り、強くなりたいのかと聞いてみればそれも無い。
今まで教え子達は、何れも明確な未来の自分へのビジョンを持っていた。
ヒュンケルは何者にも負けぬ強い剣士に、マァムは村の人々を守る僧侶戦士に。何でもいい、とゆう答えが一番困る。
アバンの方針一つでこの少年の未来が決まってしまうかも知れない。
アバンはポップに、主観性の押し付けはしたくなかったし、
何より全ての道は、本当は自分で選び取って欲しかった。未来は人に決められるものでは無い。
(ここは慎重に適性を探した方が良さそうですね)
色々試す内に、いづれかへ興味が湧くかも知れない。
もしくは修行の厳しさに故郷へ帰る気になるか。.
アバンはそう考えて、次の日から基礎訓練の内にポップの素質を分析していった。
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流石武器屋の息子と言うべきか、
刃物に対する恐怖や抵抗は然程無く、扱いに長けている。
大剣、長剣は腕力に乏しいので不向きだが、軽さと鋭さ重視のレイピアや短剣は中々筋が良い。体術も長い手足に器用さが加わり、立ち回りは悪くない。
ウエイトが無いのは此れからの成長と素早さである程度カバー出来る。.
では魔法はどうか?
才能次第で、僧侶や魔法使い、魔法剣士とゆう選択もある。魔法の基本講義の後、実際に魔法契約を幾つか選び行った。
(驚きましたね…)
何れも初歩的なものばかりだったが、ポップは全ての契約を精霊に拒否されずに済ませた。
実戦では攻撃魔法のみ発動に成功したが、
契約さえ結べれば、いずれレベルと魔法力が追い付いた時、
それら総てを使いこなして飛躍的な成長を見せるだろう事が予想できた。(この子には魔法の才能があるかもしれませんね…)
アバンは嬉しくてそっと微笑む。
家庭教師として生業う理由は、
何と言ってもその子に眠る才能の原石を見付けた時、そしてそれを発掘し磨き上げる時、
次第に輝きを増すその存在に、無上の喜びを感じるからだ。これもやはり学者の血としての、『人』に対する終わり無き探究なのかもしれない。
聞けば、ポップの家系には魔法使いがいた事も無いし、両親は善良な一般人だ。
ならばこれはポップ一代のみのイレギュラーな潜在能力となる。しかしまだポップにはその事を伝えない。
先入観を与えては、迷い無い直感で正しい道を選べないからだ。あくまでも本人の意思を尊重したい。
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一週間程経ってから、アバンはポップを呼んで改めて質問した。
「さて、ポップ」
「はい、先生」
「一通りの基礎を体験して、インスピレーションを感じるモノはありましたか?」
「インスピレーションですか?」
「そうです、こう、ピーン!と」
「ええと、そうですね…」
「何でも良いのですよ」
何かを考え込むポップに、アバンは焦らす事無くじっと待った。
不意に、ポップは顔を上げ口を開く。
「先生は伝説の勇者みたいに剣も魔法も使えて強いですよね」
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「えっ、いやいやそんな誉められたら照れますよ」
内心ドキリとしながらアバンはポップの質問の真意を注意深く聞く。
「先生はいざとゆう時、剣と魔法、どちらを取りますか?」
「ううん、…剣ですかね」
アバン自体、自分は学者であると思っている。
剣も魔法も、好奇心と探究心から学び身に付けた。しかし、最終的に自分の決め技と極めたものがアバンストラッシュなら、
自分は剣を選んだと言えるだろう。「剣と魔法は同時に使えませんよね」
「ええ、魔法はコンセントレーションが命です。剣を振るいながらでは無理ですから」
「なら俺は魔法使いになります」
「!」
雲母の様な澄んだ光を宿す大きな瞳で、ひたりとアバンを見上げた。
「俺、先生が安心して剣を振るえる様に、魔法使いになります」
(この子は…)
この一週間に判った事がある。
とても臆病な子だ、そして初志を変えない意地っ張りさ。
しかし深い所に優しい強さを持っている。.
「…良いのですか?」
「はい、俺は先生の魔法使いになりたいです」
はっきり言い切った何処か清々しささえ感じる表情に、アバンは優しく笑んだ。
「分かりました」
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(……きっと良い魔法使いになるでしょう)
何時か遠い未来、臆病は慎重さへ、引かない意地っぱりさは勇気と名を変えて。
何の為に力を持って振るうのか、その頃にはポップなら見付けられる筈。
(器が出来てから中に注ぐものを決めるのも、一興でしょう)
アバンはポップの肩を叩いて、
人好きするおどけた笑顔から、教師の風格に表情を引き締めた。「では本格的な修行を始めましょうか」
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――其から一年と数ヶ月が過ぎ、最終決戦の最中。
今目の前に立つ弟子達は、
何れも最早自分より強く、逞しい。特に修行を終える事無く手離してしまったダイとポップ。
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二人並び立つその後ろ姿を、アバンは眩しい光源に目を細めるような表情で眺めた。
勇者とその相棒の魔法使い。
何者になりたいのか、形が無かったポップ。
(ああ、貴方は今、本当に自分が成りたい自分を、見付けられたのですね)
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――杯は満たされた。
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一抹の郷愁と大きな歓びを覚えて、
アバンは自分の進んで来た道に今、とても誇りを持った。
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【終】
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2008/8/25
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