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      【冬の記憶】

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『ここ』に住み始めて初めての冬が来る。

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冬支度に薪を多めに切り置きしたり、
寒気が家に入ってこない様に、ドアや窓の建て付け直しや外壁の補強など、
結構忙しい。

今日も良く晴れていたので、
ポップは屋根に登って、積雪に備え強化の為の釘を打ちをしていた。

地味で面倒な作業だが、ダイに一度やらせたら、
一打ちで釘が屋根を貫通し、家の中でポップがくつろいでいた目の前のテーブルに突き刺さったので、
繊細な力加減を要するものはポップの担当になった。

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「あ〜、今日はあったけぇなあ」

ポップは作業の中ほどで一度立ち上がり、うんと背伸びをし蒼空を仰ぐ。

風も無く、陽を遮る雲も疎らだ。

朝と夜が冷え込むこの季節は、こんな昼間の暖かさが余計に嬉しい。

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「休憩休憩っ」

軽く汗をかいた額を右袖で拭い、
腰のベルトに紐で括り下げてある釘を入れた皮袋を外すと、
トンカチと共にその辺りへ放りだして、そのまま屋根の中腹にごろりと寝転んだ。

両手を頭の後ろに回し、枕としながら足を投げて欠伸を一つ。
薄く浮いた涙の膜の向こうには遠い青が高く続いている。

ちちちとせわしく鳴いた小さな鳥の影が、
二羽戯れつつ視界を過ぎていった。

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「…ダイの奴ァどこまで行ったんだか」

薪の材料にと倒木を探しに行って、早半日は経つ。

ちょっともの珍しいモノを見かけると、
未だ子供の様に夢中で時間を忘れる事もしばしばだ。

この間は、冬支度に油と乾物の買い付けを頼んだら、朝に出掛けたにもかかわらず、
陽が沈みかけても帰って来ない事を不審に思ってリリルーラをしたら、
街に来ていた大道芸人の芸を口を開けて見ていた。

自分の方がよっぽど凄い事が出来るだろうが、と呆れたが、
まあ。
逸れが変わらぬ美点でもあると思うから。

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……長い長い『冬』を、越えて。

こんな風に天まで抜けるような蒼空を見ても、
息詰まり胸が苦しくなる事が無くなった。

僅かばかり帰りが遅くなったからと云って、
取り乱すように探す事も無くなった。

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あのような寒さは、もう感じない。

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「さて、オレも残りをやっちまいますか!よっと」

一度上げた足で勢いをつけ上半身を起こして、
投げ出した道具へ手を伸ばした時。

空に尾を引く光りの軌跡を見て、

少し目を細め笑った。

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【終】

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2010/3/8

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