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【月の光源】

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『その力を遊ばせて置くのは惜しいと思っているからこそ』

(また、お馴染みの台詞かよ。)

内心盛大に舌打ちをしながらも、ポップは表面上和やかに笑って見せた。
頬がひきつってないか、気にしながら。
「僭越ながら、俺の様な若輩にその様な過大評価は困ります」

レオナに教えてもらった、角の成るべく絶たない断り文句。

素の口調から掛け離れた文体で、
つらつら言葉を紬ぐ自分はまるで二重人格者の様だ。
「それに此処には既に、公国殿を中心に充分過ぎるほど優秀な方々が集っています」

(いつの間に俺はこんな話しをする羽目になっちまったんだろう。)

「今は太平の時、波風を立てるのは、俺の望む処ではありません」

カタリと椅子を立つと、ポップは祝宴の席を辞して去った。
自分を歓迎する為の宴だ。
主賓が途中退出する事の無礼は、いくら庶民出のポップでも知っている。

しかし―…我慢も限界だった。

ツカツカと廊下を無言で渡り、与えられた迎賓の部屋に逃げ込むように飛び込むと、がちゃり、内から鍵を落とす。

「―――っだぁッ!!!」
やっとまともな空気を吸った気がして、ポップは息を吐き出した。
そのまま豪奢なベッドに飛び乗り倒れると、ジタバタと手足を暴れさせる。
「あーっやだやだッムカつく!」
17歳になったばかりのポップはまだ、
やり場の無い気持ちの巧い発散の仕方など判る筈がない。

本来奔放なポップは今日はこれでも我慢が効いた方だ。

一頻り暴れて少し溜飲が下がったが、心労からくる重いだるさは身体中を覆って、
魔道士の礼服がシワになるのもいとわず、
ベッドに突っ伏したまま起き上がれない。

「…疲れちまったなぁ…」

無意味な人付き合いが面倒だった。
頬を埋めるベッドの、清潔な石鹸の香りだけが安らいで、目を瞑る。
「何でなんだよ…」

大戦が終わって丸2年。
ポップはダイを探してマァム、メルルと旅した一年前が、
まるでずっと遠い過去の楽しい思い出の様に甦る。

パーティを解散したのは、マァムの母親の体調が優れない、と連絡があったことだ。
何となくメルルと二人旅、とゆうのも気が引けて一時全員里帰りをしたのだ。

しかしポップはランカークスに数日だけ滞在すると、
またダイを捜す旅に出た。

安穏な実家に居ると、余計にダイの現状を考えてしまう。

自分が温かい寝床と食事を実感する程、焦燥は心を急かした。

そんな折、立ち寄ったパプニカのレオナから依頼を受け、世界中からパプニカに寄せられた勇者目撃情報の真偽を確かめるべくに頼まれた時は、
二つ返事で受けて、今度は機動力を発揮できる一人旅を選んだ。

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ダイがいなくなって直後から、
レオナは大戦の折同盟を結んだ各国へ勇者の行方に対する捜索と情報網の協力を仰いだ。

何時しかそれは流布として独り歩きし、有益な情報には礼金も出されるとまで噂され、
それこそ煮ても焼いても食えないような雑多な情報まで大量に集まった。
しかしどんな小さな情報でも、万が一と思うと一つ一つ無下には出来ない。

復興に尽力を傾けなければならないパプニカには、其処に裂ける人事の余裕は無い。

皇女として正しい判断力を持つレオナは、むろん私情に流されたりしないが、
ただ、
想いを押し殺すつもりも毛頭無かった。

だからポップがダイの情報を求めてレオナを訪ねた時、
兼ねてから考えていた提案を、ポップに話したのだ。

直接現地へ赴いて、迅速に勇者ダイに関する情報か否か、迷い無く冷静に判断して欲しい――。

実際、それは仲間随一の機動力を持つポップにしか不可能な事であった。

それから一年。

ポップはダイの噂を辿って文字通り飛び回って現在に至る。

『大魔道士が勇者を探して情報を求めている』
直接大魔道士のポップを知らなくとも、
それは何時しか公然の事実として、世間に広まった。

そうすると、パプニカに寄せられる情報の中に、只の礼金目的より質の悪い、
ある意図的なモノも少なからず含まれ始める。

『大魔道士』を召喚し、手駒に加え様とする動き。

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それはある時一国で有ったり、
はたまた辺境の野心家な士族や貴族で有ったりした。

情報を頼りに訪れた、大魔道士を名乗る頼り気無い、青年になりかけの少年。
ひょろりとした三日月きの如く風貌の魔法使いを疑いの眼で値踏みした後、
公式の書状を見てやっと信じ
いずれも組みやすしと判断するのか籠絡にかかる。

方法はポップが驚くほど多種に飛んでいた。
ストレートに誘われるのはまだいい、
金品であったり、地位であったり。

ある時泊まる寝室に美女が忍んで来た時は、
口で言うほど身持ちは軽くないポップは死ぬほどびっくりして
持つもの持たずに逃げだした事もあった。

ポップ自身にはさっぱり理由がわからない。

何故、大魔王も、戦争も、やっと無い今の世になったのに、
『軍事力』として自分を求める輩の気持ちが。

『大魔道士』を召し抱えている事で迫がつくと思うのか。

ポップは自慢では無いが、自分が他人からどう見えるか良く知っている。

細長い手足は必要な筋肉は鍛練によりついているが、お世辞にも逞しいと言いがたいし、
母親に似た顔立ちだって、厳つく男性的とは程遠い。

はっきり言ってしまえば頼り無げ。

いかにも出来る戦士然のヒュンケルや、見た目が圧倒的なクロコダインでは有るまいし、
そんな自分を隣に置いておいて、威嚇の番犬替わりになりえない。
ならば彼等が欲しいのは。

ポップの大魔道士たる『力』

復興や救助の要請なら、ポップは二つ返事で引き受けるだろう。

力を奮う事に躊躇いも迷いも無い。
自分が出来うる事を最善にする。

しかし、求められるのは違う使い道。

其処までわかっていて、協力するほどポップは馬鹿でも御人好しでも無い。

初めの頃は、感情に任せて無下な断り方をしていたが、
事もあろうにレオナの元へ、
「名誉を傷つけられた、賠償を求める。」
などと逆恨みの抗議文を送り付けてきた、某国の貴族がいた。

確かに自分は名目上パプニカの公使。

ポップは怒りに赤くなったりレオナへの申し訳無さに青くなったりしたが、
当のレオナはけろりとした顔で、

「ほっといて良いわよ、大魔道士とこのパプニカに喧嘩を売ろうと思う程馬鹿なんだもの、
その内自滅するわ」

確かに暫くした後、その貴族は没落したと聞いた。

某国からの圧力である事は間違いない。

ポップはそれから、
せめてレオナに迷惑をかけぬよう立ち振舞いに心掛けた。

自分がどう思われようとかまいやしなかったが、
レオナにまで余波がいく事は許しがたい。

そんな気持ちは微塵も見せず、

「まあ、面倒くさいから手っ取り早い断り文句を教えてくれよ」

レオナに申し出た時の、彼女の苦笑が印象に残っている。

きっと賢い皇女にはバレているだろうが、要は結果が大事だ。

あれから自分は上手くやれている。

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―――表面上は。

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しかし、今回の相手は実にしつこい。

しかも小賢しい。

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ダイに関する重要な情報を如何にも握っているように、
其らしい事をちらつかせながら、ポップをもう5日も逗留させている。
その合間に何度飽々する接待に付き合わされたか。

とうとう今日、痺れを切らしたポップが詰め寄った処、
例の聞きあきた台詞と共に交換条件を提示してきたのだ。

(嘘だ!こいつ等は何も知らないんだ!!)
覚ったポップは怒りに沸騰しそうな全身の血流を笑顔で押さえ込みながら、先程宴の席を脱け出した。

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「明日一番に出てってやる」

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本当は今すぐルーラでこんな胸糞悪い処から、おさらばしたいが。
流石に公使としてとんずらはマズイ。

あの二の轍は踏まないと誓ったのだ。

「せいぜい嫌味を垂らしながら、明日堂々と正門から出てってやるぜ!」

がばりとベッドから飛び降りて、荷物をまとめる。

そして宵も早々に就寝についた。

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……不穏な気配、闇に紛れ部屋に張った護身用結界に何かが触れた。

――ポップは静かに瞼を開く。

部屋は当然暗く、夜明けは遠い。

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(12人…いや13…)
自分ごときに大した人数を揃えたものだ。

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チャリ

鞘走りの僅かな音。

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ポップは歯噛みした。

それは紛れもない、哀しみで。

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押し寄せる殺気をはね除けた毛布で目隠しし、メラで火を放つ。

焼ける光に顕になったのは、宴の広間で見た豪族の私兵達。

ベッドの上に立つ丸腰のポップへ、迷い無く剣を向けている。

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「何だよ、なびかねぇなら殺しちまぇってか?」

声に応える者は、いない。

包囲網はジリと狭まった。

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「ちくしょう」
悔しさではない、やりきれない気持ち。

ポップは右手に凍気を、左手に炎熱を宿した。

目の前でぶつけ、何をも消し去る力を生み出す。

引き絞ると出現した光の矢に、
無言だった兵士達に、動揺と緊張が走った。

「こんちくしょうッ――っ!!」

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メドローアを天井に向けて放ち空への道が出来ると同時に、ポップは全力のトベルーラで飛翔した。

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この身で切り裂く大気が、ヒュオと細い悲鳴を上る風となりながら後方へ去る。

(厭だ、こんなのは)

「―くそったれ!!」

ポップは空を天空へ駆け昇がる。
人とはこれ程醜いものだったことを思い出される。

昔が蘇る。

人の、自分の中の同居する穢さを、改めて突き付けられた。

否、むろん人は其だけではない。知っている。

自分が出逢ってきた人達は、誰もが皆生きることに懸命で、
疑い様もない正義の直中に在って。

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(だからダイは護ったんだ!この地上を)

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しかし巷に溢れる現実はどうだ

(――ダイッ!)

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変わってしまう。

(俺はまた変わってしまいそうなんだ。)

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何も知らない、余計なものは見ないでいたい。

お前と同じものを、人を信じて、愛しいと。
そう、感じれる人間でいたいんだ。

お前を見つけ、もしくはお前が帰って来たとき
胸を張って以前の様に隣に立てる俺でいたいんだ。

「……ダイッ」

お前の相棒だと、

胸を張って。

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『ポップ』

名を、呼んで欲しい。
純粋の魂を持つお前に呼ばれたなら、
きっと俺はまた情けない自分から自我を取り戻せる。

汚い大人になりたくない。

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雲を突き抜け雲海の上に出る。

目の前に、白く光を放つ真円の月が輝いていた。

空気は薄く、大気は肌を引き裂く様に凍っている。

痛い程の冷たさは、まるで穢れを浄化するかのように思えた。

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「…気持ちいいな」

吐く息、言葉さえ氷の粒になって下界に降り注ぐ。

蒼白い光は、足下を地平まで遠く続く雲の大地をまるで
平坦なもう一つの大陸のように見せている。

温かみのない冴えざえとした月を見ながら想う。

―ダイは太陽だ。

皆を照らし、白日の元に正しい道を指し示す眩しい先駆者。

では月は自分か。
太陽の光を受けてのみ、闇に呑み込まれず存在できる。

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「帰って来いッ」

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月に向かって吼えた。

その強い輝きで、世界を

「俺を照らしてくれ」

夜明けが訪れるまでずっと、
ポップは空に独り、留まり続けた。

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――次の日、大魔道士は豪族の元を何喰わぬ顔で、
正門から堂々と旅立った。

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屋敷の天井に大穴を開けたあの魔法の破壊力を見せつけてからは、
もう手出しして来なかった。

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「たまには威しも必要かもな」

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静かにそんな考えを浮かべて、
ポップは自分に嫌悪した。

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【終】

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2008/7/1

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