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【満ちる欠片】
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二人で再び、旅を初めて半年。
ぶらりぶらりと次の町から次の国へ
徒歩で行く先はルーラやトベルーラで行くより色濃く、新たな発見が多い。時間はまだ若い二人には充分あったので、
取り立てて急ぐ事無く興味の向くままあちら寄りこちら寄りしていた。
ダイは17歳になり、ポップは二十歳になっていた。大戦直後から五年も離れ離れになっていた二人は、
もちろん。
互いが何より大事な事は自分の胸に疑いようも無かったが、
以前と間に流れる空気が変わった事も感じていた。ダイにすればポップは素直じゃない度と屁理屈度に拍車がかかっていたし、
ポップにすればダイはそれこそ、記憶よりいきなり育ったダイに、背を抜かされそうな勢いだ。何だか距離を掴めなくてもどかしい。
二人で旅をしながら話すのは、出逢いから大戦の最中に起こった様々な思い出。
辛いことも、楽しいことも分け合った事を確かめるように、
二人は話した。そうすることで今目の前にいるこの自分の大事な人が、本当に本物か。
次の日目覚めたら隣から消え去っているのでは無いか。
確かめるゆえに。特にポップはダイの所在を執拗に確認した。
朝顔を合わせ挨拶を交わす度、手を幻に沿わせるようにそっとダイの頬に手を伸ばし、ふと安堵の吐息を洩らす。
その儚ささえ感じる微笑みに、ダイの心音が跳ね上がる事など知らないだろう。安心させたくて、その背に両腕を回してぎゅうと抱き締めるが、
そのポップの心の空虚が埋まったとは感じれない。
「痛てぇよ、ダイ」
笑って照れを誤魔化すポップは、
だけど突き放す事無くダイの背を慰めのように撫でる。ポップもまた、ダイの乾いてひび割れた心を感じているのだろう。
『癒したい。』
互いにそう願うのに。
側にいるのに。何故か完全には満たされないもどかしさ。
二人は旅の中、手探りで其れを探している。
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――久しぶりの城下町。
ロモスに辿り着いた二人は、大都市でしか手に入りにくい消耗品や、
途中の洞窟探検で手に入れた要らないモノを換金すべく、手分けして買い物をする事にした。消耗品の買い付けと、宿を取る役目はダイで、
換金はポップの役目だ。
特に旅の路銀を左右する換金は、高く売るため交渉術がものをゆう。
ある意味世間知らずなダイは、
素直に言い値で売り買いしてしまうため、とても無理。
ここは庶民出で曲がりなりにも実家は商売をしているポップの方が遥かに向いていた。
しかも一時は国相手の外交交渉までした事が有るほどなのだから、
反則的な強さだ。何時もダイがびっくりする値段で換金してくる。
しかし故にポップとダイが買い物後待ち合わせをしても、ポップは大幅に時間に遅れてくるのだ。
今も現に待ち合わせ場所の広場の噴水に腰掛けたダイは、もう小一時間待ちぼうけだ。
今頃壮絶な舌戦が繰り広げられている頃なんだろう。
噴水にの縁に腰掛け、足をプラプラと遊ばせる姿は、まだ青年より少年の面影になる。
何をする訳でなく、賑やかな街行く人をぼんやりと眺めていた。
「平和だなあ…」人のさざめき、笑い声、何処から聞こえる音楽。
溢れる光。―夢じゃない。
ここはあの暗い魔界では無くて、自分が愛した地上だ。
そして、愛しい人のいる地上だ。
ダイは嬉しくて笑みを浮かべながらポップの帰りをまった。
「待ち人を待つ間は至福の刻、熟れた果実を口にする前のように甘い」
急に何やら声をかけられ、ビクリとして振り返ると、
派手な長衣のローブを羽織り、羽飾りの付いたつば広の帽子。
腕には秀麗な細身の竪琴を抱えた、
ややおどけた風の表情を浮かべる壮年の男性が立っていた。「いや失敬、少年が余りに幸福そうに随分長い間其処にそうしているから、
待ち人はいかなる人かと老婆心でね」「おじさんは?」
「見ての通りの吟遊詩人で」
吟遊詩人の人差し指が撫でる様に竪琴の上を滑ると、
ほろり。
呟くように柔らかい音が零れた。
「綺麗な音だね」「良かったら、少年の待ち人が来るまで一つ奏でようか。
いや、幸福な時間を邪魔したお詫びさ。どんな話をお望みかな?」「どんな?」
「何でも、大昔悪竜と戦い倒した勇猛な戦士の物語、
はたまた遠き波間の国の美しき姫と王子の恋物語」ほろり、ほろり、旋律に合わせて既に吟うような言葉の羅列。
「一番人気は、五年前大魔王を倒して地上に平和をもたらした、勇者とその仲間達の物語」
「それがいいな!」クスクスと笑いながらダイは吟遊詩人に向き直る。
音楽も物語も聞くのは大好きだ。
昔、大戦の旅の合間、読み書きが苦手なダイに、ポップが物語を題材に勉強を教えてくれた。
そうすると不思議にはかどったのだ。しかしまさか自分達の冒険が、
後にこうして物語に詠われる様になるなんて。
デルムリン島で勇者を夢見ていたあの頃はよく想像していた。地上に帰って来て、色々なビックリする事に出会う。
自分達がどんな風に語られているのか、聴きたくなり、
ダイは吟遊詩人の語りを待った。「いい眼だね、吟いがいがあるよ」
吟遊詩人は機嫌良く笑って、うたい出した。
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『これは遠き国の絵空事ではない。
遥かに古代の夢でもない。
勇気は我等と共にある。
平和の常世を取り戻し我等勇者の真の物語―…』.
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朗々と深みある聲は耳に心地好く、奏でる竪琴も巧みだった。
しかしダイがいきなり必死に笑いを耐えたのは、勇者と魔法使いの描写だった。
つまり自分とポップの。『勇者ダイこそ真の勇き在る者、逞しき四肢は伸びやかな大樹の如く。
如何なる彫刻より整いて、その壮烈な瞳は海より深い慈愛に溢るる』どれだけ美化されればそうなるのか、はたまた最初から捏造なのか。
あの頃の12才ダイをどうひっくり返したって、今の一説には当てはまらない。
ここにポップがいたら、まず激しく転がってジタバタしながら笑うだろう。『勇者を支えしは叡智閃く大魔道士。
輝く美貌はその頭脳の如く共に氷の様に鋭利な刃、触れる悪を凍らせる。
その聲は玲瓏にて、天上の使徒の響き…』……思い切り笑いたい。
ダイは耐えすぎて、腹筋がひきつれた。確かにポップはアバンに認められるぐらい、
鋭利な切れ味の頭脳の持ち主だ。しかし
ポップはどちらかと言えばきょとんとした目の愛嬌ある容姿で、声は弾むように軽快で明るい。
まるで語りと別人だ。
(てゆうか天使の聲なんて聞いたことないのに、何でそう形容出来るんだろうか。)道理でダイとポップが何の偽装も無しに旅をしていても、何の反応も無い筈だ。
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正直、ダイはこの後に続く物語にも大いに不安が拡がったが、
そこからはある程度正確に大きな出来事にまとめられ、つむがれていた。そしてクライマックスに差し掛かる。
『空に飛び立つ勇者は遥か彼方へ、その愛剣のみが知る行方は何処、
大魔道士は半身を求め永き旅路へ幾星霜、遂に星を見つけたり、
輝ける太陽は地上に帰還し
勇者は我等と共にある。
歓べ!勇者は傍にある』.
高らかに吟い上げ、弦から指を離すと、吟遊詩人は優雅に一礼した。
いつの間にか回りに集まっていた人垣から、拍手や金銭が飛ぶ。
やっと人波が引けた頃、吟遊詩人はダイに近付いて笑い掛けた。
ダイも微笑み、拍手をする。
「面白かった、ありがとう」「そうかね?何だか浮かない顔が気になるんだが」
「そ、そんなこと無いけど」
「特に最後の勇者凱旋の一章では、まるで苦し気だった」
流石芸人は人の表情を読むことに長けている。
吟いながらも周りと違う反応を示す、ダイをしっかり見ていた様だ。
ふと、ダイは溜め息の様に息を漏らすと、
困った様な顔で存外背の高い吟遊詩人を見上げた。「良かったら浮かない顔の理由を聞かせてくれないかい、私の唄を聞いて、幸せにならないのは辛いのでね」
「うん…例えば、今の勇者と大魔道士みたいに、大事な人と長いこと離れ離れでいて」
「ふんふん」
「やっと会えたら、凄く嬉しくて、とても大事な事に変わり無い…ううん、
昔よりずっとずっと誰より大事なのに…
なんだか上手く伝わらないんだ」「そうかい」
「だから…聴いててその事を考えてたんだ。ごめん」
「少年はホントにその人が好きなんだなぁ」
「うん、世界一好きだよ」「なら、今の言葉をそのまま伝えればいい。」
「え?」
「思っているだけでは伝わらないものも在るとゆうことさ、
心は目に見えないが、言葉は形と同じだ。相手に見える。」「心は目に見えない…」
「大魔道士では無いが、この言葉の魔術士が言うんだ、信じてみてはいかがかな?」
ほろり、と鳴く竪琴も、そうだと促しているようだ。
「うん、そうだね、俺伝えてみるよ!」
ダイはニコリと明るい笑顔を取り戻した。
「そうそうもう一つ、形にするものがある」
吟遊詩人はよし、と笑うと、ダイに耳打ちした。.
「ダ―――イ!」
ポップの呼び声が遠くから聞こえた。
「それではこれで、頑張れよ、少年」
吟遊詩人はちょいと帽子を上げて挨拶すると、踵を返して人混みに消えていった。
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「わりぃ!遅くなっちまった、待たせたな…ダイ?」
噴水の縁に一人、腰掛けてポップを見上げたダイに近付いて、ポップはダイの様子が何と無くおかしい事に気が付いた。
「なんだよ、怒ってんのか?だからわりぃって…」無言で真剣に見詰める視線が痛くて、
罪悪感を感じるポップはフイと目線を反らした。「怒ってないよ」
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ふと、伸ばされたダイの右手がポップの左手首を取る。
「ダイ…?」
何時間待たされても、怒れるわけ無い。
自分がかつて、振り払い、
置いて行ったひと。ずっと、ずっと待たせた。
夜の夢に今もうなされる姿を見る程。
この半年で知った、ポップの傷がいかに深いか。
今も、自分が傍にいるのに、血を流し続けるその傷口。
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悲しい、でも
―――嬉しい。
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こんなになるまで自分を求めてくれた。
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「ポップ、俺、お前が大事だよ」
「な、んだよ、急に」
急に大人びた表情を瞳に宿して、ポップの知らないダイがいる。五年前には、見せなかった顔。
まるでこうゆう時は、どう反応していいか解らなくなる。
掴まれた手首の箇所が心臓の様にドクドク脈を打ち、
頬に火照る熱がやり過ごせなくて。只ただ、その視線から逃げるしかない。
「今の俺は嫌い?」
ずきりと魂が傷む。
何時でも記憶の中の大事な勇者。
背が自分に足りなくて、自由奔放な黒髪、幼さが残る丸顔にバッテンのキズがあって、どんぐり眼で、短くても逞しい手足。
少し、高い声。.
「ポップが俺を嫌いになったなら、手を離して」
弛む手首を握る握力。
「でも、もう俺からは手を離せないから」
ダイは幼い名残を残す目尻を哀しげに細めた。
「ポップから、離して……いいよ」
二人旅を初めてから、ずっと恐れていた。
ポップが魔界で変わった自分を見て、受け入れてくれるかどうか。
探した果てに、やはりお前は違うと、言われる事。.
罪の宣告を待つ罪人の様に項垂れたダイの頭上に、
ポップの震える声が降りた。「嫌…わねぇよッ!くそ、てめっ、わかって言ってんだろッ」
ほつり
繋いだ手の上に滴が落ちた。
掌がギュウと掴まれる。
「ダイは…ダイだろうがッ」
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細身な身体を辿って上を見ると、くしゃりと涙に崩れた表情があった。
「ポップ…ッ」
腕を引き寄せ、胸に納める。
抱き締めても埋まらない距離。
隙間を埋めたい。
ダイはポップの顎を引き寄せると、
緩やかに顔を重ねた。
ポップの眼が見開かれる。.
吟遊詩人に耳打ちされた言葉。
「抱き締めて、思うままに体現すればいい。
もっと互いの心の隙間を埋めたいのだろう?踏み出す勇気も大切さ」.
時が留まるような幸福感は、ダイを酔わせた。
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…数瞬後、ポップに盛大にメラゾーマを放たれるまでは。
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「おま…ッお前ッ」
突然の炎でダイが髪を少し焦がされ、びっくりしてダイが離れた後、
やっと相手から解放されたポップが、言葉の二の次が出てこない程、
ワナワナと全身を羞恥で震わていた。.
それもその筈
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…ここは天下の往来なのだ。
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しかもロモス。
下手にダイとポップを知っている人間に会うかもしれない。
天然ダイは未だに何で怒られたのか理解不能だし。
まるで仔犬の様な純粋な瞳で、ポップの怒りの理由を探している。
「ポップ、ごめん嫌だった?」山の様に言ってやりたい文句もあるが…此処で言ったら余計目立つ。
自分でも不思議なくらい、嫌ではなかった。
当たり前の様に埋められた隙間。瞬間流れ込むダイの気の心地好さ。
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「ああ!くそっ」
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ポップは怒りと照れの混ぜこぜになった、
やり場のない気持ちのままダイの手を握り直すと、
久々にルーラを唱えた。散々目立ってしまったこの場からはとりあえず、逃げたかった。
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行き先は何処でもよい。
嬉しそうに太陽の笑みを浮かべ手を握り返す、彼の勇者と一緒ならば。
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何処でも、行ける。
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【終】
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2008/7/7
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(ブラウザの戻るでお戻り下さい。)
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