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「うわ、すっげぇ…」

通された部屋に積まれた紙束に、ポップは溜め息とも感嘆ともつかない吐息を吐いた。

「姫さんこれ、全部、ダイの…?」

「そう、丸々一年ぶんくらい」

「はぁ〜、マジかよ、信憑性はどうなんだい」

「それこそピンキリよ」

肩を竦めてお手上げ、とレオナは示す。

「一応派遣を着けていたけど、現地へ徒歩で赴いて、真偽を確かめて、判断するのだけでも一苦労」

「うへぇ…」

そりゃご苦労さん、とポップは調査員に本気で同情した。

チラリと紙の端に目をやったが、とても有益とは思えない日常茶番な報告まで連ねている。
これを端から真剣に検分しなければいけないなんて、
興味が無い人間だと人生を無駄に浪費しているとしか思えない。

「…先ずは情報現の選別と、傾向の分類分けが必要だな、もう一度基準を規定して…」

うーん、と唸りながら腕組みをしてポップは部屋を見渡した。

「ま、何とかなるだろ」

レオナを振り返ったポップの表情は、吹っ切れた様に明るかった。

「何だか、嬉しそうね」

「だってよ、こーんなにネタは有るんだ。
きっとダイの手がかりはあるはずだぜ」

ポップは手近な机に無造作に乗せられた羊皮紙の表面を指先で触れて、そのざらつきある面に綴られた文字をなぞる。

前一年旅しても、その燐片さえ見付けられなかった。
でもまだ可能性は零じゃない。

其が嬉しかった。

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ダイへ至る路は、まだ閉ざされていないのだ。

そう、自分さえ、諦めなければ。

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方向性さえ決まれば後は行動するだけ。

「ヨッシャ!一丁やるぜ!」

ポップは紙の束と格闘始めた。

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「この部屋と別にポップ君の部屋を用意するわね」

驚いて、ポップが振り返る。

「い、いいって。ランカークスからルーラで通えるしよ」

「あら駄目よ、ポップ君は今から名実ともにパプニカの公使に決定なんだから、
其に毎日ルーラで派手に着地されたら、何事が起こったのかと思われるし」

「はあぁっ?!」

「心配しなくてもちゃんとお給料も出すわよ」

「そ、そんな事心配してねーよ、じゃ無くて!」

「これぐらいしか、出来ないんだから、させてよね」

不意に怒ったように、レオナはポップに詰め寄った。

「姫さん…」

ポップは自分を見上げる気丈な一人の女性を見る。

間近で真摯に見詰められ、改めてレオナの美しさにハッとした。

大戦から一年たてば、成長期のポップ達は身体的に幾分変化がある。
ポップもいくばか背が伸びた。

しかし目の前の少女は、一つ年下だとゆうのに、ずっと大人びて見える。

国を支える、とゆうポップには想像も付かない重い責務を当たり前の顔で背負い、
周りを囲む大人達の期待に応え続けてきた事で
精神的にポップ等より早熟なのは当然だろうが。

内面だけではなく、レオナは女性として花開きつつある。

磁器の様に滑らかで白い肌、金の粒を纏った様に輝く長いブロンドの髪。
意思の宝石を秘めた瞳は、深く見るものを魅了する。

綺麗な少女だと知っていた筈なのに、何だかそのサバサバした性格からか、
ポップも気安い友達の様に接していたが。

(そういやお姫様、なんだもんな)

これでは周りが放っておくまい。

(姫さんはダイを待ってるんだ…)

王族の15才といえば、もう其なりに婚姻の話が決まっていてもおかしくない。

レオナ自身がどう思おうと、背負う責任が何時かレオナに決断を迫るだろう。

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自由気儘な身体で、思いのままにダイを探せる自分とは違う。

レオナは決してポップを羨ましいとは口にしない。
それは自分の言葉の重さを知っているからだ。

自分の守る国の民草の為でもあるし、ポップの為でもある。

でもこうしてダイへの思いを誤魔化さず、貫こうとしている。

(本当に、グダクダ悩んでるだけの俺とは大違いだよな)

「分かったよ姫さん、確かにそうしてもらった方が、色々都合がいい」

一年旅して痛感した事だが、一般人では中々踏み込めない場所や、聴けない情報もかなりある。

大戦時は勇者一行とゆう免罪符もあったし、レオナやロモス王の取り計らいで、
行く先々に足留めの苦労は余りなかった。

しかし今のポップは只の一介の魔法使いに過ぎない。
世間では、救世の英雄だの、偉大な大魔道士様、など祭り上げられても、
照れこそすれ、其を盾にする気はさらさらなかった。

世界を救ったのは、

その身を省みず戦ったポップの小さな親友…ダイだ。

ダイこそ誰より祝福され、幸せになるべきだ。

自分の存在理由に苦しみ、変わる自分を恐れながらも、それでもその純粋な心根のまま戦い抜いた。

もう戦わなくていい、平和のなかで、笑顔で過ごすダイを望む。

(レオナとダイが一緒になって、俺もそんな二人を側で見てられたら良い)

そんな日が来たら。

この胸の痛みも酷い渇きも、きっと消えるに違いない。

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ふと小さく微笑んでポップはレオナに頷いて見せた。

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「俺が必ずダイを見つけ出すからさ」

自分自身に言い聞かせる様に、力強く。

「諦めないで、待っててくれよ」

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レオナは軽く眼を見開くと、少し何かに耐えるように唇を引き締め、
そしてクルリと踵を反してポップに背をむけた。

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「姫さん?」

ポップの呼び掛けに再び振り返ったレオナは、何時もの勝ち気な瞳をして鮮やかに微笑した。

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「何を諦めるって?ポップ君こそ、サボっちゃ駄目よ」

「はは、違いねぇ。じゃあ早速、今日から取り掛かるぜ。姫さんも忙しいんだろ?」

「そうなのよ、そろそろアポロが泣き付く位仕事がたまってるわね〜。
じゃあ後でまた詳しい事は打ち合わせしましょ」

「ああ、これからよろしく頼むぜ」

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レオナは執務に戻るため去り、そして一人残された部屋に向き合う。

決して狭くは無い部屋だ。曲なりにも王宮の一角、備え付けの机や椅子、奥には簡素なベッドまである。
それらは全て情報の中に埋もれかけていたが、
どうやら長い間使われない個人執務室のようだった。

其処此処と積まれた紙の山は、何時か大戦の最中、ダイを見失った氷山の大地を思い出した。

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(この中の一片にダイがいるだろうか?)

あの時と同じように、心から叫んで名を呼べば、

(お前は応えてくれるだろうか)

「…ダイ」

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――恐ろしいのは。

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これ等を総て探しても、
行き着く果てが空虚だった時。

それと、ダイを見付ける前に自分が……。

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まだ始まってもいないのに、先を考えるのは自分の悪い癖だ。

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(そうだ…時間がねぇ)

出来うる限り、急がなければ。

レオナにも、

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自分にも。

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ポップは自分の身体が師のマトリフや、マァムの母と同じ症状が出始めている事を、悟っていた。

大戦時、ダイや仲間達の為に限界以上の無茶をした。

そうする事で少しでも皆の役に立てた事を誇りにこそ思うが、後悔は微塵もしていない。

此れからも、魔法を使うことを止めばしない。

只、今は自分に残された時間が幾ばくなのか、それが気になる。

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「くそっ、痛てぇ」

ポップは反射的に胸を押さえた。
痛むのは。物理的なもので無く、心の深部が不安や恐怖で悲鳴を上げる。

「情けねぇな、とんだ弱虫野郎だぜ俺は」

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(ダイが傍にいないと、こんなに不安定になる、何が勇気の使徒だ)

服の上から胸元の印を握り締めた。

奮い起つために。

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「俺は、諦めねぇから」

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自笑めいた皮肉な形に薄い口角が引き上がり、静かに刮目した。

「絶対、諦めねぇ」

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路は、ここからダイへ続く。

そう信じて。

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ポップはいずれ自分の身体に馴染むであろうこの部屋の椅子に座り、
新たな旅の初めとなる資料に、手を伸ばした。

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【終】

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2008/7/22

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