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【君へ至る路】

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夜半に目を覚ます。
自分の声で。
一人を呼ぶ声で。

肩で息をしながら、背や胸に流れる汗を感じる。
そして

現実に絶望する。

呼ぶ名の存在は何処にもない。

ポップは夜具を引きちぎらんばかりに掻き抱いた。

姿が無いことが、声が聞こえないことが、
心を引き裂き魂を傷つける。

こんなに深く、他人を求めたのは初めての経験で、
荒れ狂う気持ちをどうしていいかわからない。

胸を焦がす感覚が同じようだが恋とは違う。
恋の甘い余韻がある痛みとは。

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最奥の、本来他人が入り込む筈がない魂そのものが、
千切られたような耐え難い激痛。

自分の存在事態がぐらつき不安定になる程に他人を欲する。

「…どうしちまったんだ、俺は」

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こんな風になり初めたのは、先だってマァムとメルルの二人と別れて
ここ、ランカークスに里帰りしてからだ。

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ダイがいなくなってから、一年が過ぎていた。
何処かにはいる。
生きている筈。

パプニカの海辺の丘に、安置されたダイの為の魔剣が、
その装飾に埋め込まれた赤い宝玉を息吹きの如く輝かせている。

その光が有る限り、ダイは生きていると魔剣を作りし魔族は言った。
しかし、それは地上でさえないかもしれないとも。

ポップは、ダイを探す旅をその日からしている。
世界の復興を手伝うとゆう目的もあったが、
いつの間にかダイの隣にいる自分が当たり前に感じていて、
そして今、その居場所を失った。
その焦燥感から旅をしているとも言える。

はっきり言うと、何だか今の自分は酷く希薄な感じがするのだ。

それはダイが行方不明になったあの日から、徐々に始まり、
マァムやメルルと旅をしている間は、然程気にせずに済んでいた。
頼られたり頼ったりしたし、
所謂三角関係の其なりに気の置けない賑やかな旅だった。

しかしこうして独りになり、忙しさや緊張から解放された休息の時に、
慶弔に現れてポップを苛なんだ。

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ダイを隣に求める自分。

一度剣を握り、闘気を纏えば誰より強い、海を空を裂く勇者・ダイ。
勇猛果敢な彼はしかし、普段は無邪気な笑顔を浮かべる世間知らずなお子様。

自分より頭一つ目線のしたの背の、ポップの親友。

自分はダイの魔法使いなんだと公言自負しているからこそ、

強烈な飢餓感にいてもたってもいられなくなる。

何故、自分を喚ばないのか。

何故自分は見付けられないのか。

其ればかりを繰り返し考える日々。

堪らずポップはその日の早朝、
まだ起きぬ両親に書き置きを残して、
パプニカを目指してルーラを唱えた。

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まだ若輩の王女レオナは多忙だ。
大戦に一度壊滅的な傷痕を受けたパプニカ国内の復興は、
それこそレオナを筆頭に城の者全員、
寝る間も休日も無いほど急ピッチに進行している。
おかげでパプニカは、たった1年で嘗ての壮麗な街並みと活気を異例の早さで取り戻しつつあった。

そんな国内の指揮を奮いつつも、レオナはもうひとつ、
気にしている仕事があった。

1年前、行方不明になったままの勇者の捜索。
大戦直後から、当時同盟を結んだ国々へも勇者ダイに関する情報を寄せてくれるよう公布した。
皆快く快諾したものの、実質パプニカと同じ様に自国の復興さえままならない。

細々と寄せられる情報では、何年かかっても有益な内容は得られそうに無かった。
そこで、民間からの情報提供を呼び掛けたのだが。
確かに爆発的に量は増えた、しかし到底真偽が怪しいものも混じっている。

それらの全てを審議して振るいにかける暇も、人材も、今のパプニカには足りていない。
正直山となる紙の束を、無造作に積み上げて手を付けられない。

レオナは歯痒そうに、一室へ雑多と置かれるその情報の山を睨んだ。

この中の一片に、万が一もしかしたら。

ダイの行方が記されているかも知れない可能性。

少ない人事を割いて、捜査に当てながら、レオナ自身も執務の僅かな合間を縫い、
分散する情報の整理をする。

側近の三賢者であるアポロやマリンやエイミはレオナの体調を慮り、
自分達が請け負うから数瞬でも休んで欲しいと進言するが

こうしてダイの軌跡を追うことで、単に身体を休めるより、気持ちが安らぐのだ。

「待つのだけって、性にあわないわ」

行動派のレオナは何時もの台詞を呟いた。

レオナはダイが大事だ。
それは恋情かも知れないし、もう血の繋がる身内が無い親愛から来るのかも知れない。

一国を自分に託された、その責務に16歳の少女として押し潰されそうな事が無くはない。
その時、胸に宿るのは、自分より幼いのに、其より過酷な運命を背負った男の子の面影。
彼は人間ではない。

たった12の年数に詰め込まれた歴史。
生まれ故郷はその父親の手により滅び、モンスターにより育てられ、前勇者の弟子となり、
実の父親と戦い。
唯一最後の竜の騎士と知れ、
魔界の神と闘った後勝利と共に、空に消えた。

そう、たった12歳だ。

彼の親友が言った

「何でこいつばかりこんな目に…!」

しかし、レオナは嘆かない。

『彼』だから運命は彼を選んだ。

強い意思を宿した瞳。
優しい心根。

彼は苛烈なそれらを受けきった。

受けきり、尚も与える。

その広い情愛にレオナは感慨を覚えた。

幼い頃より帝王学をまなんできたそれに通じる。

純粋に、レオナはダイの側にいたいと思った。
彼を支えたい。

だから、ダイが無事に帰還したなら、共に歩んで欲しい。
その旨を告げるつもりだ。

しかし無情な時は何も出来ずに過ぎてゆく。
自分に残された時間は、余りにも短かった。
「ダイ君、何処に居るの?」

膨大な資料の中に立ち竦みながら、レオナは呟いた。

控え目にドアがノックされる。

「どうぞ」

「姫様」

振り返るとマリンが一礼していた。

「ご来客です」

「誰かしら、今日の面会は無かった筈だけど…急な知らせ?」

何か実務に問題点でも出たのだろうか、と形の良い眉をひそませた時、
マリンの後ろから聞こえた、軽快な声が部屋の空気を変えた。

「わりーな姫さん、アポなしで邪魔しちまって」

「ポップ君じゃない!」

へらりと緊張感無く笑う青年、久しぶりに会った懐かしい魔法使い。

会うのは実に一年ぶりだ。

レオナも再会に心から笑顔を浮かべた。

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【続く】

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2008/7/9

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