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【散りて尚耀くもの】

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ベンガーナの騎士宿舎に、逗留していた自分の元に、派手なルーラの着地音と共に弟弟子が訪れて来たのは、
冬の気配が色濃くなり始めた季節の境目だった。

「よぉ、ちょっと面貸してくんねぇ?」

会った途端に出た乱暴な挨拶は、聞くものがいたらまるで喧嘩を売っている様に思うだろう。

実際、回りにいた事情も飲み込めない宮仕えの面々は、
突如現れて厚顔無恥ともとれるその魔法使いの青年の態度に、
驚きを隠せないでざわめいている。

しかし、此がこの弟弟子…ポップの、自分への普通なのだ。

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奇しくも今日はベンガーナに身を寄せる最終の日だった。

武術を重んじるベンガーナ王は、ヒュンケルの鬼神のごとき強さに惚れ込んで仕官を望んだが、
ヒュンケル自体、自分がまだ修行の身と考えているため、
何処かの国に封じられる気はさらさらない。
代わりと言っては何だが、武術指南位はと一月の予定で滞在していた。

そして今日は出発の準備を済ませて、ベンガーナ王に挨拶をするつもりで宿舎を一歩出た処に、

ポップが飛来したのだ。

恐らくおおよその情報を把握していて、今日を選んだのだろう。

その身を守るように覆う濃緑の長いマントを翻し、バサリと背に払うとヒュンケルの前に立つ。

「構わんが、少し待て」

「待つって、どれくらいだよ?」

「半刻だ」

ポップはヒュンケルの落ち着いた様子に苛つくのか、無意識の動作で、長手袋に包まれた親指の先を噛みながら思考した。

「…判った、外で待ってるぜ」

何の予備動作もなく、その身体がふわりと飛翔する。

城の高い外壁をトベルーラで軽々越えて去る後ろ姿に、また周りがひそひそとざわついた。

ヒュンケルはその空気を切るように、踵を反すと、ベンガーナ王へ会うため謁見の間に向かって歩き出した。

誘われていた食事会を辞退し、ポップに合流するために。

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「おせぇよ」

城門から城下町に続く道沿いに、規則正しく植えられた街路樹の一本に寄りかかって、
ポップは門から出てきたヒュンケルをじろりと見やる。

約束の半刻は守っている。
しかし、憎まれ口は彼の呼吸なのだ。

「久しぶりだな」

ポップと前に会ったのは半年前だった。

その時は魔獣が住む危険区域にダイの探索へ向かうため、
ポップからの依頼でパーティを組み一月程の短い旅をした。

そう、ポップはもうずっと、捜し続けている。

ヒュンケルにとっても大事な仲間、弟弟子であり、希望の勇者。

ダイの事を。

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……大戦終結から三年経った。

其れは、ダイの行方が知れなくなってからの年数でもある。

世界とは皮肉なもので。
魔王軍の脅威が地上を覆っていた時は、何処の国もこぞって勇者の力を宛にした。

当時たった12歳の少年の肩に、平気で責務を負わせる。

いくら彼が勇者たる力の持ち主だったとしても、其が罷り通るなど、やはり戦時は異常なのだ。

しかし魔王が滅び、地上の覇権が再び人々の手に戻された後に。

小さな勇者が姿を消した事柄を重要視し、本気で探索する国は一握りだった。

パプニカとロモスとテラン。

三国は勇者と縁が深いゆえ、自国の復興と同じように勇者探索に力を入れてきた。
大戦時、ダイの強さに感慨を受けたベンガーナの国王も、探索に助力を申し出た。

それも一年が過ぎ、二年が経ち。

三年目も収穫無しで終わりと為れば、国政に追われ重視性が薄れていくのも当然と言えた。
現在唯一、起動しているのは、
パプニカの大魔道士が管轄する捜査機関のみだ。

しかも、事実上ポップがほぼ独りで世界中から寄せられる情報の分類から選別、捜査までを担っている。

休む日もなく勇者を探して世界を翔ぶ大魔道士の噂は、
吟遊詩人の唄にさえなっていて、かなり有名だ。

当の本人にしてみれば、それは迷惑なだけの話だが。
勇者の情報を広く民間からも聴取する公布を敷いているので、
大魔道士に遇いたいが為に、情報を操作捏造する輩もいるからだ。
膨大な資料の中から此れはと思うモノだけ選り分け、ポップは真偽に向かうのだ。

幾らパプニカが人材不足で、ポップが世界随一の魔法力を生かした機動力を持つと言っても、此では身体が追い付かない。

半年前会った時より上背は伸びたのに、更に痩せた様に見えて、心なしか顔色も悪いポップを、
ヒュンケルは表情には出さず安じた。

下手に自分が危惧し忠告した所で、この素直で無い弟弟子が聞き入れるとは思わない。

(後日レオナ姫に状況を聞きに行くか…)

今、一番ポップに歯止めがかけられるとすれば、ポップの近くにいるレオナぐらいだろう。
無論、ポップがそれを振り切っている可能性の方が高いが。

ヒュンケルの表情少ない水面下で危惧されている事など、想像もつかない様に、
ポップはその挨拶に素っ気なく視線を外して応える。

「まぁな、半年ぶりだっけ。其より…」

「俺なら構わないぞ」
言いにくそうに口を開いたポップの話の内容を聞くより早く、ヒュンケルは返答した。

軽く目を見開いて、それからその頬に朱が散る。

「まだ何にも言ってねーよッ!」

「ダイの事だろう?ならば断る理由は無い」
かつての共に戦った仲間は全員、本当は何時だってダイの所在を気にしているのだ。

今は各々の居場所に落ち着き日常に追われているとしても、
もし何かあったなら何を置いても駆け付ける気持ちだろう。

ヒュンケルとて、修行の旅をしながらある意味ダイを探しているのだ。

だから独りで抱えるな、と。

暗に伝えたのだが。

「別に、お前じゃなくておっさんが来てくれりゃ…」

どうやら臍を曲げたようだ。

しかし最初からその選択肢が有るなら、ポップは自分を尋ねはしないだろう。

「何か重要な事が見つかったのか?」

ぶつぶつ独りごちるポップの文句を無視して、話を進める。

「たくアンタは相変わらずだよなッ」

流石に付き合いも三年目になって、ポップも一方的になる言い争いの虚しさを学んでいる、
肩をすくめため息を吐いた。

「今回は、ダイ直接の情報じゃねぇんだ。
『真実の鏡』ってのをさ、聞いたことあるだろ?」

ヒュンケルは肯定の意味で頷いた。

恐らく名前だけなら物心着いた幼子でも知っているだろう。
『真実の鏡』はよく伝承に語られるような伝説上のアイテムだ。

その創世記初めの頃、言葉を覚えたての人間達は、互いを言うことを信じられず疑心暗鬼に陥り、醜い戦が絶えなかった。
それを憂いた神々は、一つの鏡を創り人間達に与えた。

其が映すのは隠された真実。
偽りを暴き、失ったものを見付け出す。

「失ったものを…まさか?」

「ご名答。カビの生えたお伽噺と思われてたんだがよ、
最近信憑性が高い話が俺んトコに舞い込んだんだ」

実は伝説の武具や道具を集めるのが趣味なロモス王の宝物庫に、
数十年前までは実際そう呼ばれる鏡が安置されていたそうである。
しかし度重なる魔王軍との戦禍に捲き込まれるなかで、幾つもの重要な国宝が失われた。
真実の鏡もそうして行方が分からなくなった一つだ。

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「その鏡が本物ならば、ダイの行方も探し出せるとゆう事だな」

「ああ、そうさ」

ぐっとポップの両の掌が握り締められる。

「何でもいい、少しでも尻尾がつかめりゃ…」

己の拳を見詰めるポップの瞳には、渦巻く暗い光が宿っていた。

大戦時には常に明るく輝きを失わずに、皆を奮い起たせた雲母の耀きは今、
何処か切羽詰まったように揺いで曇っている。

ヒュンケルの眼にポップは、何かに追い詰められているように見えた。

確かにポップの必死の探索は、この三年目が過ぎようとしても成果を上げていない。

身を削る程に勇者の姿を求めるその魔法使い。

単なる友情とは言い切れない絆が、確かにダイとポップの間には存在していた。

ダイの話をする時は、ポップは何時も身を切られる様な表情をする。

かつての奔放に手放しで明るいポップは、ダイが空に消えてから一緒に何処かへ無くした様だった。

そして時と共に刻々とポップを変えてゆく。

しかし誰も、そんなポップに掛ける言葉が無い。

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助けたい、と言っても。

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言葉などで、救えはしまい。

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「ここで雑談してても仕方ねーや、」

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不意に顔を上げたポップは、やはり余裕のない表情のままヒュンケルを見つめた。

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「ちょっと厄介な場所に行く」

ヒュンケルは無言で頷いた。

答えなら、先程言っている。

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ダイやポップの為に、自分は断る理由は何も無い。

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【続く】

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2008/7/24

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