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【巡りて紬ぐ話】
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パプニカの奥まった一室、
閉めきったカーテンに暗い室内は良く晴れた日の昼間だとゆうのに、
其処だけ空間が切り離されたように静寂が包んでいる。
その中、灯りも点さずポップは背に馴染んだ椅子に重さを預けてそのまま首を天上に向け、
長い手足もだらしなく投げ出している。今は本当に疲れていた。
幾ら体力的に疲労していても、何時もは気付け薬や回復魔法、後は気力で何とかなるのだが、
今日はその気力が枯渇している。理由は昨日の事。
ダイを、見つけたと。
「一瞬おもっちまったからな〜…アレは効いた」
幾度目かわからない肺の奥から溜め息をつく。
その緊急伝令がポップの元に届いたのは、昨日の早朝だった。
別の件でダイの捜査に向かう準備をしていたポップは、
伝令から報告を受けた途端に、やりかけの全てを放り出して、一呼吸の間の素早さで近くの窓から外に飛び出た。
正に一瞬の出来事を、理解出来ずに取り残された伝令師は驚き唖然として、
空を光となって翔び去る大魔道士を呆気に取られて見ていたのは仕方ない。場所はベンガーナに程近い小さな海辺の村、
報告があった近くまでルーラで行けたので、其処からはトベルーラを使って目的地に向かった。.
『勇者ダイに良く似た風貌の少年が見付かった』
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ポップはもうこの数年間、使い古しのようなこの台詞を何度も聴いた。
だからこそ、最も信憑性が低い。
冷静慎重の姿勢で確かめなければならない。
それが、期待と絶望に幾度となく押し潰されてきた教訓だった。しかし、今度は。今度こそは。
ポップの右手に握りしめられた似顔絵が、脳から理性を奪って、
冷静さは片隅に追いやられた。.
そして、辿り着いた先にいたのは……。
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年端は13、4で癖が強い黒髪の、頬に傷がある少年。
海辺で育ったせいだろう、小さくとも力強い四肢。確かに良く似ていた。
ダイをよく知る者さえ、距離が有れば間違うかも知れない。
実際、遠目で見た時、ポップの心臓は張り裂けそうに高鳴った。
しかし――、
近づいて行く度に失望が胸に拡がり、目的地に降り立ったとき、
完全に喜びは砕かれていた。
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正直、会ったものの言葉をかける事も辛くて、
何も言えずに回れ右してルーラを唱えたのだ。.
……それからずっと自分に与えられた執務室に閉じ籠り、食事もせず、グダクダと管を巻いている。
落ち込むだけ落ち込んだら、
何時もは気持ちを切り替えて次の日にはもう明るく振舞い、新たな情報を求めて飛び出しているポップが、
こうして何の音沙汰もなく閉じ籠っている事を、
城の皆は心配して扉の向こうから控え目に時折声を掛けてくる。その心遣いにチクチクと罪悪感を感じつつも、今は一人でいたい気分だった。
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ポップだとてあの手の情報で何度も肩透かしを喰らわされているから、別段その事については気持ちの憤りはもう無い。
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もっと別な理由。
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あの少年が、なまじ似ていただけに…。
ダイと鮮明に重なって、辛かった。
あの見知らぬ者を初めて見る表情、
物言わず黙る自分を不信に思い、しかめられた顔。
対戦時、記憶を失ったダイを思い出した。
ポップは自分がダイに再び忘れ去られる等、考えたくも無かったが、
こうして虚しく捜索をして月日を重ねていく程に、
(もしかしたらダイは俺の事なんか忘れているんじゃ)
そんな暗い思いに捕らわれる。
本物に出逢えた時、今日の少年の様な態度を取られたら、
自分はどうしたらよいかわからない。
過去と同じようにいっそ目の前で命を絶ってみるのか。
「馬鹿馬鹿しい」
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しかし年数がたつ程に、
もしかしら友情より強い絆を、
互いに心を交わしたと思った事は、自分の一方的な思い込みだったのでは、と
そんな考えに捕らわれる。.
冷静に今の自分を眺めているもう一人理性の自分が、その猛執にゾッとする程。
ダイへ固執している。
こんなに一人に心を傾ける自分は異常だろうか?相手に望まれていないかも知れない執着なのでは?
思う度に自分自身の心を傷付ける。
そんな恐れに、気力を挫かれ、こうして項垂れている。
「くそっ」
乱暴に足を組んだ時、爪先が机の脚を引っ掛けて、その上に山積みとなった本が均衡を崩しバラバラと降ってきた。
「うぁ痛ってーッ」
頭に角がぶつかった一冊の本が、膝の上で開いている。
何気なく視線を落として、ポップは目を見開いた。
それは竜の騎士の伝承を集めた古文で、テランの王から譲られた物だ。
遥か彼方、神話の時代より歴代の竜の騎士の歴史を綴ってある。
どちらかとゆうと、信憑性は薄く、伝説上の物語に近い。
只、ポップは初めてその本を読んだ時、酷くやりきれない気持ちに、胸が痛くなった事を思い出した。
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竜の騎士達はいつも
圧倒的に強く、自分の生まれた意味を良く理解していて、使命に忠実だった。
その地が魔界でも天界でも地上でも、
その世界の為に闘っていた。そうしてたった独りで、力尽きてゆく。
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その姿に、
あの最後の時自分を蹴落とし、大空へ一人去ったダイが重なる。.
全てを背負わせたくなど無かった。
竜の騎士に肩を並べおなじ重さを支えるなんて、烏滸がましい傲慢な考えだし、
ダイは其を望まないかも知れない。
しかし、自分たちは出合ったのだ。
ポップはダイが竜の騎士だろうが、何だろうが、
そんなものは関係無く一人の存在として大事だから。そうだ、だから…
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「逢いてぇんだ…」
あの笑顔に。
「どうしても、もう一度逢いてぇ」
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答えは、何時も1つに行き着いた。
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――ダイが好きだ。
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例え一方的でも、構わない。
あの存在が、どうしようもなく愛しい。
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幾つもの奇跡的な連鎖で生まれた、人生を変えた出逢い。
でなけれは、今頃自分はランカークスの実家で、
何も人生において大切な事を学べぬまま、安穏と武器屋を営んでいただろう。.
ダイ達との短い時間は、其こそ何十年にも匹敵する様な色濃さで心を占めている。
だから、
ダイを失い、ポップの時は確かに彼処で止まったまま。
周りは進み、身体は成長し、年月が過ぎても。
心だけが置いてきぼりにダイを待っている。
再会するまで、きっとずっと永遠に。
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―…だから、探すのだ。
「よっと」
ポップは勢いをつけて椅子から立ち上がり、ツカツカと窓に歩み寄る。
閉めきったカーテンをやや乱暴に左右へ引くと、窓を大きく開け放った。
薄暗かった部屋に、一気に涼しい海風と昼の白い陽射しが招き入れられた。
強い空気の動きに、部屋の書類は舞い上がって、はらはらと踊る。
ポップの視界の先には、丘の下に連なる秀麗な白い壁を基調とした城下町と、
湾岸線に沿って整えられた港に停泊する舟々、
そして街外れにある小高い岸壁に、キラリと光を反射する存在。……我ながら情けないが。
――あの剣が、何時の間にか無くなってやしないか。
――存在を示す宝玉の光が失われやしないか。
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何時も怯えていた。
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「何て事ねぇ」
ポップは強く言葉にする。
自分勝手なのは今に始まった事じゃない。
ダイが万が一、再び自分を忘れていても、
自分が想うほど、絆が薄かったとしても。
幾度だって出逢い、
何度でも新たに積み上げる。
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諦めるのは自由だ。
探さなくなるのも自由だ。
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だから、誰の為でも無くてこれは只の自分の我が儘。
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「へこむのはお門違いだよな」
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ポップは窓に片足をかけると、そのまま燦を蹴って空の中に身を任せた。
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未知の世界にでも、逢いに行こう心のままに。
ダイともう一度、出合うのだ。
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【終】
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2008/7/29
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