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【百の迷いと千の道行き】
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ここは頑として意地を張らなければならない。
何度も言うが、俺の沽券ってヤツだ。
「ねぇポップ、もう少し端に寄ってよ」
当然の如く一緒の布団に入ってこようとする天然勇者を蹴り落とした。
そして頭から毛布にしっかりくるまると、
ポップはそのまま片手だけ出して反対側の壁に設置されたベッドを指先す。「てめーの寝床はあっちだ!」
「だって寒いんだろ、温かくしなきゃ」
「寒くねーよ」
「熱あるし」
「気のせいだ」
「さっきの夕食だってろくに食べてない」
「嫌いなもんが多かったんだよッ」
「顔色、良くないよ」
「悪かったな、これは地だ」
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背中に、溜め息の気配。
(あ、こいつ今しょうがないなって思ったな。)
風邪を拾ったのは自分の不注意。
これでホントに具合の悪い所なんて見せたら、コイツは治るまで宿に泊まろうとか言い出して、決めちまうんだ。
旅の道中、こんな事で何日も足留めを食らうのが一番路銀の無駄遣いだ。
体調管理を怠たったつもりは無いが、
先日大雨に濡れたのがいけなかったのだろう。
……同じ雨に打たれた筈なのに、ピンピンしてるダイがほんの少し憎らしい。(こんなものは気合いだ!気合いで治せ俺ッ!)
さっきコッソリ自分で調合した薬を飲んだし、一晩ゆっくり寝れば明日の朝には治る筈…。
ぎゅっと毛布にくるまるポップを見下ろして、どうしたものかとダイは困る。
十中八九、ポップは具合が悪い。
原因が先日の雨に長く濡れたせいなら、自分の責任だろう。
しかも服も乾かさないまま体力使うことしたし。
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(何かしてあげたいのにな)
普段は結構我が儘なクセに、ホントに辛いときは本心を押し込め、
みんなに心配掛けまいと我慢してしまうポップ。.
ふと、背後のベッドサイドに在ったダイの気配が離れた。
少し寂しく感じる事を捩じ伏せて、それでいい。とポップは思う。
(甘えグセは付きたくねぇ)
心根の優しいダイに、寄りかかってしまえば際限無くなる。
そうしたらこの関係は壊れるだろう。幾ら心や…体が繋がっても、超えてはならない。
ダイは何も変わらない。
変わってしまうのは、己の方だと思う。だからポップは自分を諌める。
ずっと一緒に隣に立つ為に。
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対等で居たいとと思うのは自分の我が儘だ。
身体的なものなら、とっくに天と地程の開きが現実として、目の前に横たわっている。だから、僅かに自分が虚勢を張るのは薄っぺらな只の強がりでしかなくても。
みっともなくても。
――嘘を付き通してゆく。
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熱があるせいか、目端がカッとあつくなる。
(くそ、泣くんじゃねぇ)
涙の予兆に、ポップは奥歯を噛んで耐えた。
もう、己の無力に哭くのは辞めると、
ダイと旅を始める朝に、決めたのだから。.
その時、ふわりと自分の上に被さる布地の重みを感じて、
ポップはハッと思考の深みから浮上した。ダイが自分のベッドから毛布を持ってきて、ポップに掛けたらしい。
「い、いいってば!お前の布団が無くなるだろ?!」
まだ毛布に潜ったまま顔向けもせず拒絶するポップの背中に、
ダイは、スウッと空気を腹の底まで深く吸い込んでから、
その奥に終(しま)っていた言葉と共に吐き出した。.
「俺にだけは、本とのところ、見せてくれよ」
最近は滅多に無い、
ダイの思いがけず強い口調。ポップは内心軽く驚き、思わず首を捻ってダイを見上げた。
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「辛いなら、辛いって、言えよ」
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眉根を寄せて、ダイが引き締まった真剣な表情をしていた。
整って精悍なだけに、何とも言えぬ迫力がある。(そんな事は無理だ。)
無言の抗議を含め、恨めしそうな視線でポップは睨む。
しかしダイは其処でふと瞳を瞑目し、
次に開いた時にどこまでも柔らかい微笑みをポップに落とした。「そう、言いたかったけど、やめた」
(言ってるじゃねーか!)
呆れるポップに、
言っちゃったけど、と悪びれもなくもう一度笑って。「俺が、言われなくてもポップを解るようになればいいんだ」
「…!」
「俺はポップの、笑うところも、何に怒るかも知っているし、決めたら意思を曲げない所も尊敬している。
ポップの少し臆病で、感情に周りが見えなくなる所だって解かる。
お前の抱える矛盾さえ、総て…受け止められるよ」.
何だか満足そうにそんな事を、
言うものだから。…鼻の奥がツンと痛んで、視界に映るダイが水に沈む。
(…あ、くそッ)
思うより先にぶわっと溢れた涙が頬を伝う。
目も反らさず。しゃくりあげるポップの、懐かしい泣き顔。
お互い全力で生きていたあの頃の、幼いながらも必死な毎日の中で、
ポップはよく気持ちの昂りに顔中ぐしゃぐしゃにして泣いていた。素直にぶつけられるその感情はいつも、
深い処からダイを救った。「ポップ」
堰を切った様に鼻を啜りながら泣く姿、
その今も昔も変わらない誰かを思って涙するポップに、
とても惹かれる。そっと頬に手を伸ばし、雫に触れた。
泣き顔が結構好きだなんて言ったら、怒られそうだから言わない。
「大好きだよ」
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床に膝を着いて、毛布ごと震える身体を抱き締める。
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「ずっと、世界の終わりまで俺の隣にいてよ」
「…わかんねーだろ、んな先の事は」
乱暴に袖口で泣いた残滓を拭い去ると、
ポップは何時もの強い意思を宿した雲母の瞳をダイに向けた。「けどよ、俺等は今、こうしているじゃねぇか」
『無理だ』、とは言われなかった。
その事が嬉しくて、ダイは益々強く両腕に力を込める。
竜の騎士の寿命が人のそれとどのくらい違いがあるのか、判らない。
自分の恐れる孤独な未来は、
ポップがこうして溶かしてくれる。.
信じることでしか、行けない場所がある。
遠い、『今』を積み重ねたその先に。
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「うん。明日も、明後日も、その次も一緒にいよう」
「はは…っ、そうだな…」
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そっと応える様に、
背に感じるポップの腕の感触。此処に在るとダイに教える様に。
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「…敵わねーな」
全部を見抜かれてて、矜持も沽券も有ったもんじゃない。
ポップは自分に失笑した。
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悟りついでに気も抜けて、
頭をジワリとぼやかす微熱と、そこからくる寒さに素直になった。
「ダイ、俺さぁ、どうも風邪っぽいから」「え?」
急な話の振りに、ダイは肩口から慌て顔を浮かす。
「明日には大丈夫だとは思うんだけどよ、今日は何だか寒ィし?」
「う、うん??」
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ぱちくりする眼が幼さい昔を彷彿させ、可笑しくて、はにかむ。
(俺の事何でも解ってるんじゃなかったっけ?)
「毛布借りる代わりに、ちと狭いが隣で寝せてやらぁ」
「!!、うん!
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ぱっと咲いた笑顔で、ダイにまた強く腕中へ捲き込まれる。
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(きっとこの瞬間を、俺達は忘れていくよな)
時は瞬時に過去になり、遠い未知は千々に枝分かれ伸びている。
約束は、絶対の公約ではない。
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(でも)
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望みを叶えるのは、行動力だ。
それを二人は知っている。
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(未来は、俺達で決めよう。)
ポップは今在る温かさを感じながら、
緩やかな眠りに目を閉じた。.
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【終】
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2008/8/4
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