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 【久遠の鐘】

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鐘の音は朗々と響き、大気を震わす余韻となって曇り空を波紋の様に広がり伝わってゆく。

「祝福の祝詞が聞こえるよ」

耳の良い相棒はふと遠くから流れる言の葉を拾ったろうか。

「そうか」

応えた声は白い結晶に転じて大気に立ち上る。

「今日は特別な日なんだね」

ダイは感じたままを口にする。

こうして空気が張り詰める程静謐で、でも人々はどこか浮ついたように幸福で。
冬の日が一番深まる時期とゆうのに、立ち寄った小さな街は活気と生気に溢れている。

「ああ、聖夜祭だからな」

「聖夜祭…」

ダイは意味を尋ねる訳でなく、小さく口に復唱する。

―――ある遠い昔、唯一の神の恩恵を忘れ堕落し始めた人間を嘆き、神はその愛しい1人御子を地上に生誕させた。

その御子は数々の奇跡を成した後、愚かにも神を理解できぬ人々に迫害され、
……。

「どうしたの?ぼーっとして」

ダイの間近な声にポップは、夢から醒めた如く瞼を瞬かせた。

「…いや、なんでもねぇ」

こんなのは、要らない知恵だ。

知ろうと思わないならダイは知らなくても良い。

ポップは風に吹かれたマントを直すフリをしながら、口元を歪める笑みを隠した。

「みんな、幸せそうだ」

ダイはうっとりと、空気に溶ける街を飾る蜜蝋の香を捉え酔ったように頬を緩める。

心優しい親友は、ただ、只、

この世界が歓喜に包まれている事が嬉しいのだと。

その変わらぬ純粋さにポップは、誇らしささえ感じる。

神の遺産であるゴメちゃんに、
《世界で最も清浄》と言わしめたデルムリン島で育ったダイだから、

全ての命を慈しむような別け隔て無い

慈悲精神性。

何より、

この世界で一番代え難い相棒も、また。
神々の産んだ愛子である事実。

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烟った視界を悟られぬよう、寒さのせいにして鼻を啜る。

顔を背けた一瞬に、ダイが自分を見詰める瞳に気付かぬまま。

「あ、雪」

驚嘆にまざる喜色の声色で、ポップはダイの見上げる空を追った。

灰色の天蓋から花びらの様に堕ちてくる幾千幾万の小さな影。

そして白い綿毛に似た儚い結晶を追い、
天に伸ばす指先が。

まるで還ろうとするかに、思えて。

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「ダイ」

思わず諫めるような呼び声となってしまった。

振り返ったダイの、思いがけず強い、意志を持った視線に射抜かれる。

その場に縫い止められ反らすことを赦されない。

「俺はね」

注がれる声は、どんな大神官の説経より
ポップにとって重み在る。

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「限りある時間なら、ポップと過ごしたい。何処へも、行かない」

「…!」

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「……て、るよ」

正午。一斉にかき鳴らされた教会の鐘の音が、
言葉を途中掻き消して、だけど、届いた。

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強がりも、無意味だ。

真実の前では。

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「…俺だって…」

冷たい空気が頬を刺すのは、流れた雫に体温を奪われるせいだろうか。

「俺だってそうだ、お前が…」

全てを言い終わる前に、

浄化の炎を思わせる程熱い包容に包まれた。

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《天に召します我等が父よ。
その御手に愛仔を喚ぶのはこの世に居場所さえ喪われたその時に。》

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今はまだその刻でないから。

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      【終】

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2008/12/16

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