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 【彼の地より、全て】

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大海の中程を進む帆船は、白波を立てて真っ直ぐに
すぐ其処へ見えている小さな島へ向かっていた。
その島の周りに他の船影は見えない。

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通称『怪物島』

本来地上で最も穢れない楽園のデルムリン島を、モンスターのみが生息する場所と、
人々は昔からそう呼んで怖れていたから。

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海岸に程近い、船が進める限界の浅瀬へ辿り着いた船から、
一つの人影はためらいなく服のまま透明度の高い海にばしゃんと入って、
片手で船を軽々と引きながら砂浜へ上げる。

もう一つの人影はふわりと浮き上がり、凪ぐ波の上を岸へ飛んだ。

寄せる波の飛沫に濡れることもなく、飛翔呪文(トベルーラ)にて島に降り立った緑色旅衣の魔法使い―――ポップは、
「ご苦労さん」

と、海から上がってきた海と同じ蒼を映す肩切りの旅衣を身に付けた剣士―――、
ダイから船のロープを受け取って言った。

南国特有の、蒸せるような湿気を含む大気と繁る木々の香りに、
ダイは両腕を大樹の枝の様にうんと伸ばして、深呼吸する。

「やっぱりこれだよな」

小さく呟いたダイの呟きが、船が流されないように舳先から続くロープを、
手近な椰子の幹に巻き付け固定していたポップの耳に届き、小さく口端で笑む。

久しぶりに故郷の土を踏んだのだから、その歓喜も一入なのだろう。

ルーラで来ることは何時でも出来る、
しかし余程の緊急でない限り、
移動手段は普通の旅人と変わりなく敢えて徒での旅を続けているから、
デルムリン島にもめったに来れない。

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ダイが地上に帰還して、その来報を二人揃ってしに来たのが約3年前。

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あれから随分間を開けてしまった。

寒さの厳しさを増す年の終わりを、南国で一年中暖かい気候のデルムリン島で過ごそうか、
と提案したのはポップだった。

何時もこの時期はレオナからパプニカの新年を祝う式典に招待され、
二人は王女の友人として、更に世界を救った勇者と大魔道士として。
上にもしたにもない厚遇されるのだが、正直ダイもポップも堅苦しいのは苦手だ。
しかしレオナたっての願いだから、
まためったに一同へ会しないかつての大戦の仲間達に逢えるとゆう事もあり、過去二年は祭典へ出席していたのだが。

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旅の空の下ふと洩らしたダイの独り言がきっかけだった。

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「モンスターの姿って、あんまり見なくなったよな」

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少し前の事、深い霧の立つ森の路を行く二人は、
無頓着に足を踏み出しながらもその実、広範囲で探索能力を展開させている。

ダイは優れた気配察知の感覚があるし、ポップもトラマナとレミラーマを重複で唱えていた。

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…大魔王バーンの邪悪な魔力に感化され狂暴化していた魔物達も、
八年前呪縛から解放された。
一部のもとより血を好む種族以外は、理性と穏便を取り戻し、
人間社会との無用な争いを避けて、人知未踏の山谷や迷宮深部、海溝へ姿を潜めた。

この様に慎重になるのは、今の世で警戒し危険なのは、怪物達等より老獪な盗賊などの人間の方である位だからだ。
罠や魔法を使う輩も在る。

しかしいずにれも反応は無く、些か拍子抜けな思いもしていた。

まあ幾ら有象無象が集まったとて、並みのレベルで勇者と大魔道士に太刀打ち出来るものでも無かったが。

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「そうだな…人を避けてるんだろうよ」

「まあ確かに下手に人里に出てきちゃうより、良いのかもしれないけど」

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ダイに取って、モンスター達は恐れの対象ではない。

言わば近しい隣人で、
敵意が無ければ意志の疎通さえ出来る。
だから純粋に鳥や獣の影を探すように、モンスター達の姿が見えない事に一抹の寂しさを感じるのだろうとポップは考えた。

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しかし大戦より既に八年が過ぎたとしても、世論的にはモンスターは未だに馴染めぬモノ達である。

かつて大魔王バーンに立ち向かった勇者パーティーには、多くの人外獣魔のメンバーがいた。

クロコダイン、ラーハルト、ヒム、チウ。

大戦後……、
クロコダインはテラン王のたっての願いに応えて、広大な森に包まれる領地の守護についた。

竜族の眷属であるせいか、テランの民もすんなり受け入れ、その豪快な気性で人気があり、それなりに充実した生活のようだ。

ラーハルトはダイの帰還後、
ダイとポップの旅に意地でもって付いて来ようとしたが、
当のダイにそれを断られてしまったから、

「ならば何かあれば必ずお呼び下さい」

とダイに一礼し、

「ダイ様をしっかりお護りしろよ」

とポップを怨めしげに一睨みして、
ヴェルザーの動向を監視に魔界へ降りた。

ヒムとチウはデルムリン島に居たはずだが。
目立ちたがりのチウが大人しくしているわけもなく、
ヒムがルーラを使える事を良いことに、自分の武者修行とヒムの見聞を広めるためなどと云いつつ、
パプニカやロモスへしょっちゅう遊びに出ているようだ。

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しかし勇者パーティーとして有名なこの面々でさえ、
未だに心無い人々の態度に出会う事もあるのだ。

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一般のモンスター達が畏れの対象から外れるのには、まだまだ時間が掛かるだろう。

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「ダイ、ブラフじいさんに会いに行こーぜ」

「え?!」

はじかれた様に隣へ並ぶポップを見下ろしたダイの顔に、思わず吹き出す。

脈略が無いように思えるが、ダイは郷愁の念に駆られていたのだろうから。

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「もう随分、行ってねぇもんな」

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「…良く判ったね、流石ポップ」

「わからいでか」

お前の魔法使いをなめんなよ、と心の中で付け加えて。

ポップは笑いながらダイの背中を軽く叩き、二人はデルムリン島を目指し進路を南へ向けたのだった。

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そうして今着いた旅の出発点は、変わらぬ空気で二人を迎え入れた。

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【続く】

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2009/01/13

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