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 【彼の地より、全て・中編】

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さして多くない荷物を幾つか船から下ろしていると、
島に近付く船の様子を何処かから見ていたのだろう、

海の岩場陰から顔を出す緑の鱗に覆われた魚人がぬっと這い上がり、
ぎょろりと光る目玉を二人に向ける。

其れと目が合った途端に、顔を輝かせダイは破顔した。

「わあ!元気だったか―っ?マーマン!」

その大声が合図のごとく届いたように、
草群から、木の葉の合間から、
わらわらとスライムやらマタンゴやらドラッキー、キメラなどこぼれ落ちるように、海の者も陸の者も出て来る。

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人間には判らない言葉の歓声をあげて細波の様に伝播し、
集合の笛を吹いた訳でもないのに徐々に集まるモンスター達に囲まれて、
ダイは楽しそうに声を上げて笑う。

まるで子供に戻ったかの様なはしゃぎように。

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少し離れた所からポップも、口元に緩やかな笑いを含んでそんなダイを眺めた。

(故郷…だもんな)

ポップも大戦が終わり、ダイの捜索に煮詰まった頃、
久々にランカークスに立ち帰る事があった。

その時に町の幼なじみな友人達に再会して、
その変わらなく迎えてくれる温かな気安やに、心を癒された事を思い出した。

だがその時一刻過ごした後、ポップは故郷に引き留める友人達に別れを告げて、又旅の空へと発ったのだ。

偏に、何よりもダイを求めるが故に。

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そして逸れを得た今。
帰ろうと思えば何時でも、迎え入れてくれる場所のだろうが、
故郷に未練は無い。

父も母も、大切だ。
しかし…目の前に在る存在の隣以外に、還るところは想像つかない。

照れくさいのでダイには決して言わないが。

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その時急に振り返ってポップに顔を向けたダイが、
モンスター達の輪を抜けて早足でポップに歩み寄った。

「ポップ!なんでそんな端っこにいるんだよ」

「へ?!」

呆気にとられたポップの腕を捕まえ、ぐいぐい引っ張って来て輪の中心に加える。

「みんなポップも歓迎してるよ」

囲まれた周りをぐるりと見ると、二十は超すモンスター達に注目され、それぞれの鳴き声で一斉に話し掛けられた。

ダイの様にその言葉が判るわけではないが、
ポップはその鋭い洞察力と相手に懐を開ける柔軟さを持っているので、
仕草や微細な表情の変化で、ある程度の感情は読み取る事が出来る。

それにこの島の生き物たちは、驚く程に感情豊かなので、何を言いたいのか分かり易い。

歓喜の波紋に包まれて、ポップは何だか照れくさい思いでへらりと笑った。

「そっか、サンキュ覚えててくれたんだな」

此処には八年前初めてアバンと来た時から、
ダイが行方知れずになって見つかるまでの八年間で、実際何時か訪れていた。

デルムリン島の捜索に当たっていたときに、
唯一人語を話せるブラスを介して、島のモンスター達に協力てもらったのだ。

しかしこんなにダイと同じ様な歓待を受けることが、
不相応な感じでくすぐったい。

そんなポップにダイは、意外とばかりに目を丸くした。

「当たり前だよ」

「ダイ?」

「ポップと俺の事、みんな知ってるし」

「…は?」

「三年前、じいちゃんに帰ってきたこと知らせに来たろ?
その時にさ、みんなに紹介しといたから」

「………何て?」

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「俺のすっごく大事な人だから、みんなよろしくなって」

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其処まで聞いていたポップの表情が疑惑から驚愕、
そして耳まで徐々に朱色に染めて、羞恥に目まぐるしく変化するのを目撃していたダイは、
にっこり上機嫌で笑いつつ、ポップの腰にさり気に手を回して身を引き寄せる。

「まじでっ、おま…っ…ばっか野郎っ!!離せこら!」

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照れ隠しで上げた大声ではあるが、
余りのポップの剣幕に、気弱なスライム等や一角兎はぴょんぴょん逃げ去った。

「なんで怒るんだよ?!あ、もしかして一番って言わなかったから?」

「口を閉じてろ!この天然め!」

ギャラリーに山ほど囲まれているのに、近すぎる距離に迫るダイの頭を殴ってやりたいが、
昔とは逆転した身長の差で思うように手が届かない。

「…いい加減にしろよッ!」

ポップは眼前に在るダイの腹に、軸足へ体重を乗せ捻りを加えた見事なボディブローをめり込ませた。
しかもバイキルトとルカニの同時詠唱で。

的確にレバー(肝臓)へ狙い撃ちを効かせた為、竜の騎士といえど膝を着いて悶絶する羽目となった。

「ポ……ッ」

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「暫くそこで反省しやがれっ」

オロオロと取り囲む周りを残して、ポップは一人足踏みも乱暴に森林を踏み分け、
島の中枢へ向かい姿を消してしまった。

「いてて…、照れ屋だなぁ」

慰めるように太い足で背を撫でる大王イカに礼を云いつつ、
ダイは去った後ろ姿の方向を見やって、無体な仕打ちをされたにも関わらず、
返って愛おしそうに笑みで頬を弛ませながら立ち上がった。

「さて、俺もブラスじいちゃんに挨拶してくるよ、また後でな!」

見送る島の仲間に手を振ると、ダイは先を行ってしまったポップの背中を追いかけて歩き出した。

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ポップは先程の勢いのままずかずかと大股に進んでいたので、
あっとゆう間にブラスの住む、泥土を重ね造りしたドーム型の家にたどり着いた。

何年経っても変わらない懐かしい出で立ちの風景に、
心が穏やかに立ち戻ってゆく。

ポップは深呼吸を一つして、
やや頭より低い位置にある遮るドアも無い入口から、中を覗き込む。

「じいさ―ん、元気か?」

奥へ続く部屋から、見慣れた鬼面道士の顔が覗いた。

驚いた様にポップを見上げ、直ぐに大きな目と口を笑みに緩めた。

「おお!ポップくんじゃないか、久し振りじゃの!三年ぶりかな」

人好きのする好好爺の笑顔を満面に浮かべつつ、ブラスはポップを中へ招いた。

「どうりで島が騒がしい訳じゃわい、いや、よく来てくれた。ところで…」

「ダイも直ぐ来るぜ」

キョロ、と続く影を探したブラスへポップは少し済まなそうに、
明後日へ視線を逃がしながら頬を掻いた。

「なら、まあ座って茶でも飲みながらまとうかの、さあポップくんも」

木の切り株で出来た椅子を勧められ、ポップは濃緑のマントを背に払い、腰を下ろした。

「…中々寄らなくてすまねぇな」

「よい、よい。行方知れずだった三年前までと違って、
今はポップくんと世間の見聞を広める旅と知っておるからの、ワシは心配しとらんよ」

ゆったりと動く小さな背中でブラスは応える。

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(見聞を広める――…か)

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口端を掠めたポップの微かな皮肉は、ブラスが湯気の立ったカップを持って振り向く前に、
綺麗さっぱり立ち消えた。

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「いただきます」

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差し出されたお茶は何時でも此処でしか味わえない、
ブラス特性ブレンドのハーブティだ。

博学な島の長老たる鬼面道士は薬草にも詳しく、相手の状態に合わせて的確な葉の調合をする。

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今飲んだお茶は、香りで体の奥から涼やかな風が胸を通る様な、
其れでいて僅かに甘さの余韻が舌に広がり、
長旅の疲れをじわりと癒やした。

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「今回はまた急だったが、何かあったのかの?」

ポップの一息を待ち、ブラスは来訪の理由を尋ねた。

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「いや―随分ダイも里帰りしてねぇし?
暫くさ、ゆっくり過ごすのもいいかなってよ」

「ほう?」

「今の時期は何処行ってもさみーから、一年中あったけぇ此処が恋しくてさ」

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ポップは何時もの屈託無い明るい笑顔で笑い、カップをテーブルに戻した。

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「そうか…、そうか。それは良い。」

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ブラスは2杯目を注ぎつつ、何度も頷いている。
思えば八年前ダイがこの島を大魔王を倒すと冒険に出てから心配のし通しで、

やっと戻った三年前も挨拶そこそこにまた旅立ってしまったので、
のんびりダイと過ごし語らう隙も無かった。
やはり嬉しいのだろう。

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「まあ、この家じゃと、今のダイと君にはちと狭いじゃろうが…」

鬼面道士のブラスを基準に造られた家は、大人が立つと天井に頭がスレスレになる。
台所はやや上にもスペースが在るものの、
すっかり育ったダイとポップでは窮屈だ。

初めてアバンと共にこの島に来て、
ダイにスペシャルハードコースを教示していた3日間、
アバンとポップが野宿でいたのはそのためである。

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「大戦の時、ロモスの兵士達が逗留してた小屋は、まだ残ってるかい?」

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「おお、あるぞい。手入れをしてあるのでな、そこなら大丈夫じゃろう」

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「流石じいさん!あんがとよ!」

「礼には及ばんよ、何せ其処はチウくんとヒムくんが住んでいたのでの、ワシは何にもしとらん」

その名を聞いて、ポップは思わず口にしたお茶を吹きそうになる。

「わっすれてた!アイツら此処にいたんだっけ!?」

「そうじゃよ、しかし今はロモス国王から新年の式典に招かれて、一月余り留守だがのぅ」

「へぇ」

あのロモス王は柔軟な思考の持ち主で、偏見が無い。
好奇心旺盛で懐も広いため、チウやヒムの様なモンスターや禁魔術生物といった人外の者でも、
『世界を救った勇者の仲間』
として快く迎え入れているのだろう。

かつて偽の勇者一行に浚われたゴメちゃんを沢山のモンスター達と救いに王宮へ乗り込み戦ったダイを、
罰する所か正しく真の勇者に相応しいと判断したように。

王自らがそうなので、ロモスの民も善良で大らかな気質だ。
チウやヒムにとっても過ごしやすいだろう。

「まぁチウは何処でだってやってけるだろーが、ヒムは色んな意味で目立つからな―…」

すれ違いになった事は残念だが、
いずれにしてもダイが聞いたら喜ぶだろう。

「あいつら楽しくやってんだな」

「あのコンビが来てから島は一層賑やかじゃわい、ロモス王に迷惑を掛けてないとよいがのう」

「そりゃ心配だ!」

胴着を着たかしましい大ネズミと、
熱血漢で意外に無邪気なオリハルコン戦士の、
漫才の様な掛け合いがポップの脳裏によぎって、ブラスとポップは声を立てて笑った。

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      【続く】

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2009/01/13

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