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 【彼の地より、全て・後編】

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「何かたのしそーなんだけど」

不満げな声と共に、外から足音が近づいた。

「おう、やっと来たか」

さっき自分がした無体を忘れたように、
家の中へ顔を覗かせたダイへ、ポップは陽気に片手を挙げ。

「ダイ、おかえり」
ごく自然に招いて笑う。

「……ただいま」

不意を突かれた一瞬、目を僅かに見開いた後で、
ダイの表情も穏やかな笑みに包まれた。

「やれやれ、ポップくんに先を越されてしまったわい、おかえりダイ」

「うん、ただいま!じいちゃん」

荷物を入口脇に放り出す様に置いて、ダイはブラスに大股で歩み寄るとその小さい体を掬うように抱き上げ抱きしめた。

「な、なんじゃ?!」

「アハハ。じいちゃん、元気そうで良かった」

「これよさんか!…何時までも子供みたいに…、恥ずかしいじゃろ」

照れにそう云いつつ、ブラスも嬉しさを隠しきれずに大きな目と口を緩ませている。

(やっぱり来て良かったな)

そんな二人を見ながら、
ポップの胸の奥を温かいものがゆるやかに浸してゆく。

そして、

(やっぱり…聞いてみるか…)

ずっと考えて頭の片隅にしまって置いた一つの決断を、
ダイに告げる事を決めた。

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一頻り邂逅の喜びを満たして積もる話をし一息吐く頃には、
もう陽は西に大分傾いて、橙の色味を増していた。

「さて。暫くの間島に居れるなら、夕飯の準備が出来るまで荷物を小屋に置いてきてはどうじゃ?」

「お!そーだよな、あいつらが使ってたってのも不安だし」
「小屋?ここに泊まればいいじゃないか」

「あのなぁ、自分のデカさを考えろよ!お前一人寝転がっただけで満員だっつの」

「それを言うなら、ポップの寝相の悪さの方が厄介だろ」

「何だとォっ!?品行方正な俺様の何処が厄介つうんだ」

「だから寝てる時だって。俺、ベッドから何度蹴落とされたかわかんないし」

「正当な扱いだろ?昔俺を蹴落としやがったんだから」

「酷いよ、それはもう許してくれたって…」

「何じゃ随分苦労してるの、1人部屋に泊まるぐらい旅費を節約しとるのか」

途端に冗談混じりの掛け合いをしていた二人が、
ハッとしたように口を閉じた。

「そ、そ…そうそう!ほら長旅だといちいち宿代もバカになんねーから偶にさ、
いやホントに、たまーになんだけどよ」

アハハと嫌に明るくポップが笑い勢い良く椅子から立ち上がった。

「さあて、ダイとっとと荷物置いてこよーぜ」

つられて立ち上がりながら、ダイはポップにだけ聞こえる囁きを告げた。

「いいんじゃない?隠さなくたって、俺は誰に知られたって構わないよ」

「ざけんな、じいさんをショック死させてぇのか?!お前と違って常識ってのがあんだぞ」

「酷いや、俺が常識無いみたいじゃないか」

「無いだろ」

屈強な筈の竜の騎士のハートをバッサリ斬り伏せておいて、
ポップはブラスに向き直り、何時もの屈託無い笑顔でお茶の礼を告げ、
何事もなかったように、玄関先に放り出された荷を手に拾いブラスへ手を振った。

「じゃあ又後で来るわ」

そうして再び一足先に去ったポップの後ろ姿を、やや恨めしに見やりながら未だに心を斬られたショックでうなだれているダイへ、ブラスが微笑みながら振り返った。

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「ポップ君は、おまえを良く理解しとるの」

「うん…?まあずっと一緒にいるから」
「其れだけでは無かろうて」

一瞬、ダイは自分とポップの関係をブラスが察しているのかと、心音が跳ね上がったが、
続く言葉はそうではなかった。

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「ダイ、ポップくんはずっとお前と共に居てくれるが、それは本来の正しい姿じゃろうか」

「………」

「あの大戦後から、彼はお前を探して五年の歳月を費やした、見ている此方が痛々しく思える程にのう」

それは人伝にダイも聞いて知っている。
しかしポップは決してその数年の事をダイには語らない。

それが如何に茨を踏む路だったか…。
自分はそれを想像するだに他ならない。

「そして今も、一所に居るのを避けとるお前に付き合ってくれておるのじゃろう」

「……うん」

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「誰かの為に自分を犠牲し続ける事など、並大抵では出来はしないじゃろ」

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犠牲。とゆう言葉が胸に突き刺さる。

しかし目を背けても、逃げてはいけない。
それは紛れもなく真実であり、
ダイにとって何よりも胸を締め付ける。
竜の騎士である事を承知で側に添うなら、
いつか、『その刻』が来る。

その前にポップを自由に?

出来るだろうか。

何時かの蒼空でその身を墜したように?

ポップを誰より必要とする今の自分が出来るだろうか?

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「お前はワシの誇りじゃ、何者で在ろうが、ワシにとっては何ものにも代え難い、只ひとりの『ダイ』じゃよ」

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「じいちゃん…」

ほつりと呟かれる独白のような言葉は、それでもダイへ染みるように響く。

「ダイ、お前は恵まれとる、どんな時だろうとそれを忘れてはならん」

「うん…判ってるよ、…本当にそう思う」

ダイは凪いだ海を思わせる穏やかな微笑を口元に掃いて、瞳を細めブラスに頷いた。

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家を後にしたダイは、ブラスに教えられた小屋に辿り着き中を覗いたが、
ポップの姿は無かった。
途中ですれ違いになったろうか?と首を傾げる。

ポップの荷物がドアより直ぐのテーブル上に置かれていて、部屋を片付けた形跡も無い。

もし近くにいれば、ダイがポップの気配を見落とす筈がない。

ならば先に家を出たのは、
ブラスとダイを水入らずで話させてやろうとゆう、ポップらしい気遣いだったのだろう。

ダイは自分の荷もテーブルに下ろして、直ぐに小屋を後にした。

陽はすでに海向こうへ去り、
空はオレンジから竜胆のような紫色に染めながら濃く色を増し。

それに代わって、今まで白んでいた月は火の灯ったランプの様に明るさを強くしていった。

ダイがポップを見つけたのは、すっかり高く円月が頭上に差し掛かった頃だった。

「ポップ此処にいたんだ?」

ダイの呼び掛けに、月光に淡く全身を縁取られたポップが振り返る。

「よう」

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佇む陸際の海は凪いで、
波の音も断崖の下から岩に打ち寄せる僅かな囁きだけで、とても静かだ。

「この場所、懐かしいよな」

ポップの隣に来たダイに、また視線を水平線へ戻しながら、穏やかな声色で呟く。

「覚えてたんだ?」

「当たり前だろ」

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その応えにダイの胸がふわりと温まる。
ポップに倣い海沖へ視線を巡らせれば、
迫り出した崖の先端部から遥か遠く拡がる海原は、
昼間明るい青で輝いていたが今は凪いで鎮まり闇の湖面を思わせる。

その上を丸い月の描く細く光の路が、二人の下まで伸びていた。

「この場所から見る風景を、世界で一番と思ってた」

ダイは星が沈む遠い水平線を見ながら、ぽつりと呟く。

「そうだな」

独り言の様な言葉に、ポップも穏やかな声で応えた。

こんな会話を交わしたのは、ずっと昔…出逢った頃。

ダイは今でも鮮明に思い出せる。

つい昨日から兄弟子になった人と、ゴメちゃんを頭に乗せながら肩を並べて眺めた光景を。

「……今でもそうだろ?」

ポップの問い掛けに、ダイは何と答えていいか少し考える。

そうで有るような、無いような。

上手く当てはまる表現が知識の中から見つけられずに会話は途切れたが、
沈黙も急かす訳でなく優しい。

不意に胸に沸き立つものが有り、そっと手を伸ばして隣り合うその指先を握ってみる。

特に抵抗もなく、変わりに軽く握り返されて、
ダイの胸奥にじわりと温かいものが広がってゆく。

嬉しくて少し調子に乗り、指を絡めるように変え、更に引きその身を腕の中に収めた。

ポップの躯が少し強張り、一瞬怒られるかなと思ったダイの予想を裏切って、

繋げていない方の腕が抱く背筋は、ため息の様な呼吸と共に硬さが取れて行く。

「…どうしたの?」

何時もは照れからくる抵抗をされて、
思うようにさせてくれないポップが、ダイの急な抱擁に静かに身を任せてくれている。

その事実だけでもダイの心臓はトクトクと世話しなく速度を上げるのに、
更に頭を胸へ預ける様に寄せられて。

頬が急速にカッと火照った。
思わず繋いだ指に力が込められる。

「ポッ…」

「なあダイ、此処に残って暮らしてもいいんだぜ」

「…え?」

凝縮する親密な雰囲気を破り、
唐突に言われた意味が瞬時に呑み込めなくて、ダイは腕の中の存在に問い返す。
それを知ってか知らずか、ポップは静かに訥々と言葉を繋ぐいだ。

「ここは本当に…変わんねぇよな」

「ポップ?」

ふと身動ぎして、ポップは頭上に拡がる数多の星の散る天を見上げる。

「お前は此処を守るために勇者になりたかったんだろ」

「それは」

幼いころ、此処より他の世界を知らずにいたあの頃誓った想い。

ダイの根底には確かに大事な思い出として今も残る。

だがそれが全てかと言われれば、今は。

ダイが散らばった胸中の言葉を組み立てる前に、ポップの静かな声が続く。

「それによ此処なら先生のマホカトールも効いてて……オレも側にいれば、
お前の力を一定に鎮めておく事が出来んだろ」

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―――魔界から戻って。

この旅を始めたのは、元々政治になどの煩わしさを避ける事と、
ダイと共に今度はゆっくりと世界を旅したかったからだ。

だが双竜紋を継いだダイの秘めた力はその成長に従い、
徐々に強大さを増していた。

それに気がついてからは、旅は少し色を変える。

竜の騎士の竜魔の力を抑えるのはドラゴンファングのようなアイテムだが、
ドラゴンファングは竜魔人化した時にその躯から生み出さていた。

双竜紋で父のバラン以上の力を手にしたダイだが、
その血は人間の影響を多く受け完全体としての姿も人を逸脱しない。

だから替わりになるアイテムを探しに破邪の洞窟に潜ったが……、
それに値する程の力を持つアイテムは結局見つから無かった。

力を抑える為の呪文はポップも身につけているが、
ダイの双竜紋の力が強すぎて、抑え込むのには常に呪文をかけ直す必要がある。

いつ封印のほころびが出るか判らないため、一定の所への定住を避け渡り歩く。

そのダイへ無自覚にかかる精神的負担を打開し、
自分を抑えず偽らず自然体で過ごせる居場所を、
ポップはダイに与えてやりたかった。

だからこその提案。

「…おまえ、どうしたい?」

「おれは……」

確かに力の奔流は不安と言えなくは無いが、

……隣にこの存在が在る限り。

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「ね、ポップ」

「ん?」

「ポップがいる場所が、俺のいる場所だよ」

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《何時か》が来たらポップを再び手放す事が出来るのか?。

その答えは、【否】。

―――犠牲を強いているかもしれない。

だが澄みきったものだけが、美しいのではないと。

今ならわかる自分たちだから。

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腕の中の存在を覗き込み真剣な顔で本心を告げれば、
2、3瞬きをして目覚めたようにダイを見詰め、
ポップはふと、小さく笑った。

「答えになってねぇ」

「答えだよ。」

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包んだ腕で抱きつぶさない様気をつけながら僅かに力を込め、
ダイは見上げてくるポップの瞳から、再び海原の果てへ目を向け眺める。

その遠い地平の海原と遥か高みに続く大空の、繋がる果てなど無い。

沢山の土地を訪れ色々な物を、人をポップと見た。

どこへ行っても何処かへ必ずたどり着き、
其処にいるのが自分であるのに何も変わらないのだと思う。

今昇る月が沈み、明日から新しい日がまた始まる事を、

何度でも二人で分け合う、その限り。

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素早く唇を寄せて深く呼吸ごと奪うように重ねた。

その後ゆっくり隙間を開け間近でにこりと微笑めば、
目元を紅く染めながらも呆れたようなポップのため息が、口元をくすぐる。

「ああそ……オレはさ、色々考えたんだぜ?」

「うん、…うん。ありがとう」

「そんでさ……此処でも無いなら、……ならさ、創りゃいいかな、とか」

「ポップ?」

言葉の真意を掴みきれず不思議そうな表情で見下ろすダイを、
少し身を捻り、悪戯っぽくダイを見上げるポップの瞳には頭上の月の面が写り込み、
まるで知らない天空の大陸が、其処に存在するかの様だ。

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「おまえが望むなら、だけどな」

謎かけの様に囁いて、ポップはするりとダイの腕から抜け出し、
そのまま踵を返して今夜の塒と決めた小屋に向かう。

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「ま、明日、新しい年だろ?そん時教えるぜ」

「……うん」

意味を問うことを先に封じられ、疑問に心落ち着かぬまま、
ダイはポップの後を追って歩き出した。

南の温かい夜が明けて次の日の朝。
二人はブラスに新年の挨拶を済ませると、荷は小屋に置いたまま再び空の下に立つ。

「じゃあ行くか?」

そう差し伸ばされたポップの手のひらを、
ダイは見つめる。

同じ場面が三年前にもあったことを思い出す。

魔界からポップの作った【路】を通って地上に帰還する直前。

……この手を取り、再び光在る世界に戻ってもいいのか。

魔界で色濃くなった自分の中の魔の血を鎮め、
大事な人と生きて行くことが出来るのか。

ダイの一瞬の躊躇いを悟ったポップが一歩進み出、
力強くダイの手のひらを握り締めたから。

今こうして此処に居れる。

「うん、行こう」

今度はダイが一歩踏み出して、ポップと手を繋いだ。

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……三年前、その時のダイを、ポップもまた覚えていた。

そしてずっと考えていた事が、あったのだから。

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「ポップ、此処って……」

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ポップのルーラで飛翔し着いた場所は、ダイにも覚えがあった。

生命が過去に一度全て払拭された大地、この元アルキード王国名残の島。

剥き出しの岩ばかりとなっていて住むものもいなかったこの地は。

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今、若草の緑に染まってダイの目の前に広がっていた。

いつか悲しみの孤島となってしまったこの場所が、再び美しく生命を育む小さな揺りかごへとなるように。

ポップはダイを捜す旅の途中この地を見つけた時から、
少しずつ手を加えてきたのだから。

燐と腐葉をまぜ、活発な微生物の住む深い森から土を持ち、渇いた空に雨雲を呼び、
砂と岩の荒れ地を生き物の住める土壌へと変えていった。

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「色々ゆっくりしたくなったら、此処にくればいいんじゃねぇ?」

そう告げて咲う大魔道士の穏やかで緩やかな言の葉に乗せて、
閃く指先から零れる、魔法力の光と沢山の種から萌え出る緑。

ダイは心地好いポップの紡ぐ旋律にじっと耳を傾くながら、
思い描く。

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緑の大地、風が渡る草原に花が咲けば虫達が蜜を求め来るだろう。
逸れを繋いで鳥達も飛来する。

生き物が繋がり、回り始める世界。

そこに息吹きを産むだろう。

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在るものを壊す事を宿命付けられた竜の騎士とは違う、

無から有を生み出す、魔道士のポップ。

(その手をとても愛おしいと感じられる自分で良かった。)

胸を暖める幸福感に魂の芯まで満たされてゆく。

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「……ほらなダイ、オレがお前の居場所を創ってみせるぜ?」

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「うん、本当だね。ポップ……ありがとう」

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この地より、繋がる全て。

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改めて必ず守り抜こうと、ダイは微笑んだ。

ダイの穏やかな表情へ満足気に頷いたポップがふと仰いだ蒼穹と海原は、

太陽の光を受けたたなびく雲が、幾筋も金に輝き果てなく広く澄んで。

遥か見渡しきれない程に遠く続いた先で境界を無くし、

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どこまでも二人を囲んでいた。

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【終】

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あとがきです。

ああやっと終わりました…。
この話…ラスト自体はサイト立ち上げ時から決まっていたのに、
途中悩んで一年半もかかってしまいました。

ダイとポップの「2人旅」はここで一旦endを迎えます。
それに続くまた新しい2人の展開を書いていく予定です。

ただ、まだ旅途中での話のネタはあるので、こそっと増えるかもしれませんが。
お付き合いありがとうございました!


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2010/3/1

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