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そこに一人人知れず住み始めた魔法使いを、口性ない人々は噂する。

偏屈で頑固で助平で、そして
世を覆す程の恐ろしい力を持つ。

自分を大魔道士と名乗る魔法使い。

彼が何処から来たのか、そして今まで何をしていたのか、知るものは誰もいない。

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【青の時代】

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樹齢が有に百は越した大樹の繁る、深い森のを中を行く若い青年二人組。

一人は如何にも戦士風な、がっしりとした筋肉質の身体に鉄の鎧を纏った男だった。
眉は太く眼光も厳しい。
後ろに撫で付けられた白金の前髪が、厳つい印象を若干和らげていて、
動きも只の無頼者ではなく、何処か洗礼された身のこなしだった。
先を行くのは後ろの戦士より体格では劣るが、簡素な鎧を身に付けた体躯は無駄なく鍛え上げた剣士のものだ。
整った顔立ちに肩に流れる毛先が緩くカールした髪は優雅で、一見すると貴族の優男の様な印象を与える。
しかし油断無い瞳の光が其を裏切っていた。

「アバン、やはり俺は反対だ」

前を行く背中へ、剛直な思いのままを隠さずにぶつける。

その友の声に顔だけ半分振り向きながら、アバンは歩みを止めずに答えた。

「ロカ、私達に出来ることは限られているんです、だからこそ柔軟に足りないものを補う必要があります」

「お前に足りないもの等有るものか、しいてゆうなら背中に目が付いてないから俺が背中を守る」

アバンは親友の全幅の信用からくる尊大な誉め言葉に苦笑すると、肩を竦めた。

「ありがとう、でも私はそんなに万能じゃないよ」

何でだ。とロカは視線で意見する。

「剣も魔法も知識もお前にはある」

「しかしそれらを一度に使うのは無理です」
きっぱりとアバンは言い切った。

「持っているだけでいざと言うとき使えなければ、それは塵と価値は同じですから」

他者には甘過ぎると思える程寛容なのに、
自分の持ち得るものには、苛烈な批判を冷静に下すその姿勢が、ロカには好ましい。

この自分の友は、必ずや未来を変える偉大な勇者となるだろう。

(俺はお前に賭けた、だからこそ一振りの剣となる)

魔王ハドラーを倒すため、二人はカール王国を出て修行の為に各地を旅していた。

ロカはその旅の中で今まで只の勉強は出来て頭の良いが武術はさっぱり、
と思っていた幼馴染みが、実は恐るべき数多の才能を秘めていた事を知った。

まるで吟遊詩人に語られる古代の英雄の如く、アバンの実力は非の打ち所が無い。

しかし優しすぎる性格から何処か甘さのある友なれば、
自分が先陣で特攻をかけ戦局を切り開く事も有るだろう、と思ったから。
ロカは強情に旅に同行するした。

旅の切っ掛けとなった魔王バーンに手も足も出ずあしらわれた事柄の、
戦士としての悔しさとプライドもある。

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自分たち二人が揃って修行し実力がつけば、
あの魔王にとて引けば取らない。

ロカは本気でそう思っていた。

だから、今向かう行き先…、アバンが新たに仲間に加えようとしている人物がいる事に、不満を抱いた。

「魔法使いなんて、軟弱な輩は帰って足手まといになるだろう」

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アバンのような魔法剣士ならいざ知らず。
自分さえで片手で吹き飛す魔王に、魔法使いごときの胆力で敵うわけがない。

屈強な騎士団を抱えるカール王国の騎士団長を務めていたロカは、あまり「魔法使い」とゆう人種を好きでなかった。
とゆうのも、カール王国の宮廷魔道士達が、騎士団に比べその権威が低い事をやっかんで、
何かとゆうと陰湿な策謀を廻らしたり、会議ではその饒舌な話術で騎士団に当て擦りをしてきたり。

とにかく騎士団長とゆう立場上、そうゆう場面を数知れず対処してきただけに、
ロカは魔法使いと聞くだけで鼻頭に皺を寄せてしまう。

「貴方の言いたい事は良く分かりますよ、でも全ての魔法使いがあのような人達では無いですし」

アバンは目の前に続く深い森の路を視線で辿った。

「私達が会いにゆく魔法使いは、世界随一の実力者です。
純粋な魔法力では比べるまでもなく、私など足元にも及びませんよ」

「まさか!」

ロカは素直に驚嘆を隠そうともせず現した。

それもその筈。
アバンは魔王ハドラーも驚愕するような高位呪文を幾つも体得し、自由に駆使する。
下手をすればその辺の魔法使いよりよっぽど魔力も強い。

そのアバンをもってして「足元にも」など、最早想像も出来ない。

「それにその方は、あらゆる魔法を極めた賢者で有るそうです」

「へえ!なら連中より少しはマシって事か」
賢者とゆう響きに、ロカはにやりと笑って見せた。

俗に『賢者』と呼ばれるのはその家系で血を受け継いでいないかぎり、
魔法使いと僧侶の両方の呪文を使いこなせ、更なる高みへレベルアップした者が成れる。

まさに魔法のエキスパートだ。

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「まあ、お前が其処まで手放しに誉める相手なら、会ってみるだけでもいいか」

一つの道を極めるまで努力する、その姿勢は武術も魔法も関係無く尊敬に値する。
ロカの信念に通ずるものだ。

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それとロカはアバンに全幅の信頼を寄せている。

友としても、パーティのリーダーとしてもだ。

納得する理由が判ったら、ロカもそれ以上異論を唱えなかった。

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「…まあ『彼』にはもう一つの字(あざな)があるんですけどね…」

アバンはロカに聞こえない程度の独り言を呟いた。

そして此れから会いにゆく人物の人なりも、ある程度風の噂で聴いている。

初対面の人間に余り先入観は持ちたく無かったし、
アバン自体も情報は4割の信憑性と割り切っている。

「何事も、会ってみなければ始まりませんよね」

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この森を抜けた先に住まう魔法使い。

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(大魔道士、マトリフ)

「さて、どんな人物なのでしょうか」

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基本的に『人』が好きなアバンは、新しい出逢いに自分の心が高揚するのが判った。

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【続く】

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2009/4/7

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