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   【混沌に咲う】

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ポップと二人旅を始めてからは、色んな面白い事に行き当たる。

大戦時には感じる暇があまりなかった人々の生活、土地々の風習の違いは、
ダイにとって何時も新鮮で楽しい。

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今立ち寄っている中規模な街では、暦の今の時期に、子供達が異世界の住民の格好をして、各家を回るとゆう祭りが行われていた。

どうしてわざわざ仮装するのかポップに訪ねると、

「ああ、色んな説があっけど…、
万聖節って聖人やら先祖やらの霊になりきり鎮める祭りと、秋の収穫に浮かれた仮装祭がごっちゃになったとかなんとか」

「ふうん…」

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さすがに魔王軍との大戦中は、
仮装に紛れて魔王軍のモンスターが街に侵入する事を恐れ、祭りは中断していたし、
復興中は生活に精いっぱいなのと、人間以外に対する恐怖が大き過ぎて祭りは行われていなかったらしい。

しかしポップやレオナ、そして多くの仲間達のたゆまぬ五年の努力によって、
平穏な暮らしと異種間差別の解放が進み、
この街でも2年前から祭りが復活したとの事だった。

夕食時ともあり、街へ着いたダイとポップは、
そのまま大通りに並ぶ食べ物屋台のカウンターに座って、
軽い腹拵えをしながら賑やかな雰囲気を楽しんでいた。

夕暮れの紫に包まれつつある町中を、
様々なモンスターやお化けの仮装をした子供達が楽しげな歓声と共に、
カボチャの中身をくり抜き作ったランタンを手に下げ、走り抜けてゆく。

中にはどうやら本物も…、尖り帽子を目深にかぶりスコップへ真っ赤に熟れた烏瓜をぶら下げているあのいたずらっぽい瞳の子や、
白い布に目鼻の穴が開いたあのゴーストの、実際ちょっと地から浮いた裾。

さらに集団の後を追いかけて、青い磨り硝子みたいに透き通ったスライムがぴょこぴょこと、
こちらは仮装もせずについて行く。

しかし街の人等はそれを見ても、
怯えたり目くじらを立てて追い出す様子は無い。

むしろほほ笑ましいものを見守るように、差し出す手へ菓子を渡している。

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その様子を、ダイは嬉しそうに目を細めて、優しく微笑みながら眺め、ひとつ。
胸の深い所からゆったりと息を吐き出した。

それにポップが気付つき、視線を向ける。

「…どうした?」

「なんか、うん。嬉しいってゆうか…言葉じゃ足りなくて…」

そう告げて何度となくゆるゆる息をつくダイを見つめ、
その目線、視界の先を辿ったポップが、
酷く切なげに眉根を寄せたと思えば、
瞬き一つする間で平素の飄々とした居住まいに直ってしまった。

家と家の屋根を繋ぐ幾つも紐にぶら下げられたほの明るく丸い橙のランプは、
闇と人々を曖昧に溶かしている。

今日が祭りの最終日ともあり、繁華街は益々人が増すが、その一人一人の顔を判別するのはもう難しい。

「ね、ポップ」

「ん?」

「気付いてる?」

「……ああ」

少し声を潜めたのは、
大衆の中に混ざる感覚や聴覚の鋭い獸人や半魔族の気配に、配慮してである。

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沢山の人や物が集まる祭りの中、
大概は控えめに気配や姿をフードで遮りつつ、行商や買い付けに来ているらしいが、
単純に祭りを楽しみに訪れてた者達もいるだろう。

それらはダイが知る以前よりずっと多く、人間界に馴染んでいる様に感じた。

それは確実な融合の証。

「おれさ、昔…」

ダイがポップを見つめて口を開いたその時、
マントの端をくいと引かれ、振り向いた先に。

「トリック・オア・トリート!」

そう笑顔で小さな葉っぱの様な両の手のひらを自分に差し出され、
ダイは困った。

5、6人の子供の集団が、大通りの屋台を回り旅人達にもお菓子をせがんでいて、
その中でも親しみ安く年若で、善良な顔をしたダイへと狙いを付けたらしかった。

普段なら旅の食糧として持っている干し杏子や乾燥無花果の実も、
この街に寄る手前の旅路で尽きてしまっている。

凛々しい眉を下げ助けを求めてポップを振り返れば、
カウンターに肩肘を付いたままにやにやと笑顔で傍観の構えだ。

「ほれ、お菓子やんねぇといたずらされちまうぞ〜?」

「い、いたずらってどんな??」

「そうさなぁ、俺が小さい頃は…
近所の連中と犬に眉毛描いたり、玄関前に落とし穴掘ったり、カエルのケツにストロー突っ込んで膨らましてテーブルに置いといたり…
おっと、良い子は真似しちゃ駄目だぜ!」

「しないよそんなヒドい事…」

「何を言う!男子足るもの一度は通る道だぞ!まあ俺らは旅人だから」

そこで一度言葉を切ると、ポップは意地の良ろしく無い笑みを浮かべた。

「お前は精々靴に馬の糞を詰められるくらいだろ」

「うわっ!本気でイヤだなそれ!」

想像してしまって思い切り冷や汗をかくダイを見て、
笑いながらポップは座る屋台のカウンター越しに調理台へ手を伸ばし、

「ちと蜂蜜かしてくれや」

そう言うと、蜂蜜の瓶を受け取った。

そして中身をスプーンでひとすくい掬う。

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「ほれ、お菓子が出るぞ」

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そう笑顔で不思議そうに手を出し見守る子供を見下ろすと、
そのスプーンを傾けた。

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「ヒャド」

小さくつぶやいた一瞬、
おとした雫は琥珀石の様に固まり、目を丸くする子供の手のひらの中へころんと転がった。

「飴になっちゃった!」

そろっと口に運んだ子供に、たちまち笑みが咲く。

「冷たくて甘くておいしいよっ」

「ぼくにもちょうだい!」

「あたしにも―っ」

次々と差し出される手に向かって、
ポップは笑いながら手品師の様な鮮やかさで、蜂蜜の即席飴を造り上げ渡して行く。

ダイは眩しい陽を眺める様に目を細め、その姿に見惚れていた。

すっかり瓶が空になると、
子供達はまたさざめき合いながら手を振り去って行く。

「さあて、俺達も宿屋にいこーぜ」

ポップは店の主人に蜂蜜と食事の金を払い、立ち上がる。

日もすっかり沈み、細い月が頭上に登っていた。

「うん」

荷物を持って先に歩き出した背中に追いつき隣に並んだダイへ、
急に向き直ったポップが小首を傾げる。

「んで、さっき言いかけたのは、何だよ?」

「え?ああ…」

ダイ自身でさえ忘れかけていた何気ない言葉さえ、
ポップはこうして逃さず拾い上げてくれる。

そのさり気ない優しさに愛しさを感じつつ、
先程思い出した懐かしさと共に湧く郷愁が、胸を淡く占める。

「昔、世界が一つになれたらって…ゴメちゃんに頼んだ事を思い出したんだ」

ダイの大事な幼友達。
さっきの店の、カウンター脇に置かれていた小さな南瓜に点る火の柔らかさは、
その輝きになんだか似ていた。

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「あの時はみんなに危機を知らせたくて、そう頼んだ気がしていたけど」

「……」

「こうしてみんなが一緒に、仲良くなれたらってのが本当だったかなって思ったんだ」

あの時生み出された奇跡はほんの一瞬だった。

しかし確かに残った種は沢山の人々の心で芽吹き、

そこから世界は変わり始めた。

「ポップやみんなのおかげだね!…本当にありがとう」

《ダイが戻るその日まで、おれたちが世界を守っていこう。》

そうポップが皆にいったのだと、魔界より帰って来た日にレオナが教えてくれた。

ダイの一番望むべくものを、正しく汲んでくれていた…。

それを聞いた時のあの湧き上がった愛おしい気持ちは、
今なお強さを増して胸を熱く燃やしている。

しかしそんなダイの言葉を、じっと見つめて聴いていたポップが、

「違うぜ」

静かで強い力を込めた声にて、否定した。
ダイが驚き見つめるポップの瞳は、
平素のおどけた色を退け熾火の様に燃え輝いている。

「お前のお陰だ。
お前がいたから、ひとつになれたんだよ。」

そう言って。

魔法使いはマントを月明かりの夜空に翻し、
手を差し伸べる。

南瓜造りのランタンそっくりな笑顔を浮かべた。

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今宵はハロウィン。
聖も人も魔も竜も一色多。

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ダイは混じり合う様に絡め強く繋いだ指を、
握りしめて笑い返した。

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【終わり】


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2009/11/3

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