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何がお前を満たすだろう。

持っているもので足りるだろうか。

自分が在るもの全て、手離してもいい。

それでお前が満ちるなら。

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【微熱の聲】

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「こりゃあ簡単には止みそうにないな」

「ラナリオンは?」

「ありゃ逆に雨雲を呼ぶだけだ」

視界も煙る程に天から叩き付ける雨の帳。

駆け込んだ崖の側面にある洞穴の入口近く、
ポップはメラで焔を生み出して、ダイと二人濡れた服を乾かす。

この辺りに地図では町も村もない、ルーラで跳ぶことは簡単だが、せっかく徒で旅をしてきたのだから、
こういうハプニングも自然のまま受け止める事にした。

「天候(ラナ)系だって森羅万象に対して万能じゃねぇしな」

「でももし本当に天気を自由に出来たら、凄いけど怖いね」

「…そうだな」

ポップはちらりと目端を上げて、
自分の正面で焔に手を翳すダイの表情を伺った。

(こいつ、たまにどきりとする事言うんだよなぁ)

確かに読み書きは18才にもなってやや不得手なのは、余り褒められたことではないが、
ダイは決して愚暗ではない。

現在21歳のポップは殆んどの呪文を網羅している。
無論、天候系も最高位のラナルータまで体得していた。
確かに一時的に雲を散らす事は魔法で出来る。しかしそれを無暗に濫用はしない。
真の意味で自然をどうにかしようなどとは、万物の摂理に逆らう。

もし、大気を真に自由に操れるとしたら、その魔法は明らかに禁呪だ。
使い様によっては脅威の兵器になるだろう。
敵の領地に終わらない雨を降らせ、水の氾濫と太陽を奪う。

また逆に、恵みの滴を奪い、枯渇させる。

この世界の均衡を呆気なく崩し兼ねない。

それはとても、恐ろしい。

ダイはそれを感じているのだろう。

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(そういや、あんとき俺良く契約出来たなぁ)

ふと、思い出に思考が沈む。

雨雲を呼ぶラナリオンにしろ、一時と言えど昼夜を逆転させるラナルータにしろ、
何れも高位な呪文で、消費される魔法力も桁が違う。
おまけに契約する精霊達は気難しく、正に荒れ狂う天候の如くだ。
ラナリオンを身に付けるきっかけとなったのは、
圧倒的にレベルの違う敵だった頃のヒュンケルに対抗すべく、ポップは考え抜いて出した答え。
自分が雷鳴の雨雲を呼び、ダイがライディンを撃てる様にするとゆう、
二人の力が重なって、初めて成功する作戦。
あの頃、力無い自分を一番痛感した。
修行をもっと真面目にやって置けば良かったと思う出来事の連続で。
必死だからこそ、願いが正に天に届いたのだろう。

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「何、笑ってるの?」

不意に影が視界に差し、ポップはダイに抱きすくめられていた。

「うわっあぶね…ッ」
慌て片手に宿る焔を消した。

「ばかっお前急に」

「雨に濡れたから冷えただろ、ほら冷たい」

ぎゅっと隙間なく身体を肩口に埋められて、
ポップは物理的な意味でなく、息が吐けなくなる。

確かに炎で服は乾いても、身体の芯は冷えていて、
風邪引きそう、ヤバイなこれは。とか考えていた矢先。

剣を振るう為に鍛えてあり、更に天性の戦士であるダイは筋肉が発達しており、熱を生み出し体温が高い。

「いいよ、お前が冷えるだろ」

ポップはダイの厚みある胸元と、
自分の薄い身体の合間に手を入れて押し離す。

跳ね上がる自分の心音が、ダイに伝わってしまうのではないかと照れも相まって、
ポップは努めて冷静に声を出した。

「ポップ」

しかしダイはそれを許さず、改めて強く抱き寄せた。

「!」

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頭一つ背の高くなったダイの、ちょうど顔を埋める位置にある形の良いポップの頭。
雨に濡れた服は先程乾いたが、ポップの長めの前髪はまだしっとり湿っている。

何時もより吸い付く様な肌触りに、ダイは身体の奥から沸き上がる熱情に燻られた。

「ポップ…ッ」

熱を帯びた聲に耳元で名を呼ばれて、ぞくりとポップの背が震える。

(駄目だっ)

ポップは言葉に成らない否定をダイの腕の中、身を竦め頸を弱々しく振って示す。

最近のダイに余裕が無いのは感じていた。

ダイの帰還後、始めた二人旅。

かつて好きだと告げた人も、
ずっと自分を待っていた人も、
二人は選ばずに此処にいる。

お互いの傍を選んだ時点で、本当の気持ちの在りかがわかっていた。
ダイは、その心根の純粋さのまま、ポップを求めていたが―…。

それを二年もはぐらかして来たのはポップの我が儘だ。

(怖ぇんだよ)

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其処へ足を踏み入れてしまったら、何かが変わる自分達の関係。

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こうして気安い親友の振りも出来なくなる気がする、いや、必ずそうなる。

そうしてがんじがらめになった互いへの気持ちに、いつか破滅する。

(だったら、このまんまでも良いじゃねぇか)

ポップはダイを失いたく無かった。

もう二度と、どんな形にしろなくしたくない。

だから、ダイが何を求めているか知っていて残酷な拒絶を繰り返す。

そうすれば、少なくとも今のままでいられる。

『永遠に大事な親友』

ダイはポップの怯えを感じ取って、今までそれを尊重してきてくれていた。

触れる指先も、児戯に重ねるだけの唇も、
優しいもので決して荒々しくは無かった。

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しかし、それにも限界は来た。

「すき、なんだ…」

一人前の大人の顔をして、ダイはポップを強く抱き締める。

「ポップは…?」

腕中、うつ向くポップの横顔に口付ける様に囁く。

「…ダイ」

もう、ここで答えを出さなければならないのだろうか。

ずっとずっと、曖昧な灰色のままで二人、進んでゆくことは出来ないのだろうか。

どうしても、答える事が出来ずに頸を振るだけのポップを、
ダイは哀しげに見下ろして

そしてその拘束を解いた。

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「御免、こまらせたね」

離れてゆく温もりと指先。

何時もなら、一定の距離を保って留まる身体が、
さらに五歩、六歩。

遠ざかる。

ダイは守られる岩場の屋根から抜け出、滴に打たれる空の下に佇んだ。

雨の帳が、二人を隔てる。

「ダ……」

(馬鹿、せっかく乾いたのに…また濡れちまう…)

混乱気味のポップの脳裏に、ダイの静かな聲が響く。

「御免…ずっと前の約束、破るよ」

「え…?」

「俺、ポップの側に、いれない」

全身を濡らしてゆく雨粒がその頬を伝い、まるで啼いているような寂しい微笑み。

「な、んで」

「俺、ポップをきっと傷付けるよ」

大好きなんだ、とまた呟いた。

「わかる。俺の中に狂暴なもう一人のオレがいるんだ。
そいつは、何もかも破壊したくて、力を解放したがってて」

「もうすぐ、現れる」

きっと、荒れ狂う炎熱は自我を燃やし尽くして理性の箍が外れる。
そうしたら、きっと
大事にしてきたこの人を、

引き裂き、奪う。

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人でないゆえの宿命。
そんな自分を、そんな最期を

ポップには見せたくなかった。

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「ポップとずっと、旅をしていたかったな」

微笑みがふわりと雨に溶けた。

「ダイッ!!」

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叫んで腕を伸ばした。

線を超える。

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ルーラを唱えようとしていたその言葉を、顔で塞ぐ。

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「いくなよ…ッ!」

必死に叫ぶしかない、
手を離したら、

魂をかけてと誓った相手が消えてしまう。

「そんな顔していくんじゃねぇッ!!」

どうして、気付いてやれなかったのか。

自分より恐れている、この魂を。

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「ダイ…ッ全部…くれてやるッ」

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ああ、もういい。

何もかも、持っていけばいい。

この身も

この魂も

お前のモノだ。

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「全てやるよ」

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ダイ。お前に。

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強くその背を抱き締めると、倍の抱擁が返ってきた。

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運命なんて言葉は大嫌いだ。

しかし。

もし自分がこの世に意味を持って生を受けたと仮定するならば、

それがこの世界でたった一人の、
竜の騎士の孤独を癒すことなら、

悪くない、とポップは思った。

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―――万物に逆らい、大魔道士は呪文を唱える。

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「好きだ、ダイ」

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己が真に護るべきものに、恒久の拘束の魔法を。

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心を込めた、微熱の聲で。

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【終】

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あとがき。

実はこの話は柴崎様に捧げたSSで、許可をいただきシリーズ内に加わりました。

当時はこの二人旅ラストのネタバレも含んでいたため、誰にもつっこまれなければいいなと思いつつ、そっとしといたのです。

ちなみにこの話を分岐に、二人の関係もより深く仲良くに(笑)

自分のダイポプ感をぎゅうと詰めこんだような、お気に入りの話でした。


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2010/4/12

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