.

.

.

.


.

魔界へゆく方法。

その1、魔物を禁呪に呼び出し、契約を結び守護を受けて共に渡る。

    その際その術者のレベルと魔物の理性によって成功率は変動する。

その2、この世の何ヵ所かは魔界に繋がっており、そこにいるいずれも強大な神の番人を打ち負かし通ること。
その3、道そのものを新たに作り渡る。しかしその方法は未だに不明。

その4、偶然出来て数刻で消える空間の歪みに落ちる事。

天界にゆく方法。

その1、魂だけの存在になり、天界に還る事。

その2、三世界の均衡を崩し、天界を落下させる。

その3、神の使徒降臨に立ち会い、帰依を申し出、それが受理された場合。

静かな午後だった。

初夏の心地好い風は開け放たれた窓から緩やかに吹き込み、ポップの長めの前髪を揺らした。
長年馴染んだ簡素な椅子に、そのひょろりとした背を預け固い表情で手元の書類面に目を落とす。

対戦から4年経ち、19歳になったポップは確かに成長し、その顔から少年期の丸さは削ぎ落とされ、身長も幾分か伸びた。
只、母親似の顔の造形だけは変わらず、その風貌を残すため頼り無げな印象がある。

苛烈な旅にでる度レベルアップして、その魔法力と扱える呪文は最早師を超えていたが、
知らぬ人が見れば彼が勇者と共に大魔王と渡り合った大魔道士等とは想像つかないだろう。

―はぁっ。

肺腑の奥から空気を全て吐き出し、ポップは書類を机になげたした。
表情は苛立ちを滲ませ、組まれた指先は思考が深みに陥った事を示す様にきつく握られる。

「ダイ…」

呟きは細やで、頬を撫でる微風に紛れた。

「お前、何処にいるんだよ…?」

彼の勇者。
世界中を捜しても、それこそ草の根掻き分けて捜索しても。

燐偏さえ見つからない。

…生きている。

その言葉のみを信じて、ポップはダイを捜した。

この人間界でルーラで行けぬ場所など、もう殆んど無い。

岬に掲げられた剣の宝玉は無常に耀く。
あの光が有る限り、俺達は…俺は。

探さずには、求めずには、要られない。

どうして人生のうち、たった一年にも満たない出逢いが自分の心を此処まで占めるのだろう。

彼の笑顔が、存在が。
これ程までに自分にとって大事なのだろう。
「…ダイ…ッ!」

その名。

頬に伝う熱い涙は、彼を失った今の自分の惨めさだ。

あの時もっと強く握り締めていれば、直ぐに追い縋り追い付いていれば。

自分とて彼と命運を共に出来た。

例えそれが二人、魔界の地の果てに跳ばされようとも、天界の狭き門だとしても。
…よかったのに。

「確かにあの時、お前が一番強かったよ」

地上最強の竜の騎士。
その隣に相棒として認めてくれているんだと、自分の勝手な独り善がりが思い知らされた瞬間。

自分は同じ背中を任される相棒ではなく、ダイにとっては庇護すべき対象だったのだ。

それを悟ったあの時、
大空に向けられた叫びと共に魂は砕かれた。
それでもなお、ポップの中でやはりダイが揺るぎ無い存在であることは明白で。

「……」

ポップは声にならない激昂をグシャリと書類を握り潰して堪えた。
彼はパプニカの賓客とゆう名誉職を与えられていた。

この一室も賓客を迎えるため開放された部屋で、簡素な執務机に椅子、ベッドまで備え付けだ。
机の周りには本棚に入りきらなくなった無類の本が、うず高く積まれている。

ダイが大空に消えて4年間。

大魔道士ポップは復興の象徴としてパプニカを初め、各国をその機動力で翔び回った。

ポップ自身は面倒な事は大嫌いだし、元は草民、根っからの庶民だ。
しかしレオナにダイが護った世界の為だから、と言われては。
否める筈は無かった。
そして何故かポップには難しい筈の外交や内政の整理まで知恵が閃いた。
それは極限で冷静に状況を読み、最善を模索する魔法使いとしての経験値が生かされた結果なのだが、本人も狐に摘ままれた気分でいる。
自分は果たして何処へ向かっているのか?

(自分は只、ダイを取り戻したいだけだ。)
一介の魔法使いでいい。

国とか、正義とか、そんなもの関係なくて。
大事な人間を見つけたいだけ。

なのに周りは、近しい仲間の筈のレオナまで、自分を縛る。

いや小賢しい頭では分かっている。

レオナは不安なのだ。ポップと同じように。
むしろダイを待つ身にはレオナの方が深刻とも言える。
一国の主がそうそう独り身でいれるほど、国政は甘くない。
しかしレオナは誓約を貫いていた。

勇者が戻るまで、真の平和は需要されない。
よってレオナ自身が正義の使徒である事を公言し、身を浄め、平和の象徴の勇者凱旋まで潔白を貫く誓約を掲げる事によって国政を保っているのだ。

悲壮、と言えるまでの決意を示して見せた姫君。

それに心動かされない程、ポップは人として冷めてはいない。
逆に敵味方を超えて凄いものは凄いと、素直に感嘆する柔軟で熱い気持ちの持ち主だった。

気持ちが解るこそ今までその力になり、ダイを捜しながら責務を果たしていたのだ。
休む間も無く身体を酷使しているせいか、上背に比べ横が減り、椅子に足を組んで座る姿は新月後の三日月の様に薄い。

周りが無理に休日を設け、ポップを休ませようとしているのだが、
じっとしていると余計な事を考えてしまう為、結局何かしている方が良いのだ。

ポップの中にジリジリ燻る焦り、自分が食事をしている時、安全な場所で睡眠を取っているとき。

ダイは今、安息を得られていられるだろうか?
餓えていないか、傷付いていないかと。

自分への嫌悪感はもはや限界で。

流れた涙を乱暴に袖で拭い、ポップの瞳は炯と光を宿す。

ダイを何としても見つける。

「姫さん、わりーな。行くわ、俺」

一介の魔法使いに戻るのだ。

彼奴の相棒として求められてなくても構わない。

魔界でも天界でも見付かるまで、捜しにゆく。

今までの4年間の調べで2世界に渡る方法は絞られている。
そしてもう選んでもいた。

「行先は魔界、方法は…」

――その後大魔道士はパプニカから姿を消した。

彼が王女に残した言葉は、

「本業に力を入れるからさ、当分副業は休暇を貰うぜ!すまねぇ姫さん」

本気とも虚言とも取れる置き手紙であった。

【終わり】
.

.

.

.

.


2008/6/11

.

(ブラウザの戻るでお戻り下さい。)

.

.

.

.