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【生命の指針】

「お前にはあと一つ、教えてねぇ事がある」
こんな弱々しく自分の身体さえ支え起こせなくなったこの人は見たくなかった。
でも握る掌の驚くほど強い力にチリリと胸は痛む。

「俺達魔法使いは自分で寿命を決められる」
突拍子も無いことは何時もだから、俺は差ほど動じなかった。

「信じちゃいねぇなその顔は」

いいや、師匠の言葉いつも乱暴で抽象的だか、事の他魔法について嘘を吐いたことは一度もない。

その思いを伝えると、皮肉な形に口許は歪んだか、目は優しく細まった。

「お前、行くんだろ?あの小僧の所によ」

強く頷き返すと、喉の奥でくっくと笑われた。
「いいんじゃねぇか?何処までも食らい付いていけよ」

「全く勇者なんざ奴等はロクデナシばっかりだぜ、周りがいっくら言ったって自分の決めたことは頑として曲げやがらねぇし。」

遠い何かを思いだし噛み砕く様に、眉根を寄せた。
「最後は自分一人で何でも決めちまう。隣の人間も見やしねぇ」

握られた力が僅かに強まる。

暖かい。
生きてる。
ここにいる。

ふと思い出した様に、瞳は焦点を取り戻しひたりと見詰められた。
「お前は俺みたいになんざ、なるな」

黙っていると、小さく変な気を使うなバカ野郎と呟かれた。

「後悔なんざろくでもねぇ、何年生きようが上塗りの下から顔を出しやがる」

相変わらず師匠の言葉は抽象的だ。

「みっともなくたって良いじゃねぇか、無くしちまってから足掻くよりはよ」

教示している師の言葉に、はい。と頷いた。

そしたらそこは遠慮して物を言えと怒られた。

繋いだ手のひらから

どく、どく。と伝わる鼓動。

「俺が此処まで永らえたのは、使い処を失っちまったモンを、」
らしくない自虐の笑み。

「勿体ねえから誰かにそっくり遺したかったんだ。だがもういい」
首を横に振って否定する。
何故なら未だにその至高に、自分は辿り着いていない。

「ポップ」

諭すように、あやすように、

「お前は後悔するな、残すな、喪うな」

マトリフはいつの間にか浮かべるようになった愛弟子への暖かい笑みを向けた。

「魔法使いは死に場所を選べる」

最後の秘術は口伝で、そして掌の熱を通して渡された。

「勇者の傍にいない魔法使いなんて、くそみてぇなもんだ」

旅立つポップに師は笑っていた。

その強靭も、心も、悔恨も全て自分は解る。
でも、と伝えた。

「師匠と俺は違うし、アバン先生には師匠が必要ですって。だからまだまだ」

此処を訪れる前にもう一人の師に渡された、カール王国への正式な召喚の書状を取り出して、そっと握られた手の変わりにする。

驚いた表情は師匠に珍しくて、

ポップは晴れやかに笑った。

【終】
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2008/6/11

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