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【勇者と魔法使い】

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「王様がこんなこぎたねぇとこ来るんじゃねぇよ」

開口一番、ムッスリとした不機嫌極まりない声で告げられて、
アバンは心のなかで、おやおや。と肩をすくめた。
「親友を訪ねるのに場所も、身分も関係ないですよ」
「なにが親友だ、アバン。お前平和に浸りすぎて脳がおめでたくなってんじゃねぇか」

相も変わらず口が悪いが、これは彼の照れ隠しと知っている。

「そうですね。でも真の平和を造るのは此れからなんですよね」

「…判ってるじゃねぇか」

ニヤリ、とようやく口角が笑んだ。

「だから貴方を迎えに来たんですが。マトリフ」

「ウッセェよ。小僧に変なもん持たせて寄越しやがって」

その身が横たわった寝台近くの小さいテーブルに乗せてあった、
カール王国の印が押された書状をジロリとねめつける。

「俺は王族もそれに関わってやがる連中もでぇっきれえなんだ、それに、」

バフッと音が出るほどの勢いでマトリフは寝返りを打つと、客に背を向けて寝る体制に入った。

「俺はとっくに隠居してんだ。んなしち面倒くせぇのは若い連中にさせろよ」

育成が得意なんだろ?
と背中ごしの憎まれ口を投げた。

「マトリフ」

きっぱりとした拒絶にも、アバンの浮かべた微笑みは変わらなかった。
コツコツと歩いてベッドの側に立ち、昔隣で並び立ち戦った時より痩せた背中を見つめる。
何度も共に死線を越えた、この背中があったから、自分は振り返らず真っ直ぐ魔王の元へ走り抜けられた。

「本当の事をぶっちゃけ言いますとね」

「単に貴方の身体の事が心配なんですよ、王都ならここよりましな治療が出来ますから」
砕けたふざけたような物言いに、ついマトリフはアバンの表情が気になりちらりと振り返ってしまった。

そして後悔する。

アバンの伊達眼鏡は外され、真剣な面差しだったからだ。

「だから相談役とは名ばかりで、貴方は貴方のやりたいように近くでいてもらいながら、最新鋭の治療を受けてもらえればオッケーです」

あ、たまには相談に乗ってくださいね。

等と決定事項の様に話すアバンを、憎々しくマトリフは睨んだ。

「いかねーつってんだろバカ野郎、宮仕えなんざもう懲り懲りだぜ」

「登城なんかしなくて良いですよ。近くの敷地の森に養生にも研究にも良い塔があるんです、何かあったら私が赴きますから」

「俺はお前の囲い者か!」

あんまりにもご都合主義なプランに、思わず声を上げて突っ込んでしまった。
途端に咳が止まらなくなり、丸めた背をアバンが擦る。

「マトリフ、ポップも私も、本気で貴方を大事に思ってるんです」

ここで彼奴の名を出すのは狡いやり方だ。
途端に心配顔の弟子が脳裏に浮ぶ。

「それに、これは別に国とか、国王とかぜーんぜん関係なく」

肩に乗せられた手のひらは手袋を通しても暖かい。

「私1個人のお願いなんですよ」

こいつの話をこれ以上聞いたら駄目だと解ってる。
しかし逃げ場等と無かった。

「私はまだ旅の途中で、貴方の存在が隣に必要なんです。」

力が、でも知恵、でもはなく。
存在が必要だと。

こんな魂を持つ男だからこそ、かつてマトリフは頷いた。

もう一度パーティを組んでください、と

勇者アバンは初めて会った時と同じ様に、真摯に頭を下げた。

「―たく勇者って奴等は」
(ロクデナシの上天然のタラシと来てる)

これじゃおちおち寝てもいられない。

「俺よりお前のがよっほど悪党だぜ」

満足気で爽やかな笑顔の勇者に、魔法使いは悔し紛れの毒を吐いた。

【終わり】

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2008/6/11

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