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ifの選択
魔界に渡る方法。


その1、魔物を禁呪によって呼び出し、契約を結び守護を受けて共に渡る。

    その際その術者のレベルと魔物の理性によって成功率は変動する――。

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【悪魔と踊れ】

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危険が無いかと言えば、極端に危険な方に近い賭けだ。

しかし成功すれば自分以外に被害も少なく、後々面倒事も無い。

そう思っていた。

…のだが。

時に自分は運のパラメーターが、実は低いんじゃないかと勘繰りたくなる。

呼んだ者の声に応える様に、淡く明滅を繰り返す複雑な紋様の魔方陣は、地の底の世界から来訪者を招いた。

歓迎されざる者を。

「やあ、久しぶり」

声を聞いて確信した。
ポップは無言のまま問答無用で目の前の対象にベギラマを放つ。

「マホカンタ」

当然の様に魔法反射をされたので、ムカつきながらも同じベギラマをぶつけ相殺する。

普通の人間が決して足を踏み入れない魔の森の一角で、激しい爆発音と閃光が辺りを薙ぎ払った。

「酷い挨拶だよねェ、性格悪くなったんじゃない?」

「うっせぇ!てめぇなんか呼んでねーんだよ!つうか生きてたんなら今すぐ此処で引導渡したらぁッ!!!」

「そうそう慌てるものじゃないよ、魔法使いくん。いや今は大魔道士くん、かな?」

チチチと人差し指を立てて顔の前で振ってみせる動作に、最早限界寸前のクールさは粉微塵になりそうだ。

トレードマークの黄色いバンダナが巻かれたポップの額には青筋が浮いている。

「そう邪険にされると傷つくなァ、ボクはキミの願いを叶えに来たのに」

優雅な動作で一礼をしてみせた魔族は、道化に似た黒の装束。
青の肌に短い黒髪、銀の瞳の鋭い目端を持つ男だった。
冷たい美丈夫の印象を受ける風貌を、緩く引き上がる口許が奇妙に裏切る。

「さあ、願いを言ってごらんよ」

「俺が呼んだのは別人(別悪魔?)だ、てめぇなんざミジンコの爪の先ほども御呼びじゃねぇよ!」

「ああ、それならボクが来るために丁重にお帰り戴いたんだよ。
それとボクを送り返して何度やり直しても無駄だから、またボクが邪魔するから。
あとミジンコに爪があったっけ」
「もう黙れよ」

ブツン、と脳の奥で音がした。

五年前キルバーンと名乗った魔族は機械仕掛けの人形で、その本体は一つ目の小さな使い魔だった。
しかしあの寒気が走る魔の気配、独特のキザッたらしい話し方。

目の前にいるこの魔族があの死神で無くて何なのか。

どうやって生き返ったのか、何故違う姿なのかはどうでもよい。

ポップの中に燃え上がったのは魂さえ焦がしそうな怒りだ。

「てめぇのせいでダイは…ッ!!!」

今でも鮮明に夢に見る。
瞼へ焼き付いた抜けるような青空へ消え失せる小さな背中。

求めて叫び声を上げる自分。

やり場のない怒りは今まで自分自身に向けるしか無かったが、此処に元凶が在るならポップは躊躇いはしない。
大魔道士の異名を名乗るポップの、本気になった魔法力と殺気は凄まじい。
まだ何も魔法は放たれていないのに、その身体から溢れた膨大なエネルギーは、ビリビリと大気を震わせた。

勿論、魔法反射を警戒し直ぐには射たないが、威圧には充分過ぎる。
しかし死神は涼しい笑みを浮かべながら、ポップの言葉に何か思いだしたように手を打った。

「ああそういえば、勇者のカレは魔界にいるようだね」

「……何?」

「あれ知らなかったんだ」

わざとなのか軽く驚いて見せる死神に、ポップの表情が揺らいだ。
「カレも頑丈で強運だよねぇ、さすがは竜の騎士、爆発で出来た空間の歪みから魔界に堕ちたようだよ」

「何だと…」

まだ信用出来ないと叫ぶ理性と、一留の希望にすがってしまいそうな本能がせめぎ合う。
「なんでてめぇがんな事知ってんだ」

声は震えなかったが、殺気は明らかに弱まった。

「ボクが仕えてるヴァルザー様は精神体で在るゆえに、魔界の全てを見ることが出来るのさ、当然宿敵の竜の騎士をずっと監視するのは当然でしょう」

息を飲むポップを値踏みするように死神は眼を細め見た。

「ちなみに地上にいたピロロはボクの魂の一部から作った、分身だから。ピロロが見たものは当然ボクも見てる、だからキミ達の事もよく知ってるって訳さ」

「ダイは…ッ!無事なのか…?」

ずっと探し求めた一番の大切な存在の行方、
まさか宿敵から知らされるなど思っても見なかった。

ポップの虚勢は瓦解した。

「ああなるほど」

ポップの問いには答えず死神はポップの表情をまじまじと見詰める。

「キミはあのダイくんに逢うのが望みなのかい」

「!!!」

「その望み、空間を渡るボクならば確実に叶えられるよ…ならば」
するりと滑り込む甘言を打ち払う様に、ポップは言葉を遮った。

「いいから答えろ!ダイは無事かッ!!」
「無事だよ、今の所は」

「?!」

「だけど孤軍奮闘は辛いよね、竜の騎士といえど」

「カレは随分疲れている」

「――ッ」

今すぐ其処へ、
ダイの元へ連れていけと叫びそうになるのを、ぎりりと下唇を噛んで、ポップは激情に耐える。
一筋の紅が顎を伝う様を、死神はどこか眩しげに眺めた。

「て…めぇ」

絞り出す様な声色は、内に渦巻く激しさを無理矢理抑えているせいだった。

「わざわざこんな手の込んだ事して、てめぇは何が望みだ」

「…本当なら此処では定石通りキミの魂…」
一旦言葉を切って死神はポップを見つめる。
「やらねーよ!」
「だよね」
キッパリ言われてもにやりと笑う。
「確かにキミの魂は力があるし、取り込めばボクは強くなる。けどそれじゃつまらないから」
「つまらない?」
「そう、ボクは退屈なんだよ、あんまりにも寿命が永いからね」

いぶかしむように眉を潜めたポップに、死神の銀の瞳を見つめる。
「キミの願いを叶える代わり、キミはボクの寿命が尽きるまで、傍にいる、それが契約内容だよ」

「冗談じゃねぇ!!呑めるかよ、んな契約。つうか人間の俺の方が先にくたばるに決まってんだろ!」

「慌てるんじゃないよ、続きがあるんだからさ」

ポップの反応も予想の範疇とゆう様に、死神はいっそ宥める如く穏やかに言葉を告げる。

「だからさ、君が今の人としての天寿を無事に全うした後でいいから、
魂は魔界のボクの側に来る。
…勿論ボクが死んだら、キミは輪廻の輪にきちんと戻れるってアフターケア付き」

じっと考え込んだ後、ポップは疑う眼差しでじろりと死神を睨む。
「…何だか随分甘い条件じゃねぇの?」

「そうでもないよ、実際ボクはボクの寿命が何れ程永いのか分からない、五百年かも知れないし千年かも知れない、それに付き合うのは結構大変だよ」

「てめぇが嘘をついてねえ証拠は?今まで分身がとか言う死神野郎には、散々煮え湯を飲まされてきたんだ。おいそれと信じらんねーな」

「これでもボクはかなり誠実性を見せてるつもりなんだけど」

死神は肩を竦めてやれやれと苦笑いする。

「キミも知っての通り、この魔方陣を通して呼び出され契約した事は、絶対だ。制約を破ればボクの魂はたちまち滅ぶ、あくまでも支配権は呼び出した側にあるからね」

「…古文書上はそうだ」

「こればっかりは信じて貰うしかないよ」

ポップは瞳を閉じて2、3度深く呼吸すると、再び瞼を開き死神を見た。

あらゆる迷いが払拭され、揺るぎない輝きが瞳に宿っている。

ポップ自信の魂の、強い輝き。

「一つ聞く、なんで俺なんだ」

悠久の時を過ごすなら、同じ魔族が適任だろうとその言葉は告げていた。

「それはキミが、最も人間らしいからさ、…ボクを厭きさせない」

弱くて強い。
儚くてしぶとい。
憎くて、でも手に入れたい。

中でも「彼」は何時でもことごとく予想の上を行った。

緩慢な悠久の生の内で、彼等と渡り合った時が一番充実していた気がする。

だからそんな「彼」が、魔族の力を振るう様な禁忌を犯してまで叶えたい望みを知りたかった。
暗い地の底まで痛烈に響く、呼ぶ聲に引き寄せられていた。

「さあ、願いを。」

「俺を魔界に、ダイの元に連れていけ」

「…契約する、と受けてもいいんだね?」

「ああ」

感嘆するように死神は笑んだ。

「やはりキミは潔い」
この目映い魂がいずれ自分と共にある。
震える様な歓喜が心を満たした。

(勇者くんの気持ちがよく解る、かな)

ポップに気付かれないよう、密やかに自笑した。

「どうやって空間を渡るんだ?」

ポップの質問に、死神は両腕を拡げてポップを招いた。

「…何のつもりだよ」
「ほら、ボク自身が異空間を跳ぶからね、要はボクの一部の様になっていれば能力の効果が働く訳さ」

「…服の端とか触ってるんじゃ駄目なのかよ」

「一部って認識されなきゃ無理、ほらほら往生際悪いよ」

心底嫌そうな顔をしているポップに、死神はニヤニヤと微笑む。

「クソッ、しゃーねぇな」

死神の腕に抱き込められる。
ポップの上背があるわりに薄い身体は、意外とがっちりした死神の胸の中にすっぽり収まってしまった。
「細いね」
くっくと死神が笑う。

「るせーッ!変なとこ触んじゃねぇ!!」
「しっかり固定してないと異空間に投げたら大変でしょ」

ポップがなるべく死神の身体に触らないよう距離を置こうとするので、その腰と背に腕を回して引き寄せた。

「何かダンスしてるみたいだよね」

「悪魔と、しかも男とダンスなんて、ぞっとすんぜ」

何時もの苛烈な憎まれ口で切り返すポップを、死神は満足気に抱き締めて。

「汝の願いを叶える」

低い厳かな力ある聲が響くと、二人の身体は眼を被う程の光に包まれた。

やがて光が収まると、
後には暗い森の中に、淡い明滅を発する魔方陣のみが残され、もう誰もいない。

そしてそれも、やがて闇に消えていった。

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【終】
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2008/6/13

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