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ifの選択
魔界にゆく方法
その2、この世の何ヵ所かは魔界に繋がっており、そこにいるいずれも強大な神の番人を打ち負かし通ること――。.
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【閉ざす世界】
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全く未知、普段は心躍る。
自分は臆病者の癖に探求心は人一倍旺盛なのだから。好奇心は猫を殺す
そんな言葉を何処か他人事の様にポップは頭の端で思い出した。
破邪の洞窟の最下層に、その巨大な扉はひっそりと存在し、そしてそれは確かにポップが求める最たるものだったが。
「諦めろ、ヒトの子よ」
荘厳で威圧感な聲にノロノロと顔を上げた。
既に全身満身創痍、血へどを吐いて地に這いつくばる自分と違い、目の前に立つ人影のその輝く白い衣は、埃、泥の一片も付いていない。「―…諦め…か、よ」
虚勢を張るが、言葉は上手く呼吸が出来なくて掠れた。
思いのままにならない身体を無理矢理引き摺り立てる。
膝が笑うのが悔しくて、ポップは唇を噛んだ。先程からベホマをかけ続けているが、ダメージが回復を上回る。
何が大魔道士だ。
何が救世の英雄だ。少しばかり魔力が大きくても、所詮人間界の中の事なのだと。
悠に今の現実が語っていた。
「ち…くしょ…ぉ!」
それでもポップはロッドを構えた。
扉が見えている。
黒き門が。
立ちはだかる番人の向こうには、手を伸ばせば届きそうな目と鼻の先に。
その先の世界に…
求めて止まない存在が在るのだ。
「ダイ…」
名を呼べば不思議と気力が身体に満ちる。
「これ以上闘えば、お前の身体は壊れるだろう」
闘志が蘇った瞳を見て、慈悲深く諭す様に番人は告げた。
「ヒトの身で有りながらその精神力は感嘆に値する。無駄に朽ちることはない、平穏に戻り天寿を全うせよ」
「る、せー…ッ」
平穏など、最早何処にも有りはしない。
たった一人の傍ら以外には。「其処を…どきやがれッ!!」
ポップの身体から輝く緑色の魔法力が溢れ出る。
番人は静かに手にした白金の槍を構えた。
番人から仕掛けて来ることはない。魔界への扉を護る神界の守人は、その忠実な使命により押し通ろうとするものを阻むだけだからだ。
この扉を潜ろうとする人間はついぞ数百年現れなかった。
殆んどは魔界から人間界に渡ろうとする、野心を持った魔族が多い。
だから天界でも高位の実力者が扉の守護者として就いている。
圧倒的力の差を見せ付けないと、再び邪な目的で扉に挑むからだ。
しかし今目の前にいる人間は、何度も倒され退けられても不死の様に立ち上がってくる。
剣を合わせればその人物の人成りもある程度解ってくるものだ。この年若い魔法使いの魔力は、深く澄んでいた。
それどころか邪な者には決して使えない多くの神聖系の呪文を携え、自由に駆使する。魔法使いの身にて回復が使えるのは賢者にまで登り詰めた者だけだ。
とても力と野心に溺れ、魔界を目指している様には思え無い。もう何度も繰り返した押し問答の中で、守人はこの人間の魔法使いに興味が湧いた。
創世記が始まって以来、使命のみ純粋に全うする筈の神の使徒には僅かで、しかし大きな変化だった。
「汝は何を求めて魔界を目指す?」
戯れにもならない細やかな疑問。
しかしポップにとっては生命価値を掛けた理由。
「何を…だと?」
死にかけの、小さきヒトの子が身動いだ。
いっそ頼り無げな風貌のその瞳が、強い感情を映す。「アンタは竜の騎士を…ダイを知っているか?!」
「!」
その存在は天界人でも上部の一部しか知らない。
竜の騎士は神と竜と魔族が創りし三世界の調停者だ。
創世の柱へ記録として残る最後の竜の騎士バランは、魔竜ウ゛ァルザーを封じるため魔界に遣わされた。
そして見事封じた処でその歴史は紡ぎを途切れさせていた。―しかし、その続きには隠された真実があったのだ。
竜の騎士バランは神に背き、人と交わり、奇跡を残した。
それが、その名が《ダイ》。
創世から抹消された最後の竜の騎士。
決して記録に遺されぬ、その存在。
数年前に地上を滅ぼし掛けた大魔王を、打ち倒した時も、その後魔界に其が堕ちていった時も。
神々は干渉しなかった。
手に余る双竜紋を受け継いだ、恐るべき子供。守人は魔界に繋がる門の守護者として、当然聞かされていた。
もしも、《彼》が
魔界から人間界に戻るため門を目指したらば。
《 門を開くな 》
「…知っている、まさかあの竜の子をお前は探しているのか?何故に?」
「ダイは俺たちの大事な仲間だッ!」
摩りきれるような叫びをポップは上げた。
「では益々此処を通すわけには行かない」
「何ッ!」
「竜の子は魔界に封じると、天啓があった」
「な…ん、…だと」
ポップは余りの衝撃に硬直した。
手から滑り落ちたロッドが固い岩の床に当たり高く音が響きわたる。「最高神様には我々の及びもつかないお考えがあるのだ」
大きく目が見開かれ、無防備に守人を見詰める。
心が真実を受け入れられないのだと、守人は憐れむようにポップを見た。「だから人の子よ。竜の子の事は、神に祈り、天命を任せ…」
「神がなんだってんだッ」ポップは激昂した。
内情する怒りに凄まじい光を宿して守人を睨め付ける。祈りなら、今まで何万回も何億回も。
地に這うように頭を擦り付け十字に乞うた。
「何だそれはッ!!!ふざけんじゃねぇ!
何もしてくれやしねぇ神になんかもう祈らねーよ!!」叩き付ける感情は火のように燃え上がり、言葉となってほとばしり出た。
圧倒的な力で叩き潰されても恐れ震えなかったその身体が、今怒りで震えていた。
「ダイを還せ!俺たちの、
俺のダイを返せ――ッ!!」ポップは爆発的な怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。
―彼が、ダイが。
人から産まれたイレギュラーな竜の騎士だから、
神等がが直接創った三世の調停者でないから。―加護が受けられないとでも?!―
あんまりではないか!!
彼はあんなに人間を愛し、平和を望み、神の子等を我が身を顧みず護ったとゆうのに。
『ならば自分がダイの守護者と成る』
ポップは決意した。
突如、その身から天を突き辺りを薙ぎ払うほどの光が、波紋となって空間に溢れた。
危機に晒される度、飛躍的に高まる魂は、最早番人の力を超越した。
「!!」「そこを、どけよ、俺は魔界に行く」
ポップの言葉で空間は振動し、放たれる威圧感で守人はその場に跪きそうになる。
(何とゆう…)
稀有な魂。
凡庸なヒトの子だ。
竜の騎士でも、選ばれた血族でも無い。
神がその身に似せて創りた人間そのもの―…
だからこそ純粋に神に近づく。ポップがロッドを拾い、守人に視線を向けた。
初めて怖れに似た戦慄が走る。
しかし、使命は絶対なのだ。「ここは通さん!」
一歩踏み出したポップに、己が最大級の威力を持つ、イオナズンを放った。「イオナズン!」
迎え撃つポップも同じ呪文を詠唱する。
同じ呪文の衝突は、純粋に魔法力の力の差が勝敗を決する。
「ばかな…」
当初圧倒的に勝っていた自分が炎熱に包まれるのを、守人は驚嘆しながら自覚した。
崩れるように倒れ伏した番人に、ポップはロッドを向け、マヒャドを唱える。
たちまち炎は沈下し、後には酷くダメージを負った番人が残る。
「もう邪魔しないっつーなら、ベホマかけてやるけど」
「いや…無駄だ」
炎で焼かれた声は酷く嗄れている。
「この実体は仮のモノ…これだけのダメージを負うとやがて消滅し、天に私の魂は引き戻される。それに」
僅かに自笑する。
「甦った処で、最早私ではお前を止められない、…行くがいい、ヒトの子よ」
「あんた…」
「お前の竜の騎士に会える事、祈ろう」
驚いた様に目を見開くと先程までの威圧感は影を潜め、くしゃりと表情が崩れた。
「…済まねぇ…」
何故か酷く傷付いた顔をして、そのヒトの子はうつ向いた。
凄まじい力を持ち、これだけの心の強さを携えているのに、
儚い優しさに満ちている。「私は…もう天に帰る…、心残りは新たに再生する間、魔界からの侵入を塞ぐ者がいない事だが…
「安心しな、俺が扉の向こうから封印するぜ、一寸やそっとじゃ破られねぇ様に」
「…そうか、礼を言うヒトの子よ。…名前を教えてくれないか」
「ポップだ、…アンタは?」
「私は…」
全て言い終えぬうちに、守人の身体は光となって霧散した。
「あ…っ」
粒子が舞い散り、ポップは一人、扉の前に残される。
ぎゅっと両手を握り込み、暫し瞼を黙祷するように瞑る。
そうしてゆっくり開いた瞳には唯一つ。
雄大な黒の扉だけが映された。
「待ってろ、ダイ。もうすぐだぜ」
必ず見つけてやる。
扉の合わせ目に手を触れると、重苦しい音を引き摺りながら勝手に扉は開いてゆく。
人、一人が通れる程の隙間が出来る。
覗く向こう側は、墨を流したような暗黒だった。
ごくり、と喉が鳴る。
ポップの胸元、魔法衣の下から淡い緑色の光が瞬いた。勇気を振り絞り、ポップは暗黒に足を踏み出す。
「月並みな科白だけどよ…ダイ」
この闇の先にいる。
大事な親友。「世界の全てがお前の敵になったって、
俺はお前の味方だ」背の後ろで扉が閉まるのを感じながら、ポップは口角を引き上げ僅かに笑みを浮かべた。
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【終】
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2008/6/19
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