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【冬至】


「ポップー、ここの風呂面白いよ」

ポップが、埃っぽい旅の服からゆったりとした部屋着用に着替えて、
荷物の整理をしていると。

一足先に宿の共同風呂に湯浴みに行っていたダイが、
勢いよろしく部屋に戻ってきた。

「ん―?何だよ慌てて」

風呂上がりでほかほか身体全体から湯気が出ているダイの、
タオルを載せた前髪からは、まだポタポタ雫が滴っている。

何時もよく拭かないで抱きつこうものならこっぴどく叱られるので、
最近のダイはちゃんと髪も乾かす。

しかし逸れを端折る程、よっぽど早くポップに知らせたい事があったらしい。

ニコニコと無邪気な笑顔(こうゆう顔をすると普段精悍な表情が途端に幼く見える)で、
にゅっと五年前より大分大きく育った手のひらを差し出した。

そこに載っているのは

「…オレンジ?」

ダイと同じ様にほかほか湯気のたった、
柑橘系のくだもの。
「何かね、湯船にこれがいっぱい浮いてたんだ!変わったデザートのサービスだよな」

逸れを見たポップは、(あー…そっか、ダイはわかんねぇよな)と得心の声を心の中だけで呟いた。
ダイは人間社会の風習に無関係な島で育ち、更にはつい半年前まで魔界にいたのだから。

「コレはな、ダイ。この時期にだけ行う、まぁ一種まじないみたいなもんだ、喰うために入れてんじゃねぇよ」

「え、結構イケたよ?温オレンジ」

「既に喰ったんかい!」

「だからコレ、ポップの分」

「喰わねぇよ!」

「美味しいのに」

「喰うな!聞いてたか人の話っ?!」

皮を剥き始めたダイの手から、ポップはその実を引ったくった。
「なんか、勿体無いじゃないか、何の意味があるんだよ」

「寒い季節に入るから、病魔を避けて無病息災を祈る為とか…まあ、そんなもんだ、香りで神経を宥める作用なんかも有るしな」

「ふーん?」

そう言いつつ、ポップに取られた果実をまだ惜しげに覗き込んだダイの髪から、
ふわりと香る。
その実と同じ甘酸っぱさを微に感じた。

「何、笑ってるのさ」

相棒であると共に、大事な想い人でもある陽気な魔法使いのめったに見れない柔らかな微笑に、
ダイの心臓が打つ鼓動が急激に早まる。

「…いや、確かに下手な回復呪文より、効くかもしんねぇと思ってよ」

「?」


キョトンと目を丸くしたダイにまた笑みを深くして。

「まじないさ」

ポップは頭に掛かったままだったタオルに手を乗せて、
がしがしと混ぜっ返すように、撫でた。

【終わり】
2008/12/14
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【降誕】


ダイは目を丸くした。
もともと人好きのするくりくりとしたドングリ眼が、
それにより益々こぼれんばかに開かれている。

しっかりとした線を描く黒い眉も、限界値まで跳ね上がっていた。

何故かというと、

此処は寝室で。

正確に言うとパプニカ城にあるダイの個人的なベッドで。


それでもって今は起きて居るものは、
不寝番の衛兵ぐらいしかいない真夜中を過ぎた、真の深夜だ。


「よ!邪魔するぜ」

なのに何故ポップがダイの毛布が掛かった胸の上に、のしり。と乗っているのか?

息苦しさに目が覚めたままの状態で、雪彫刻如くに固まったダイを面白そうに見下ろすポップは、してやったりとニヤリと笑っている。

「な、何?どうしたの?」


少し驚きが収まり冷静な心地を取り戻せば、ポップが闇にも鮮やかな赤の服を身に纏っているのがわかる。

赤?


ポップのイメージは何時でも緑だ。

伸びる若葉、新緑に包まれた指先。

雨上がりに烟る針葉樹を移した様な護法衣。

黒字と白の刻印を刻んだ紋様が緑を引き立て印象的だから。

まるで誰かが、モシャスでポップそっくりになってるみたいな不可思議を感じる。

「欲しいもんを言えよ」

さっきのダイの質問には答えてない。

ただ、選択を強いるポップ。

「な、んで?」


「クリスマスだからさ、イイ子はプレゼントを貰えるんだぜ」

ポップはずっと笑っている。

途端に動悸が心臓を打ち鳴らした。

昼間聞いた事。

怪物島育ちの自分は一般的な行事に疎くて、ポップに意味を訪ねたのだ。

聖夜の祭りついて。
彼の魔法使いは言っていた。

『イイ子にしてりゃ、プレゼントが貰えるぜ?』
「――で、何が欲しいんだ?」


そんなの、望んで良いのだろうか?

本当に?


ダイはずっとずっと昔からの、願いを口にした。

「ずっと、側にいてくれよ…ポップ」


一瞬、ポップは最初のダイに負けず劣らず目を見開いてから、何か不満げに舌を鳴らした。

「…欲がねぇな…くそっ!どうせ俺は欲の塊だよッ」

悔しげに呟いて、

自分の望みのままに、ダイの温かな首筋に噛みついた。


【終わり】
2008/12/22
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【結論】


「ポップは俺の何処が好きなの?」


これが二人きりな互いどちらかの部屋とかなら、
ポップだって寛容出来た。

しかし

今は地獄の年末国家来年度予算案絶賛会議中。


笑えない面々が揃う公衆の面前(姫さん一人だけは体をくの字に曲げて悶死寸前の大爆笑だけどなっ!)でいきなりな爆弾発言、
に尋ねられた当の本人。

………ポップは池で餌をを求める魚よろしく、
口をパクパクさせるしか対応が出来なかった。

口から産まれてきたと言われ続けて二十年。

こんなに長時間絶句したのはマトリフ師匠に美人店員さんのいるベンガーナの本屋へエロ本の御使いに行かされ、
挙げ句の果てに見つからず、本の題名をその美人に言わなきゃならなくてはならなかった以来だなぁ。

とか軽く現実逃避まで入っていた。

「ねぇ、何で?何処が?言ってよ」


ずいずい詰め寄るこの天然記念物絶滅危惧種勇者は、
如何せん大事なものの一大事となると、
何時もまっしぐらに思い詰めてしまう癖があるのだ。

長い長い思考停止の後、ようやく台詞を喉からひねり出す。

「あー…ダイ?今はちとたて込んでるからよ、部屋で待ってろ」

「嫌だ。今じゃなきゃ、言うまで離れない」

一刀両断。

さらに追い討ち。


何でこんなにいっぱい、いっぱいなんだ?
とポップは内心盛大な溜め息を吐いた。
どうせ誰かがきっと余計な事を吹き込んだんだろう。

どっちにしてもこんな一部メダパニな状態でまともな執務が行えるわけ無い。


ならば。


「しょうがねぇなあ…」

こいこい。と手招きして。

周りの視線が刺さるくらい自分たちに注視するのが死ぬほど痛いが、

それでもってまさに抱腹絶倒って感じで、机に突っ伏し肩を震わせてる姫さんにも恨めしい気持ちはするが。


それでもダイがそんな周り何か無視で、自分だけを見てくるから。


…ほんと、しょうがねぇ。

ポップが座ってる椅子の横に、ダイが手招きに応じてやって来た。

人差し指の指先でちょいと頭を下げろと合図すれば、素直に従う。
それでもまだ遠いので、
いきなりその右耳を掴んで、デカい図体を引き下ろし一言。

ダイにだけ聴こえよう囁いた。


「―――」


「!!」


パァっと途端に明るくなったダイを、ポップは無碍にどんっと突き放した。


【終わり】
2008/12/31

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..

【夢間】


冷たい風が何処からともなく、細い糸のように流れて部屋に吹き込んでいる。

その一陣の冷たさに、すっぽりくるまった布団から唯一出ている頬をスルリと撫でられて、

ポップは不満気に瞼を震わせ目覚めた。
細やかな風の出どころを探して首を巡らせ、
ついでに僅か顎を上げて直ぐ頭上の窓を見やれば、
カーテンの外はまだ薄く闇に包まれていて、夜明けは遠く。
それを知って軽く舌打ちした。

「…まだ寝れるじゃねーか…」

ばふ、と大きめの枕に頭を落とし、
もごもごと布団の中の収まりよい位置を探って寝返りを打ちつつ、チラリと見た。
対面のベッドに安らいだ寝顔の、見慣れたようで見慣れぬ17に育ったダイ。

それを確認して、ポップは安堵の吐息を吐く。

「大丈夫…だ」


もう影を求めてさ迷う夜は無いのだ。

云いいれぬ焦燥感に苛まれ、眠れぬ夜を明かすことも。

全て、過去の事。


ポップはまた直ぐ安穏な微睡みに意識がほぐれて、
深い海に沈む様な浮遊感に包まれる。

再び夢見に落ちる間際。

口元にほころんだ幸福だけ、現実に残した。


【終わり】
2009/01/10

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【日々】


「髪が伸びたな」

「え?」

唐突な会話の切り出しに反応が遅れて、それから自分の髪…とゆうか頭を、
わしわしとやや乱暴なくらいの勢いで撫でる年上の兄弟子、
ポップをダイは見上げた。

確かに、視界に前髪が少し鬱陶しくかかって、襟足もまるで鬣の様に背に触れている。


「そうかも。そろそろ島を出てからけっこう経つし、色々あったからあんまし気にしなかったや」

「まあな」

もうあれからひと月か、と独り言の様にポップは呟いて、
少し笑う。

デルムリン島からロモスに着き更に船でパプニカへ来た。

今はその一室に泊まっている。

クロコダイン、ヒュンケル、フレイザードとの続けざまの戦いがあり、マァムは武道家の修行に旅立った。

思えばこんなにのんびりした日は久しぶりかも知れない。

旅の合間は髪所か服の砂埃とて気にならないが、
こうして清潔な衣服と普通の日常に立ち返ると、矢張り色々身だしなみも気になってくる。


「何時もはどうしてんだ?」

「ん―、じいちゃんが切ってくれてた」

そういえば元気かなー、と考える。
魔王軍が一度ブラスをさらい、
人質にした件があってから、ロモス王が島に護衛の兵士を派遣してくれている。

何かあったらすぐ連絡をくれる筈。

ふとパプニカ城から見える海の遠くを見やるダイの頭を、
ポップはまたクシャと一撫でして、何か名案が浮かんだ様に顔を輝かせた。

「よっし!一丁俺が切ってやるよ!」

「えええッ?!」

「何だよそのビックリは」

丸い目を更に丸くさせたダイの額を人差し指で弾いて、ポップは胸を張る。

「けっこう上手いんだぜ?俺、自分で切ってるしよ」

「ええぇえ〜?」

そういえばデルムリン島から同じだけの日にちを過ごしてきたのに、ポップの髪はダイの様に伸びていない。

知らない間にこまめに手入れしていたらしい。

「先生が身だしなみに煩い人だったからさ…」

今度はポップが遠い目になったので、ダイは胸がチリと痛むのを感じた。


「じゃあさ!頼むよポップ!」

くるりと後ろ向きになって、椅子にストンと腰を下ろす。

そうして振り向けば何時もの、ポップの笑顔があった。

「カッコ良くね!」

「任された!」


腕まくりをしたポップが胸を叩き応えて、部屋は弾けるような笑いに満ちた。


【終わり】
2009/01/19



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