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【甘言】
「これをダイ君に渡して頂戴」
ずいと胸に押し付けられたのは、可愛らしい薔薇色のリボンで豪奢なラッピンゲがされた小さな箱。
「勘弁してくれよ、姫さーん」
実際は片手でもてるくらい軽いが、実在以上の重量を感じさせるのはプレッシャーのせいだ。
ポップはほとほと困り果てた顔をした。
「何か意見でもあるの?」
「大ありだ!何で自分で渡さねえんだよっ?!」
こんなしおらしい事するタマじゃねーだろ、と余計な一言が何時も命取り。
20年生きてても治せない癖とゆうのは在るらしい。
ポップは案の定、レオナからはマヒャド級氷の微笑。
びくっと肩を竦ませたポップだが、ここは引くわけにはいかない。
「だいたい、去年はバッチリ公衆の面前で渡してたじゃねーか」
去年のバレンタインは、
それこそやっと魔界から帰還したダイをレオナはわざわざ謁見の間に呼び寄せて、
山と居る求婚者達の前でチョコを送ったのだ。
「んで、めでたく公認カップルだろ?俺が間に入るなんざ野望な真似したかないって」
「…ないわよ」
「へ」
「カップルに何てなってないわよ!しかもそのチョコはね、ポップ君がダイ君に渡す分」
「は??意味わかんねーよ」
キョトンと小首を傾げるポップに苛立ち、レオナはたおやかな手をダンッ!と勢いよく執務机に叩きつけた。
「だから、ダイ君は君からのチョコ欲しいって言ってたのよ!怒り出したいのは私の方よ!」
「……えええ?!」
驚きに思わず渡された小箱を握りつぶしそうになり、ポップはあわあわと持ち直した。
レオナはこれ以上ないって位の、盛大なため息を吐く。
「去年ダイ君たら色んな人にチョコ貰ったみたいだけど、勿論義理も含めね、意味がサッパリ分ってなかったの」
「それと俺がなんの関係が…」
「黙って聞きなさい、それでマァムに訪ねたらしいのよ…何でみんな自分にチョコをくれるのかって」
「……(何か読めてきたぞ)」
「それでマァムは《大事な人や大好きな人に感謝を込めてチョコをあげる日》って、教えたみたい…女の子限定って言わずに、博愛なマァムらしいわ」
「去年の俺のも義理だったしよ―ッ」
「そんなのはどうでも良いわ、ダイ君私に何て言ったと思うっ?『ポップから欲しかったな』なのよっ?!」
「い…一年前に誤解を解け!」
ポップは午後の小休止を利用して、城の長い回廊をダイの居るであろう、外庭にある兵士の訓練施設に向い、
と―――っても気乗りしてないトボトボとした足取り歩いていた。
実際、こんなどうしようもなく虚しい事は、
早く済ませるに限る。と考え、致し方なく向かう所である。
無論大勢いる兵士達の前で渡すような、恥に上塗りどころか爆弾岩の群生地にフィンガーフレアボムズを放り込む様な馬鹿な真似は当然しない。
ちょっと覗いて、ダイが捕まえられれば、
後で用が有るから夕食後にでも、ポップがパプニカ城にて私室に宛行われている部屋に来いと伝える為だ。
人伝に伝えて貰うとゆう手段もあるが、
その用が用だけに下らなすぎて気が引ける。
また執務室等では人目があって、
万が一目ざといメイド達に見られたら尾鰭に前鰭、面白可笑しくとんでも無い噂を立てられるのがオチだ。
そうなったらおちおちナンパも出来ない!
幸いダイがポップの私室に入り浸る事は、珍しく無いので変に勘ぐられはしまい。
そこでまたポップは盛大にため息を吐く。
なんでチョコ1つ…ダイの勘違いの為にこんないらん神経を使わねばならないのか。
(つか姫さんっ!絶対嫌がらせだろこれっ)
どうやらレオナの今年のチョコは、かなりの力作らしい。
噂では、大量のチョコがレオナの指示の下浴室に運び込まれたとか。
「まさか……」
ポップの脳裏にぽわんぽわんと浮かんだのは。
『ダイ君v私が丸ごとチョコよv』
とウインクしながらチョコ風呂に浸るレオナだった。
(うおぉ!けしからん!けしからんぞぉぉ!ダイっ!)
勝手な妄想だがレオナならやりかねない。
ちょっと鼻血が出そうになりながら、
同じ妄想をマァムに置き換えその衝撃的脳内映像によろめいている間に、
訓練所がある外庭へ続く扉へ辿り着いた。
其処までくると、扉の向こう側からは剣を打ち合う音や勇ましい掛け声などが響いてくる。
ポップは扉の前に立つ顔なじみの衛兵に片手を軽く上げて人懐こい笑顔で挨拶すると、
兵士も口元で笑みを浮かべ軽く会釈し道を譲った。
「ご苦労さん」
扉の外へ出ると、よく晴れた青空の下で沢山の兵士達が剣の組み手をしている。
邪魔にならないよう端に寄りながらダイを探す。
その姿は直ぐに見つかった。
近衛騎士の剣技指南を受け持つダイは、
訓練する兵士達から一歩引いた何時もの場所にいた。
18歳になり、精悍な顔立ちに体躯も立派な青年と育ったその姿は、まさに救世の勇者と相応しい。
全体を見渡すためだろう、ふいと真剣に引き締まったままこちらを向いた表情が、ポップの姿を捉え明るく全開な笑顔に一瞬で変わった。
そうしてすぐさま小休止の号令をかけると、
此方に向かって早足で来る。
「ワリィな邪魔して」
「ううん、こんな時間帯に珍しいね、どうかしたのか?」
「大した用じゃねぇんだけど…おめぇ今日の夕食後何か予定あったか?」
「えっと…レオナに夜落ち着いたら部屋に来てくれって、朝言われたけど?」
(やっぱり姫さん!!勝負だ!勝負にでるきだッ!?)
ちょっとさっきの想像が浮かんでしまい、しかも何にもその意味が判ってません的なダイに、ムカムカと嫉妬が湧いてしまう。
(何でこんな幸せ野郎に俺がチョコをくれてやらなきゃなんねえんだ?!)
「ど、どうしたのさ?さっきから1人であれこれ変な顔して」
「変顔で悪かったなっ!チクショ〜ダイ!今日何時上がりだっ?!」
「え…今日はこの後模擬戦をしたら終わりだけど」
「じゃあ4時間後位だな、んじゃ飯喰って姫さんとこ行く前にちょっと俺の部屋に寄れ!」
「う…うん?わかった」
鼻にぶつかる勢いでぴしり、と突きつけられたポップのグローブに包まれた人差し指に、ダイは目をまん丸にして頷ずく。
「よし、そんだけだ」
言いたい事だけ告げて、ポップは踵を返すとまだポカンとしたダイを置いてけぼりにしたまま、訓練所を後にした。
そして執務室に戻ると、残業も無くダイの来訪に合わせるため通常の倍の速さで書類を終わらせると、かっきり4時間後さっさと部屋に引き上げた。
そうして大変残念な事に、
ダイへの怒りをそのまま凄い勢いで仕事をするポップへ、チョコを渡したくとも近付けない女性達が意外と多く居たことに、
自分の事にはトコトン鈍い本人は、全く気付けていなかった……。
自室のテーブルで、調理場に頼み持ち込んだサンドイッチをかじりながら、行儀悪く魔道書を読んでいると、
コツコツと聞き慣れたリズムで、部屋の扉をノックする音がした。
それが誰かは見なくとも判る。
「開いてるぜ、入れよダイ」
扉から顔を覗かせたのはやはりダイだった。
「ごめん、待たせた?」
なかなか入ってこないダイを見て、首を傾げる。
「何遠慮してんだよ?」
「何だか、昼間怒ってたから…」
体がいくら育っても、こうして忠実なわんこみたいな表情は変わらない。
ポップは思わず吹き出した。
「あんなん、本気じゃねぇよ。ほら早く入れって」
「うん!」
嬉しそうに頷いて、ダイは後ろで扉をしめるとテーブルに歩み寄った。
そうして何やら重そうな麻袋を手に下げていたが、それをテーブルの上に置いた。
「何だよコレ?」
「うん、今日色んな人がチョコくれてさ」
「……」
「でも俺、食べ切れないからポップと分けようと思って持ってきたんだ〜」
「 前 言 撤 回 ―――――――ッ!」
途端にチョコやら魔道士書やらが乗ったテーブルの端をガシっと両手で掴んだポップが、
盛大にひっくり返した。
「わ―――っ?!どうしたんだよポップ」
「どうしたもこうしたも無いッ!!!テメェ宛てに貰ったチョコなんざ恵んで貰いたかネェよ!!」
額に青筋を立てて怒鳴る。
「えっ?!ポップ貰えなかったの?!マァムやメルルやエイミさんマリンさんからも??」
実は午後の小休止の時間にみんな来たがポップとすれ違いになり、
しかもポップ宛てとして執務机へ残されていた筈のチョコは、
美少女達&美人達からのチョコを羨んだ一つも収穫の無かった同僚男性が、
ポップ不在の間に隠してしまった。
普段は善良な同僚は後に泪ながら「つい出来心で…っ」と語ったとゆう。
―――げに恐ろしいバレンタインの魔力と嫉妬。
そんな事情を知らないポップは、去年知り合いからそこそこ貰えたチョコさえ、手に出来なかった。
「ねぇよッ!てかお前貰えたのか?!」
「う…うん」
バカ正直なダイは(しまった)と言う顔をしてしまい、
それを見たポップの中の何だか大事な自制心的なモノが崩壊した。
「何だよずりーよ、ズリーやぁ!なんでお前ばっか貰えんだよ!!」
駄々っ子の様にジタバタと地団駄を踏むポップの剣幕に、
ダイは慌てて懐からシンプルな包装の包みの小箱を一つ取り出して、
「ポップ…これ」
と差し出した。
「何だよ!お前が貰ったのなんか要らねえって言ってんだろッ!」
「違う!コレは俺からポップへだよ」
「な、何言ってんだ」
此までになく真剣なダイの瞳はポップを縫い止める。
「俺の気持ちだよ」
一瞬固まったポップだが、ダイがこの行事の意味を履き違えているとゆう事実を思い出した。
「バカおめぇ、バレンタインってのはなぁ…」
「何時もありがとう」
唐突なダイの言葉がポップの否定を遮った。
「今、俺と一緒にいてくれてありがとう、魔界まで探しに来てくれてありがとう、連れ戻してくれてありがとう、俺を俺と言ってくれてありがとう…ずっと改めて言いたかった………」
痛い程の真摯な言葉。
ダイの表情は泣き出しそうに、しかし強い瞳で真っ直ぐ切なく笑みを浮かべて相手の胸へ差し込む。
それを見たポップは己の中に凝り固まった、逸れまでの茶化した姿勢を崩して、
本物のめったに見せる事ない柔和な笑みを浮かべた。
日常生活から外れ、思いの丈を込めてチョコを渡すような馬鹿馬鹿しいこの出来事でもないと、
素直な気持ちを出せないのは、ポップも同じ。
ポップはずっと上着のポケットに仕舞っていた小包みを取り出してダイへ向き直ると、胸へ押し付けた。
「……俺の気持ちだよ」
自分こそ、このダイと出逢わなければ、
卑怯で、弱虫で、強者の陰に隠れた生き方しか出来なかっただろう。
自分より小さくとも、酷く純粋で、強く優しく孤独で、愛おしい、……自分の親友。
この勇者がいたから、
光の中を進んでこれた。
沢山の感謝を込めて、ポップはダイに微笑んだ。
ダイはそんなポップを見つめながら、きゅっとチョコの箱ごと、ポップの手を握りしめる。
昔小さくけれど力強かった剣を持つ手は、今更に大きさと温かさを増していて、
ポップの心臓は柄にもなくどきりと跳ねた。
キツいほどの強い瞳に動揺する。
「な、ナンだよ」
「夢みたいだ、有り難う」
チョコ1つで何を大袈裟な、とポップは苦笑する。
こんな行為で友情を確認しなくとも、ポップにとってダイが大事な親友で在ることは、不動なのに。
しかし長らくたった独りで敵ばかりの魔界をさ迷ったダイの心に在る傷は深く、
こうして形で見える好意を確かめ、安堵出来ないのかも知れないし、
ポップも大人になってから、15歳の頃の様な全身でぶつかるスキンシップもしなくなった。
(此からはもっと話す時間を取ってやるか)
考えればこの一年、ダイがこうしてポップの部屋に来ることは在っても、
ポップから訪ねる事は余り無かった気がする。
魔界から平和の中へ戻った自分たちは、
これからはずっとそばに居る、何時でも会えるとゆう安心感から、
以前より一緒に過ごす時も少なくなっていた。
(俺が不安にさせていたのか……。)
もっともっとこれから離れていた時間より長く、沢山語り、一緒に人生を付き合ってゆくきたい。
「これからもよろしくな、ダイ」
「!!うん!」
素直な喜びを全身で表すダイを見て、ポップも嬉しくなった。
(俺達の友情はずっと変わらないぜ)
改めて言うのも恥ずかしいので、ポップもダイの手を握り返し応える。
そこではたと気が付いた。
「おい、そろそろ姫さんが待って…」
この後イベントの大本命がダイを待っているのだ。
しかしダイはニコニコと笑みを浮かべたまま、握ったポップの手を離さない。
「おい!ダイ」
「いや〜思い切って言って良かった!」
「は?」
「ポップはまだマァムが好きっぽかったし、俺の気持ちを受け止めて貰えるか不安だったんだ」
「………へ?」
「まさか本当にポップからチョコ貰えるなんて、思わなかったや…凄く嬉しいよ」
「何言って…??」
ダイは心なしか、頬まで高揚し少年の頃の様に朱く染めている。
「おまッ!お前…ッ!!?」
まさか。……まさか??
わなわなと青ざめて冷や汗を滂沱と流すポップと対照的に、
輝かんばかりの誰をも魅了する笑顔を浮かべたダイが、ポップを引き寄せ強く抱き締めた。
「俺達両想いだね!大好きだよ、ポップ!」
「確信犯かよてめーーー――――っ!ちょっ…待てっ!!―――んぐっ」
その後、火山の噴火の如く溢れ出しそうになったポップの怒りやら文句やらは、
全部ダイに塞がれ吸い込まれる事となった。
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【甘言・オマケ】
「何だか上手くいったっぽいわね〜、もっと荒れた方が面白いのに」
豪奢な大理石のタイルが敷き詰められたレオナ専用の浴室には、
今香料とは違う甘い香りが充満している。
その主は部屋着のままバスの縁に腰掛け、満たされた液体のチョコを指先でひとすくいしてペロリと舐めた。
一国の姫としてはお行儀が悪い。
「ダイ君…振られてきたら、慰めついでに誘惑してあげよーと思ったのに」
来ない待ち人は今頃、幸せ絶好調で長年の思いを相手にぶつけている頃か。
「だいたい、私がダイ君に意味を教えて無いわけ無いじゃない」
去年、チョコを渡してはっきりと求婚したんだから。と頬を膨らませる。
しかしそこでダイの心が、ほんとは何処にあるか知った。
「さあて、明日せいぜいどんな顔して仕事に来るのか見てあげよーっと。」
鈍い魔法使いにこれぐらいの報復は赦されて当然だとばかりに、
レオナは含み笑いした。
【終わり】
2009/02/25
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