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【出流】

地面が剥き出しで閑散とした畦道に、
淡い薄緑がぽつりぽつりと点在するのを、
旅路の途中目にする事が増えた。

朝霜の下から覗く春の予兆に、何時もは足早で次の町を目指す歩調も少し弛む。

それに歩みを合わせた隣の相棒から、自分の視線の先に気付いてふと目元を柔らかく細める気配がした。


「もう陽の光も暖かい感じがすんな」

ちょうどその事を考えていたので、
頷きながら笑顔を返す。

共通する思いが側に在ること。

こんな小さな事でも、嬉しい。

「お前、寒いの苦手だもんなぁ。そんなに体がデッカくなってもやっぱりあの頃と変わんねぇし、
三つ子の魂百までってのは本当だ」

歳が12の頃を引き合いに出され揶揄されても、別に腹は立たない。


暗い彼の底地では、何時でも心が凍りそうだった。

あの芯から冷える寒々しさに比べたら、

今は何て。


「うん、俺寒がりだからさ……温めてよポップ」

途端に押し黙った相棒は、

故郷に咲く懐かしい原色の大輪華様な、紅を散らした頬をして、
ぷいと晴れて澄んだ青空の方へ顔を向けてしまった。


それでも何だかやはり、あったかくなって。

ダイは嬉しくなり、また微笑んだ。


【終わり】
2009/03/04

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【確定】


その日の大魔道士様は明らかに不審でした。
と、廊下でポップとすれ違ったとゆう文官は首を不思議そうに捻って答えた。

何かを非常に警戒してる、そんな感じでしたよ。

そう言いつつ、必要な書類を置いて文官が退出した後に、
レオナは溜め息混じりで自分の実務机の斜め下を見やった。

「んで、現在ポップ君はこんな所でコソコソしてる……と」

「しーっ!姫さん!」

名前を呼ばれ大袈裟に慌てたのは、パプニカ重鎮の一人大魔道士ポップだった。
今や世界の人々の尊敬を集めている筈の勇者パーティーの魔法使いポップが、
今や罪人の様に、パプニカ王女の広い執務机の陰に隠れているのか。

その理由をレオナは正確に把握していた。

「つまりはダイ君に、朝から追いかけまわされてるってのね」

「わっ!名前を呼ぶと来ちまうっ犬並に耳がいいんだからよ!」

しぃっと唇に人差し指を当て、ポップは二人以外いない筈の執務室を見渡した。
「まあ仕事を放り出さないのはいっそ見上げた根性ね」

実状レオナの袖の下に隠れつつも、ポップは書類にペンを走らせ、出来た側からレオナに手渡していた。

「こんなクダラネェ理由で他に迷惑かけたくねーしよ」

変な所で義理堅いポップに、レオナは肩をすくめる。

「私は迷惑なんだけど、別の意味で」

「今日だけ勘弁してくれって〜、マジで困ってんだから」

多忙なレオナの仕事の邪魔をしないように、ダイもめったに此処へは来ない。

つまりは、城内で一番ダイからの安全地帯とゆう事だ。

「ホワイトデーのお返しをダイ君がくれるってのが何で困るのよ、
いいじゃない、今や立派な両想い同士でしょ?」


「あんなのは!陰謀だ!罠だ!不可抗力だ!!」

隠れている事も忘れて、ポップはつい声を荒げ、
こうなる元凶をバレンタインデーに仕掛けたレオナにまくし立てた。

しかし本人は涼しい顔をしている。

「流された方も悪いのよ、本気で嫌ならどうとでも突っぱねられるでしょ、君なら」

「うぐ…っちが…っあれは吃驚してて…」

言い訳しつつも残りの書類を仕上げて、レオナに手渡す。

「その後1ヶ月も上手く付き合ってるんだし、いい加減お返し受け取って諦めれば?」


「だってよ…アイツの言うお返しってのがトンでもなくてよ…」

そこで顔を赤らめもじもじと言いよどむポップを一瞥すると、
レオナは最後の書類を確認してサインをしつつ、また盛大に溜め息を吐いた。

「あ〜もう、馬鹿らしい」

「馬鹿らしいってなぁ姫さん!!」

「ダイく―――ん!ここにポップ君がいるわよぉ〜〜〜!」

「!!!!!」

「本当っ?レオナ!あ、やっと見つけたポップ!」

ドアを蹴破る勢いで飛び込んで来たダイは、ポップの姿を確認するやいなや抱き付こうとした。
が、ポップもその瞬間には直ぐ側の窓をこれまた突き破る勢いで外にダイビング&ルーラを実行していた。
魔法使いとは思えぬ瞬発力を無駄に発揮しつつ、

「姫さんの裏切りもの〜〜〜〜!!」

とドップラー効果を残して飛びさる大魔道士の姿を追って、
「待ってよ〜俺のホワイトデーのお返し受け取ってくれってば〜」

と、これまたルーラした勇者の姿は、
誰が見ても只のバカップルだった。


「…本命からお返しを貰えない女の子の恨み、甘く見たわねポップ君」

クスクスと二人が去った青空を見ながら笑うレオナ姫の思惑通りかどうか、

後で勇者様にとうとう捕まった大魔道士様が、
身を持って心のこもったホワイトデーのお返しを貰ったとかナンとか。

真相は次の日寝込んだポップと、

自分も全身火傷の重傷を負いつつ、幸せそうにその看病するダイにしか解らないのであった。

【終わり】
2009/03/15

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【挑戦】


「なんか良い匂いがするね、何作ってるの?」

小さな勇者が、正午もとうに過ぎたパプニカ城のキッチンから漂う食べ物の香りに誘われて顔を覗かせれば、

見慣れた緑の魔法衣に、黒のエプロンを腰に締めた兄弟子の魔法使いが、
何やら腕を動かしていた。

「ん?ダイか。小腹がへったからよ、パスタだ」

今パプニカ城に身を寄せる二人は、それぞれの修行を朝からしている。

特にポップは瞑想なんかをしていると、時間の感覚がない程集中していて、昼を食いっぱぐれる事が間々あった。

そうゆう時はキッチンを借りて遅い昼食を取る。

「へ〜ポップ、料理なんてするんだ?」

「旅してりゃ料理の一つや二つ、否応無しに覚えるだろ」

アバンと一年以上長旅をする間、木賃宿のような素泊まりのみの宿に泊まる事もあり、
そうゆう宿はキッチンにて泊まり客が自分達で食事を作るのが常識だ。

普段は寝坊助のポップよりアバンがその腕を振るうのが常だったが、
ポップも料理の基礎位は修行の一環として教えられた。

「でも今までポップが料理するトコなんて見たことなかったよ」

デルムリン島での3日間も、その後のパプニカまでの旅路でも、ダイが魚や木の実を取って来たのだ。

「そりゃ面倒くせぇからな」

「酷いやポップ!」
「まあそうムクレるなって、出来たら半分わけてやっから」
「ほんと!?」

途端に機嫌を直し笑顔になったダイを見て、ポップも笑う。
「じゃあもちっと待ってろよ、今ソースを作ってんだ」

「うん!」

ダイは椅子をポップの近くに引き寄せて、ちょこんと座った。

「………ところで何のパスタ?」


「うーん、ベースはペペロンチーノ?」

何で疑問形?と思ったダイの覗くそばから、オリーブオイルを引いたフライパンにニンニクのスライスと少量の唐辛子が投函され芳ばしい香りが立つ。

そこまでは、良かった。


「じゃあ今日はコイツでいってみっかな〜」

ポップが手にしたボウルには、細かくほぐされた魚のオイル漬け…。

漁師達の長漁用保存食に缶詰めでよく見かけるそれは、
普段パスタには使われないような食材だった。


「え…ポップ?」

ダイが何を質問するより早く、それはフライパンに投入された。

「次はこれ辺りどうだ?」

別のボウルには何やら緑の鮮やかな葉が千切りにされていて、それを手際よく入れた。

「俺が裏の森で見つけた新種の香草を刻んで加え、塩と胡椒をしっかり!」

華麗な手捌きで左右から調味料のビンが振られる。

ちなみにこの間、ポップは一切味見をしていない。


「こいつをパスタに絡めて…」

機嫌よく丁度湯だったパスタをザルに上げ、
その未知のソースが待ち受けるカオスなフライパンへ放り込んだ。

「さあて、皿に盛ったら、仕上げにコイツでどうだ!」

別な皿にはこれまた白い根菜をすりおろした見慣れない食材がこんもり盛られており、
迷わずポップはそれを一掴みして、パスタの上に乗せた。


「さー食え!」

どんと出された見たことも無い当てずっぽうパスタを前に、
最早ダイは言葉も無い。

ポップが期待と自信を込めた目でダイを見るので……

取りあえずクンクンと匂いを嗅いでみる。

―――悪くは無い。

恐る恐るフォークを手に取り、深呼吸した後、

「いただきますっ!」

目をつむってパクリと口にパスタを入れた。

「………」

「………どうよ?」

「…………おいしい…意外だけど」


「だろ?!いや〜俺の勘に間違いは無いな!」

へへんと鼻を人差し指で自慢気に擦ると、ポップも座って自分の皿のパスタを食べ始めた。

「お♪マジでいけんじゃん?やっぱ俺って天才かも〜。こいつはポップオリジナルNo.57と名付けるか」

「何時もこんな風に作ってるのか?」

「おうよ、その土地の地のモノを使って料理すんのが信条だからな、それにこうして新しい味の発見も出来んだろ」

「…ほんと、凄いよお前って…」

ダイは何だか修行より疲れた気持ちで、
ポップオリジナルNo.57と命名された、
―――…後にパプニカ城下町でブームを呼ぶ程人気となるぶっつけ本番挑戦パスタを口に運ぶのだった。


【終わり】
2009/03/17

結局、うちのポップは料理の腕はどうなのかとすれば、上手……?とゆう答えになりました。
しかし失敗することもありなので、疑問形なままです。

ちなみにポップが作っていたのは、もうお分かりかと思いますが、
ツナとシソの和風パスタ、大根おろし添えでした〜。

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【雛鳥】


「ねぇ、どうして?」

そう質問すると、何時も決まって、

「しょうがねぇなあ」

と前置きしてから、何時も以外なほど分かり易く、丁寧に説明をしてくれた。

それが嬉しくて、些細な細かい事まで何でも聞いてみたり。

「世間知らずのお子様のお守りは大変だ」

確かにそうかも知れない。
最初は何もかも外の世界が珍しく、島での常識より世の中の仕組みはずっと複雑で、
島では使う事など一度も無かった『硬貨』や『宝石』が、とても大事にされていた。
俺はそのあたりも良くわからないから。
「任せるよ」

そう告げて、じいちゃんから出発の時に預かった宝石の入った袋を差し出すと、

「お前ってさあ、もう少し人を疑うとか、覚えろよ……危なっかしくて見ちゃいれねえ」


呆れた顔で見下ろされ、頭をぐしゃぐしゃ撫でられた。


……今思えば、俺はやっぱりあいつにとって完全な『弟』扱いで、
初めはそれに別段不満を持った事は無かったけど。


……完全に追い抜かしたその背の差を無視して、

無理やり伸ばしたその腕で、相も変わらず頭を撫でてくる

その手が決して嫌な訳では無かったけれど。

何時になったら俺は、一人前と認められるのだろう?


「なぁポップ」

「何だよ」

「俺もう、オトナだよ」

そう告げて昔の背では出来なかった事、
自分の腕の内にそのひょろ長い躯をすっぽりと納める事をしながら、
精一杯真剣な表情で告げたのに。

「おめぇはずーっと、変わんねえよ」

ニヤリと笑われ、鼻先を指で弾かれた。

「お前は一生、俺の『弟弟子』だろ」


ああそれってば、

事実だけど結構狡いよ。

呪縛に捕らわれ、先に進めない。

この平行な関係の殻を、破れないよ。


【終わり】
2009/03/21

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【安眠】


この世界に墜ちてから。

次に自分が深い眠りに沈める日は、
元居た場所に戻れた時か、死の帷にに包まれた時だろうと思っていた。

だけれど今、腹の底から安堵の息を吐き眠りに就こうとしている。

1人、不寝番を請け負ったそのひょろりと細身の人物が座るる火の傍らで。


自分とその人の周りを包むようにのみ、
ほの淡く静かに光る魔法陣が円陣を描き発動していた。

体は泥の様に安堵で浸され、芯からの疲弊に休養を欲している。

目蓋を降ろせば直ぐに、長らく求め願った懐かしい安眠を手に入れる事が出来るだろう。

しかし、火に照らされ浮かび形造るシルエット。
―――鮮やかな緑色の法衣、負けん気を現す跳ねた長めの前髪、意外に整った面立ち。

今見ている此こそが、夢ではないかと勘ぐる程に記憶のままで。

このまま目を瞑るのが余りにも惜しくて。

重い睡魔へあがらいながら見詰めていると、
相手は俺の視線の意味を勘違いしたようだ。

苦笑いに口端の片側を引き上げて、
向けられた瞳は何処までも優しい。

「安心して、寝ろよ?そっとやちょっとじゃ破られやしねぇから」

その言葉に応える様に、破邪の方陣は光度を増した。


「そうじゃないよ、そうじゃなく」

伝えたかったけど。

柔らかな響きの言の葉が睡眠呪文の様に滑り込み、
今度こそ天秤は睡魔の器に片寄ってしまった。

「おやすみ、ダイ」

「うん、おやすみ、ポップ」

再び深く息を吐いて、今度こそ瞳を綴じた。

喪失の恐れはもう忘れ、今は眠ろう。

だからこれが夢なら、明日は永遠に目覚めなくていい。


【終わり】
2009/03/26

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