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古
↓
新
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bad episode?
【深淵】
言葉を登らせる前に涙に詰まった喉は、
ひっく、と情け無い音を鳴らしただけだった。
歓喜は過ぎると苦痛と変わらない。
胸を限界まで締め付けて、心臓が今にも止まりそうだ。
「…ッ、ダ…イッ」
やっと絞り出した名前。
それ以上は声に成らず、もどかしくて俺は胸の衣服をかきむしった。
捜した。
捜したんだ。
こんな異界の地にまで足を踏み入れ、明らかに適わない敵に挑んで。
一縷の望みは一歩を踏み出す糧だった。
「な、んで」
そこ……深き淵たる魔の玉座にお前が居座ってるんだ?。
疑問を打ち砕くように懐かしい声が誘う。
「側に来てよ、ポップ」
両腕を広げて、招くダイの本へ走り寄り思う様包容したい。
存在を、確かめたい。
だが逸れをポップに躊躇わせるものは、
玉座の傍らに立つ薄ら笑いを浮かべたペテン師。
憎々しいほどに張り付いた、微笑の仮面。
あの五年前の大戦を闘った仲間からすれば、唾棄すべき存在だ。
何故、何故ソイツがお前の隣に並び立つ?
「……お前が降りて来いよダイ」
こうなると今見ている光景さえ、自分をはぐらかす騙し絵とも取れる。
「罠なんて無いよ」
内情を読まれた。
「俺は、《おれ》だよ」
《ダイ》
それ以外何者でも無いと、告げる表情が不意に、
哀愁と燃え上がるような憎悪に歪んだ。
「ポップ、側に来てよ、早く」
――――俺は…、
何より代え難いほどに求めた存在。
ダイへ、
ロッドの先を向けた。
【終わり】
2009/03/26.
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【距離】
「ポップは最近オレに冷たい」
勝手に押し掛けたポップの自室、
その簡素な部屋にある来客用テーブルを挟んでに差し向かいに座りながら。
ダイは両肘をついて顎を支え、17才にしてはやや幼い仕草で、
真向かいに座りながらもちっとも魔道書から顔を挙げてくれない魔法使いを、拗ねた目で見つめた。
しかし相手の反応は…
「そうか?気のせいだろ」
余程興味深い本の内容なのか、急くように次ページを捲りながらダイを見ようともしない。
「どうせ離れないって、思ってるんだろ」
(まあ実際、その通りなんだけどさ……)
今の親友以上の関係だとて、ポップの本当に望むところで無いのは重々解っている。
だが喩え彼が自分を嫌っても、きっとダイは側から離れられない。
(我が儘言ってるのは、自覚あるけど)
でもこんなにつれなくされると、たまには恨み言の一つも唱えてみたくなる。
「………」
それでも手元の魔道書から視線を上げないポップの態度に、
ダイは何だか酷く寂しくなった。
こうしてずっと拗ねていても仕方無いから、
ダイはそれ以上は何も言わず、椅子から立ち上がると踵を返して、
「邪魔して、ごめん……おやすみ」
そう告げて部屋を出、背で閉まる扉を後にした。
深夜に近い暗い廊下を重い足取りで歩きながら、ダイは諦めのため息を吐く。
「前は違ったのにな…」
親友として、ポップはダイに誰より優しかった。
本当の理解者だった。
それ以上を望んだのは自分の我が儘。
だから、今の状態も仕方無い。
ある意味、ダイはポップの信用を最も酷く、裏切ったのだから。
ポップと自分の温度差を悲しむのはお門違いだ。
仕事をした後の肉体の疲れとは違う、心から来る疲労感に沈みながら、
ダイは自分の部屋の扉を開けた。
暗い自室の中に一歩足を踏み入れた、その時。
一陣の強風がテラスの窓を内に押し開け、
その突風と共に飛来しダイへぶつかる影。
―――その良く知った気配、
信じられない驚きでダイはその人を受け止めた。
「何処にも、いくなよ」
腕の中、呟かれた小さな声の紡ぐ言葉にダイは、
歓喜で甘く胸中を埋め尽くされ。
こくこくと、首を縦に振るしか出来なかった。
【終わり】
2009/04/02.
..【選択】
「…お前となら……悪かねぇけどな!!ダイ…!!!」
あの時何故そう言ったのか。
もう、充分手を尽くした、後はない。
そう、考えたからだろう。
それでは駄目だった。
アイツは俺の上を行き、そして独りで消え去った。
………残されて気がついたんだ。
俺は諦めないべきだった。
「お前と何としても生き残る」
そう言うべきだったんだ。
お前の魔法使いを自負するならば、冷静に状況の中から勝機を生み出すのが正しい姿。
だから、今度は二度と選択を違わない。
この狡い知恵と、持てる全てでお前の進む前を切り開く。
焔で氷で閃熱で疾風で爆炎で堅牢で軽減で屈強で癒やしで。
そうして離れず共に在ろう。
必ず。
―――どこかで遠く、獣が吠えて声がたなびく。
繰り返えされる思考の海から浮上し、
そうして仰ぎ見た空はいつぞの蒼さではなくて、
鈍色の黒雲が、晴れる事無く続く永遠の夜。
脚の向く先には寂しい岩の砂漠。
長旅にすり減った靴の踵で土を踏む。
荷物と一緒に背負った不釣り合いな剣を「よいしょ」と位置を直した。
先ずはダイと逢わなくてはならない。
違えた道を一つに戻すために。
【終わり】
2009/04/20.
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【箱庭】
みつけたら2、3発いや5、6発ぶん殴ってやろうと…
それからメラゾーマ最大出力で炭にしてやる。
そう、思ってたのに。
それだけを幾度も挫けそうな諦めかけた己の弱さに
半ば言い訳で、叱咤して来たのに。
全てこの瞬間、瓦解してしまう自分が、とても、情けない。
口を突いて出たのは何時ものひねくれた文句でも、
長い間溜め込んで考え抜いた罵倒の台詞でもなく。
ただ馬鹿みたいに、
たった一つの大事な名前だけだった。
「ダ……イ…ダイッ!ダイ…ッ!!」
長い間探して、捜してさがしつくして、とうとう異境の世界さえ渡り、
凍てついた最果の地にて見つけた親友は、戸惑ったような哀しいような暗い瞳をしていた。
そして今自分に力いっぱい抱きつく、草臥れた旅の魔法法衣を着た青年を、微動だにせず見ている。
まるで無二と誓った自分の魔法使いの存在を忘れてしまったかの様に。
「ダ、イ…くそっ!心配かけやがって…コノヤロウ! 」
旅の青年の乱暴な言葉使いとは裏腹にその声は掠れ震えていて、
背に回した両腕は二度と離れるのを怖れるように益々きつくすがる。
しかし急にパッと顔を上げ、思い出より幾分か大人びて丸さより精悍さを帯びた親友の瞳と眼を合わせる。
「還ろうぜダイ、俺たちの地上へ、お前の護った人間界へ…皆待ってんだ、姫さんだってマァムだってアバン先生におっさん、ヒュンケルもだ」
泣きながら満面に浮かべた笑みは、輝いて、ここ何年も浮かべられなかった真実の屈託ない彼らしい笑顔だった。
――だが、その表情が覗き込む相手の様子に徐々に曇り始めた。
「…ダイ?」
名を呼ばれた事さえ、そしてそれが自分の事を指しているのかも認識していない。
身動ぎ一つせず。
言葉を投げ掛けられた頬に十字傷を持つ青年は、
自分の姿を涙に濡れたその夜闇色の瞳に映し込んだ相手の顔を、
じっと見るだけで反応を返さない。
「どうしちまったんだお前…もしかしてまた記憶喪失かよ?!俺の事が分かるか?」
しかしやはり無反応な相手に、焦れた緑の法衣の青年は胸ぐらをつかんで噛み付かんばかりに言葉を畳み掛けた。
「どうあったってお前を俺は地上に連れて帰るぜッもう闘わなくたって良いじゃねえか!お前が全部背負って護らなくたっていいだろ?!―なぁダイッ行くぜっ」無表情の〔ダイ〕の腕をがっちり掴むと、草臥れた旅のマントとトレードマークの黄色い髪止めを翻して魔法使いは飛翔呪文を唱えようとした。
「――ない。」
その腕をグイと引き戻して、初めてダイが言葉を発した。
「もう、帰れないよ俺もお前も」
ポップはその絶望と嘲笑を含んだ声色に、
息を呑んで振り返った…。
【終わり】
2009/04/23
…尻切れトンボ…。
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【呪力】
一人遠く旅立ちの朝、
「たわいない、お呪(まじな)いでしょうが…」
と差し出した手首にそっと巻かれた、鮮やかな明るい色合いの組み紐。
両端を固く結ぶ指先は、その編まれた糸の縒り合った様子に似て、
細くたおやかで、そして強靭なものを感じさせる。
手元を見るために俯いた肩から、水が流れる様でさらさらと長い黒髪が流れる。
「これが自然に切れた時、願いが叶うと伝えられています」
不思議だと自分でも思うが、
彼女が口にすると些細無いありふれたこの願掛けも、
現化の力を持って、希望をもたらす気がする。
彼女達の生業が持つ、不思議の力の為せるものか、
もしくは彼女が自分に向ける真摯な想いの強さゆえか。
「ありがとな、大事にするよ」
そう告げれば、彼女は口元に形よい指を揃え、楚々にふふ、と笑った。
「大事になさらなくて良いんですよ?」
「え?」
「それは切れた時、願いが叶うのですから」
そう言った彼女の腕にも、翠の輪。
………あれが切れ、彼女の願いが具現する日は来るのだろうか、と。
少し遠い思いで、考えた。
【終わり】
2009/05/02
…初めてのポプメル?.
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