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■これも一つの、エンディング

【旅出】

異界へと、頑なに閉ざされた扉。

――彼は行ってしまった。

全ての災厄を連れて。

「何時かの逆だ、これは罰かな」

そっと聳える冷たい鉄の表面を撫でる。

力有るアバカムでも開かない、拒絶の証。

お前の意志。


額を扉に押し付けて、その先に繋がる世界へ心を飛ばす。

そこには虚無と混沌が交ざり無限に拡がっていた。

そんな、世界へ。独り。

滴が一筋、顔の線を辿り伝い落ちる。

今何処にいるだろう?
どうしているだろう。

生きてる事だけ判るのは、残された封印の効力が活きているから。
こうして思い知る、お前の気持ち。

どれだけ想ってたか、思っててくれたか。

照れた笑顔の裏に隠されたもの。


君の冷たい言葉と暖かい包容。

――取り戻したい。


「今度は俺が探す番だね」


この身もいつか滅びるものだから。

「ならば、好きなように生きる」

俺は俺として、何者にもならない。

只の、『ダイ』だ。

「必ず見付けるよ、ポップ」


三世界の力を棄てて、扉を圧し開く。


「なぁ、勇気をくれないか?」


未知へ、挑む勇気を。


「今、征く」
そして旅立ち、また再び初まる。

此処から。全て。
【終】
2008/07/31
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【光彩】


鮮やかな緑の腕で抱き締めてきた存在。

この赤黒い世界では危険な程に目立っていて、
その背を抱き返しながらも自分は辺りを釼(つるぎ)で牽制する。

「帰ろう」

強く耳許で呟かれた言葉。

――ああ、そう出来たら。

何度其れを望んだか。
どれ程この腕にこの存在を待ったか。

しかし自分の手は既にこの世界と同じ、
朱と墨と灰に染まっていて。

本当なら抱き締める資格もないだろう。


無垢な蒼はもう、

何処にも無い。

「なあ、帰ろう」

応えない相手に少し不安に揺れた、
それでも心底信じた声色で呼び掛けるポップに。


少し寂しく、ダイは笑った。


【終わり】
2008/08/03

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【枯渇】


熱い血は、生きてることをまだ認識させる。

これがすうっと寒くなり、指先の感覚が無くなるとやばいんだ。

足は?

まだ踏み出せる。前に、進める。

肘の延長のように剣を振るえば、有象無象は切り裂けた。

「もう、かまうなよ」

幼い声はしわがれて、元を知る仲間が聞いたらあまりの痛烈に耳を疑ったかもしれない。

「眠いなぁ」

夜や朝の明確な境目がわからないので、どのくらい日にちがたったのかわからない。

食事もまともな記憶が無かった。
ただ、ひりつく様な喉の渇きは、
胸元の細い鎖に繋がった青い輝石を口に含めば、不思議と和らいだ。

暗い大地と空の下を、ひたすら足が前に進むに任せ歩いてゆく。

どこかに、懐かしいものの燐片を探して。

泣くのは当の過去に止めていた。

水分が惜しいのもあるが、泣くのは存外体力がいる。

「あいつはよく泣いたっけ」

ふと胸の奥に灯がともった。

「あいつ・・・名前は・・・?」

どくりと心の在り処がざわめいた。
名前・・・・、名前が。

澱んだ脳裏がせり上がる灼熱で焼き払われた。

「冗談じゃ無いッ!!」

体と脳を侵す瘴気を怒りでねじ伏せる。

「忘れるもんか・・・ッ」

体温より熱い雫が頬を伝うのを、雷鳴轟く虚空を睨んだままダイは感じた。

「ポップ」

力を総て、使い切っても構わない。

ダイはそう思って、只、泣いた。


【終わり】
2008/08/07

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【育成】


「お、また見っけた♪」

草原で足の長い草の根を掻き分ける様に進むポップは、
目敏く屈んで小さな実りをつける草を摘んだ。

数粒取ると、左手に持った革の小袋に詰める。
また収穫に来れるように、全部は採らず残して次を探した。

「さて…と、随分集まったな」

半日程も使って集めた木の実は、一つ一つは随分小さいが、其がずっしりと存在感を示す。
その確かな重みに何だか充足感を覚えて、ポップはニンマリ笑った。

すっくと立って疲れた腰をうんと伸ばす。

「ポップ――っ」

「お?ダイ」

まだ発展途上の12才の勇者はポップの胸まで程の背丈しかない、
その為この草原では向こうからポップ目指してやって来る、ツンツン髪の毛のてっぺんが見えるだけだ。

それでも迷わずポップの位置を目指して進んで来るのは、
優れた感知能力のお陰か、はたまた別の能力か…。

取り敢えずダイはポップの元に辿り着いた。
「もう!朝からどっか行っちゃってて心配したんだからな!」

「マァムには言って来たぜ?」

「もう夕方だよ、こんな遅くなるなんて、何かあったかと思うじゃないか」

真剣な表情のダイが見上げている。
本気で案じて、探しに来てくれたのだろう。
其れを感じてポップめ素直に謝った。

「へいへい、悪かったよ。」

「ところでポップ、何してたの?」

「ん?まぁな…ホレ」
ぽすん、ダイに渡された小袋。

「お前さ、ネイル村の村長に呪文習ってんだろ」

「うん…」

実際成果はかんばしく無い。

「それやっからさ、まぁ、頑張れよ。
あーあ腹減ったな!よし帰るとするか」

「え?!」

スタスタと先に踵を返したポップの後ろ姿を見つつ、手に収まる小袋を開く。

丸くて、小さい薄紫の草の実。

「これって…賢さの種だよね…」

こんなに沢山集めるのは大変だったろうな、とか、
ポップが自分の為にくれた、とか。

本とは凄く嬉しく筈なのに、
山盛りの賢さの種を見てると悲しいんだか何だか…。
素直に喜べない複雑なダイは取り敢えず。

この複雑な気持ちを表す知恵をつけたくて。

袋から一掴み、種を取り出して口に放り込んだ。


【終わり】
2008/08/08

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■珍しく先世代。

【帰臥】


海辺の断崖を切って造った庵。

此処に住むようになって大分経った。

晩年人目を避けた師の理由が良く解る。

常識許容範囲を超えたモノは一概に皆、異形で異常と線引かれるのだろう。

けれど、この胸には一片の悔恨も憐愍も浮かばなかった。


それどころか、俗世と切り離されて初めて味わう開放感に、
余計な雑多は削ぎ落ちて真に神経は研ぎ澄まされる。

魔法使いにとって、これ程適した環境は無いかも知れない。


時折浮かんでは沈む、懐かしい顔触れを思うことが無いかと言われれば、それは確かにある。

嘘をつく意味もない。

別に孤独では無い。
人は生きるも、死ぬも、独りなのだから。


それはあの唯一、自分が組んだ勇者も同じ思想を持っていた、と思う。

誰にでも解放しているように見えて実は、自分に総て独り抱えするあの男。

今頃どの空の下を歩んでいるのやら。


永らく側にいた戦友が、一人欠けた事をまるで自分の責務の様に思っている。

お前のせいでないと言って、癒しの言の葉を振り掛けてやる事は幾らでも出来た。

自分の役割は勇者の魔法使いなのだから。

だがアイツが其を望んでいないとわかったから、俺の役目も其所で終わった。


別れを告げた時、

あの本心を隠すに巧みな表情が揺れた事が、
小気味良いと思った事を覚えている。

つくづく自分はあまのじゃくに出来ているらしい。


その時、だから言ったのだ。


「パーティは解散だが、この先。
頭下げてたのむならもう一度だけ、お前の為に魔法を使ってやる」

其を聞いて青臭い勇者は、何故か嬉しげに微笑んだっけな。

「わかった、大事に取っておいて使うよ」

嫌みか冗談で済ませるつもりが公約になる。

「ありがとう、マトリフ」


……独りは楽だ、雑多な感情を持たずにすむ。

純粋に約束が訪れて果たされる刻を、

ただ待てば良いのだから。

【終わり】
2008/08/10
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