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古
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【秘密】
「ねぇ、起きてる?」
パプニカの奥まった一室、ポップの実務兼仮眠室となっている部屋へ、ダイが夜半ももう明日へ差し掛かる時間に訪ねて来た。
「んだよ?俺はねみーんだけど」
そう言いつつも迎え入れるべくドアを一人分隙間を開いて身体をずらす。
「うん、ごめん」
スルリと布擦れの音も無く内に滑り込むダイは、慣れだ動作でポップの呼び込みに応じた。
先だって魔界より還って来て、疲労を回復するため養生する眠りから目覚めた17歳の王子様。
其からは何だかんだ理由を付けて、夜半になるとポップの部屋を訪れる。
特に今夜の様な、月も星も無い暗い夜は。
平常ならばポップも遅くまで仕事に追われているため、
こんな時間にもし取るに足らない用事で誰か来たら、扉を開ける事すらしないだろう。
これも一概に、長年探してやっと見つけた親友だからこそだ。
「ポップ、これ」
渡されたのは緑色をした小さな硝子造りの杯。
「勝負しようよ」
「勝負?」
「お城の警備をしてるおじさん達に教わったんだ」
自分の前には濃く青い杯を懐から出して、トンと置く。
続いて、琥珀色に揺れる液体が閉じ込められた丸みある瓶を取りだし、ポップに確認させる様に目の前で揺らした。
「酒か?」
「うん、昼間もらった」
無邪気な明るい笑顔は、いっそ夜に似つかわしく無くて。
不思議な違和感を感じながらも、ポップは置かれた杯に差し出された液体を注ぎ入れた。.【秘密】その2
「勝負って何すんだ?」
聞きながら小さな杯の中身を一息に口に入れた後、焼けるような喉の熱さにポップは僅か柳眉を潜めた。
「これ、べらぼうに強くねーか?」
コホリ、と咳を一つして出す声も、何だか酒に爛れてしゃがれそうだ。
「んー何かね、火も点くくらいって言ってたかも」
暢気な声で応えながら、ダイは今度自分の杯に其を注ぐ。
「お、おい大丈夫か?」
ポップは自分でも結構アルコール好きだと自覚している。
仕事が山積みで寝るときにも内容が頭から離れない時には、強めの寝酒もしょっちゅうだ。
しかしダイはポップの知るところで、そんな素振りを見せたことは無い。
とゆうか魔界から戻ってまだ一月、しかもつい先だってまで竜闘気の回復に眠り続けていた身体なのだ。
ポップの預かり知らない魔界でもしや酒を覚えたのかも知れないが、
いくら丈夫が服を着て歩いてるようなダイでも、心配になるとゆうもの。
「うん、平気だよ」
先程のポップと同じように、杯を傾けて中身を空にした。
「はい、ポップの番」
あの火のような酒を口にして、けろりとしている。
にこりと微笑んでポップにビンの先を差し出した。
「マジ?」
正直さっきの一杯で、胃がかなりカッカ来ている。
ここまで極端に強い酒はポップの好みでは無いし、
明日の朝から押し寄せる筈の仕事の山を考えると余り悪酔いもしたくない。
「止める?なら勝負はポップの負けだよ」
「何だと〜?」
ダイは目の高さにまでビンを上げ、ちゃぷりと残りの量を確かめる。
「此が無くなるまで、互いに呑んでくんだって、此処で止めるなら俺の勝ち」
そんな風に言われると、ポップの中の自尊心が黙ってられないのを知り抜いているかの様だ。
それを憎らしく思いながら、ポップは内心楽しむ自分もいる事を見つけた。
「よっしゃ、受けてやるぜ」
ずいっとダイに向かってやや乱暴に緑杯を突き出した。
【秘密】その3
【秘密】その4
「…勝負なんだから、ダメだよ」
「しょうぶったって後幾らも残ってねーだろぅ、決着つかなかったらどーなんだよ?」
呂律も怪しい状態だが理知はまだ保たれているようで、
ほらよ。とポップは手に持つ瓶を揺すって見せた。
「そしたら引き分けだ」
覗き込むポップの瞳の強さに、ふいと視線を外してダイはどこか拗ねた子供の様に言い投げた。
「……わぁった、勝ちゃあいいんだな?要はこの勝負、相手より多く呑んだが勝ちだろぉ?」
「……そう聞いた」
ダイが頷き、それを確認したポップがニンマリと目を細めて悪い表情をしたかと思うと、
ダイの手に持っていた杯を引ったくり一息に飲み干した。
「あっ?!」
そして自らの手に握った瓶に直で口を付けると、残っていた液体も唖然とするダイの目の前でグビグビ空けてしまった。
「ぶはーッどーだぁ!俺の方が多くのんだぜ〜勝ちぃ!」
「ず、狡いよポップ!」
「ずるくなーいっ頭脳派といえっ!」
流石に酔いが回りきっている所に、度数が半端でないアルコールの一気飲みはキツかったのか、
強気な台詞の割に完全に半泣きしている。
ポップは鼻を啜りながら酒瓶も杯も放り出し、
再度ダイの襟首を捕まえ、鼻先がぶつかりそうな程に顔が接近した。
熱い呼吸とむせるような酒の香りが直に掛かる。
「それによー狡ってんならよー、お前のほうだろぅが。こらっ」
「お、俺?」
「どーしてだかわかんねえけど、酔わねえ…いや酔えねぇのか?」
問いにダイは口を閉ざしたままだったが、逡巡した瞳の僅かな動きで答えはポップに知れた。
「……水くせぇじゃねぇか。なぁ、こんな賭けでもしなきゃよ、俺に言えねぇ事があんのか…?」
今度は明らかに酔いのせいではなく、ポップの目頭は熱く燃えて、
ぐすりと鼻を啜った。.【秘密】その5
「たしかによう、俺は遅かったぜ?」
呂律が回らない上に、嗚咽をしゃくりあげながらの言葉は酷く聞き取り辛い。
「お前がさ、まかいにいるってのがもっと早く…すまねぇ」
脈絡もない言葉の羅列、しかしポップが言わんとしている事が、ダイには解っていた。
二人を隔てているもの、それは明かされない空白に宿る。
五年間とゆう余白の時間は、否応無しに横たわって確かにポップとダイを分け隔てた。
しかしポップは今必死でそれを埋めようと、している。
「言えばいいだろうが!今日みてーに真っ暗な夜が魔界みてえで怖ぇって!」
ダイが地上に戻り目を覚ましてから、夜自分を訪ねる理由。
ポップも魔界に渡ったから解る。
太陽が無いあの世界は、心まで塗り潰されそうな暗黒が全てだった。
あんな所にたったひとり五年いたのだ。
その気持ちを思うと堪らなく辛い。
早く迎えにいけなかった自分が情け無い。
だが幾ら過去を嘆いても、やり直しは出来ないしダイはこうして今、此処に在る。
だからこそ、これからは、ずっと側に居ようと決意もあった。
しかしそんな些細な事より、
隠し事をした事実が心を傷つける。
確かに自分とダイの五年間は違うものだったろう、
自分には皆がいた、
ではダイは?
何も知らない。
いつの間にか伸びた背も、昔より低く代わった声も、酒を飲むような年になった事も、こんな
何かを諦めるような寂しい笑みの表情を覚えた事も。
俺が知らないダイの歴史。
「…教えてくれよ、ダイ。何が望みだ…?」
こんな回りくどい真似をして、何度も夜に訪ねては言いよどんで。
こんならしくない勝負まで利用し、
ダイが、ポップに望む事。
「…俺がいなくなっても、もう捜すなって、約束して欲しかった」
ダイは反らすことを赦さぬ真っ直ぐな視線で、
ポップの雲母の瞳をひたりと見詰めた。
【秘密】その6
「…んだよ、それ…わかんねぇよ…」
言われた言葉を一度霞かがった頭で反芻し、ポップはそれでも意味が呑み込めない。
いや、否定したいから気持ちが受け付け無い。
思わず漏れた声は、自分でも情け無い程掠れて聴こえた。
「だから」
ポップの両手に胸ぐらの衣服を掴まれたまま、
ダイは凪いだ泉の様な静かな声で、はっきり告げる。
「次に俺がいなくなったら、もう見限って。…それが望みだよ」
ダイを覗き込むポップの瞳がこれ以上なく大きく見開かれた。
「ばかいうなっ!出来るかんな事ッ!」
怒りに興奮したせいで酒が一気に脳に回り、
ダイの衣服を掴む指に力が入らなくなりそうだったが、爪を立てる様にして耐えた。
何処か労るような色がダイの表情に浮かぶ。
「俺はもう完全に目覚めたんだ」
「ダイ…?」
「竜の騎士として」
「…だから、何だってんだ」
真意を探るような、見透かすようなポップの理知的な瞳が、
酔いの淵から数瞬光を取り戻し、ダイを射抜く。
この目を恐れているから、わざと強い酒を持ち寄り飲ませて思考を封じた。
「今の俺は『ダイ』で在って、『ダイ』でないんだ」
先に目線を外したのは、ダイの方だった。
「俺の中には歴代の竜の騎士達が残した知識と、記憶があるんだよ」
世界の調停者として、生まれた命を全うした歴代の先人達。
バーンと闘うため紋章を完全解放した時に、総てを受け継いだ。
自分の中に内包する数多の、創世記より紡がれた竜の騎士の歴史。
歴戦で埋め尽くされた記憶の中に刻まれている
その仲間、
その愛しい人。
裂かれる、痛み。
末路。
『知る』からこそ、
そんな未来を自分で辿りたくなかった。
【続く】
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