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古
↓
新
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【閑話】
過ぎる秋と冬の寄る気配に烟る窓、
冷える水。
朝の心地良い隣に在る体温。
それらをふと反芻しながら、冬越えの為の薪を規則正しいリズムで割って積み上げてゆく。
単調な動作の時にはこうして思考を余所へ向けないと、自分は飽きてしまう。
「そう言えば今年も後少しで終わりかぁ」
ふとそんな事を再確認して、
意味は無いが澄んで抜けるような青を広げる空を仰いだ。
手の止まったついでに、うっすらとかいた汗を、充分に育ち引き締まった前腕で拭う。
測ったようなタイミングで、背にした木造りの素朴な一軒家の窓が開き、
ひょいと覗いた上半身のポップが、蒼空を仰ぐダイを見て柔らかく笑んだ。
「ご苦労さん、昼飯にしようぜ」
「あ、うん」
手にした斧を薪割り台座に刺し置いて、
ダイも心からの穏やかな笑顔を浮かべ振り返った。
そして大事な、大切な人が自分を待つ家に向かう。
扉を潜ろうとして、ドアの軋みに月日を感じた。
此処へ落ち着いてどれくらい経ったろうか。
二人で過ごし繰り返す光陰は何時の間にか重ねられ、
穏やかな日々は流れが速いと知る。
何時まで留め置けるか不明なこの日常こそ。
何より得難く、何より幸福だろう。
「何、そんなトコに突っ立ってんだよ。……どうかしたか?」
ポップは入り口に佇むダイを迎えて、蒸しタオルを差し出しつつ見上げてくる。
その眼差しに胸の奥を温められながら、ゆるゆると首を否に振った。
「…ううん、何でもないよ」
願わくば、この数瞬を永久に自分から奪わないで欲しいと。
ダイは神々ではなく、
形作くられてゆく確かな未来の不安に向かって、……祈った。【終わり】
2008/10/19
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【期成】
焦らなくても、いずれ成長すれば、
強い呪文も大きな力も身に付くと。
そう言われても待てなかった。
今、必要なんだ。
――その時そう望んだ代価は、こうして内臓を傷付ける事で支払ってる。
だが結局の所人間の欲望に終わりなど無く、
俺は、必要ならやはり同じようにもっとを望むだろう。
何故なら当時既に大魔道士と名乗るぐらいの力を持っていた師匠だって。
新たな戦いの為に
体に負担が掛かろうと、
メドローアを生み出す事をしたのだから。
幸いに神とかゆうモノらしい存在者は、
先だって俺の前へ現れた。
「汝が望むのならば」
俺は望んだ。
例えその代価が良く判らぬ来世なら、
考えたってわかんねぇから、構わないと答えた。
ダイの力に、隣に並んでいたいが為に。
戦える、力を。
今だ。
…今、欲しいんだ。
【終わり】
2008/11/08.
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【光海】
切り立った岩場の上から眺める情景。
遠い地平の雲間から割るように切れ差す光の刃。
蒼い水平の彼方にまで幾本も、ヴェールの様に柔らかな陰影を落として陽は重なり連なる。
広がる海岸線からの外世界は、
まるで荘厳なサーガの一節に触れたようで。
この景色をダイは島で一番好ましいと、物心ついた時より思っていた。
頭上の定位置にゴメちゃんを乗せながら、
飽きずに眺めたそのデルムリン島の記憶は幾たび不変で在るようだったのに、
何時しか其処の風景へ映り込んだ緑の人影。
たった一度だけだ。
繰り返した4380日の中のたった1日が、
こうして今、蘇る。
「おー、すげー良い眺めだな」
額に手を翳し遥を透かして、
緑に黒の魔法衣と、月色のバンダナは潮風になぶられるに任せている人。
「だろ?」
分け合える事が嬉しくて、つい昨日から兄弟子になったその魔法使いを見上げ、
ダイは自慢気に胸を張った。
「世界一綺麗だと思うよ」
「…そうかもな」
世間が狭いダイを笑う事無く頷いた横顔は、微笑んでいた。
「この景色をずっと覚えて居たいと思うんだけど、おれ頭悪いからなぁ」
その時そう考えた事まで、克明に覚えている。
死に神を連れて、
光矢となり翔け上がるダイの脳裏に過ぎった、
その思い出。
―――愛する地上の面影。
この光景を守りたいのだと。
ダイは後悔無く笑った。
【終わり】
2008/11/13.
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【半身】
分け合うものの、喜びを。
分け与えられる事の、確かな幸福を。
胸の奥にぽつんと灯るような温かさで知る。
「ほら、ダイ。お前の分」
差し出された手には、半分に千切られた保存用の干された乾燥パン。
「…ありがとう」
ダイは色々な言葉を呑んで、ただ心を込め礼を言った。
地の底の世界では、ヒトの口に出来る食糧は少なくて、
現に今も草一本生えていない荒れ地を進み、7日目だろうか。
それはポップと逢えてからの日数でもある。
地上へ繋がる《門》に辿り着くまでは、更に数ヶ月かかる。
己の剣のみ以外の荷物を持たないダイに対して、
ポップはとても用意周到の旅支度で降りてきたらしい。
背負った麻袋からは色々と道具やら、薬草やら、食糧が取り出される。
しかし其れにだって底をつく日は来るだろう。
一件無造作に分けられた様に見えても、その実ポップは何時もダイの分を多めにしている。
その事に気付きつつ、それに触れる事は彼の思いを傷つけるだろうし、
自分が気付いている事も知りつつ、
ポップはやはりそれでも素知らぬ顔をして当然のように行うのだ。
だからこうして、伝える礼の言葉に、
様々な思いを込めて言う。
俺が本当は別に、幾日も食事を取らなくても平気な躯になっていること、
必要な時は、この世界に住む異形の生き物を、
例えヒト形だろうと躊躇わず生きるために口に出来ること。
それらを伝えれば、
貴重な食糧を摂取するのはポップだけでいいのだ。
だけど、軽い口調ながら何も言わせない強い瞳で、
ポップが自分に分け与えるから。
――――失ったものを補い、血肉にするように。
ダイは手にしたパンを食む。
とても、とても。
美味な、
分け合った半身。
【終わり】
2008/11/17.
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【布石】
それは何時もの光景。
見慣れたもの。
「ポップ〜〜〜」
城内の長い渡り廊下を遥か遠くから、明瞭な明るい声が物凄い勢いで近付いてくる。
喚ばれた方はチラと振り返ると、
「おう」
と片手を挙げただけでまた忙しげに文官との会話と戻ってしまった。
しかしそんな事は一切お構いなしに、主人にじゃれつく大型犬のごとく、
ダイはポップの背中にぴょんと飛びつき首根っこに抱きついた。
力加減は慣れたもので、締めすぎて苦しめる事もない。
あの大戦から五年経って、
ダイは魔界からポップの手助けで地上へ帰還した。
十七歳のダイはまだポップの背丈に頭一つ分、追い付いていない。
だから肩口に抱き付こうとすると、必然ぶら下がりの状態となってしまう。
だが、背中から一人ぶら下げたまま、ポップは動じるでもなくスタスタ廊下を歩きながら、
やはり隣の文官とやり取りしているのだ。
冷静に見れば妙な光景だが、ポップと話す文官も、
すれ違う城の人々も、対して気にした様子は無かった。
たまに女官が
「ダイ様、あまりポップ様を困らせてはいけませんよ」
など等微笑み声をかけて通り過ぎるだけ。
当たり前になってしまえば、人間案外気にならないもの。
「ねーポップ、仕事終わったら街に夕飯食べにいこうよ」
直ぐ脇の耳許に口を寄せて、ダイは無邪気な口調で話しかける。
「ん〜?じゃあそれまで大人しくしてろよ」
受け取った書類に目を通しながら、ポップは短く言葉を返す。
「うん!わかった」
すり、と頬を首筋に擦り寄せ、ダイは太陽の笑みを浮かべた。
「ポップ大好きだよ―」
「へいへい」
大魔道士の背中に勇者がくっついたまま、パプニカ城の1日は過ぎてゆく。「………ねえ、ダイとポップって仲良すぎ…よ、ね?」
久しぶりにパプニカの仲間を訪ねてきたマァムが、そんな常識的な意見をレオナに向けた。
しかし、レオナは憂いのため息をふと吐きながら、ダイとポップの過ぎる姿を眺める。
「ダイくん何時までも子供っぽくて困るわ」
「え?あれって友情にしては度が過ぎてるような気が…」
「早く大人になって、ポップくん離れしてくれると良いんだけど」
「…そういうものなのかしら…?」
マァムもそれが当たり前と思ってしまえば、
気にならくなってきた気がした。
真実の心中を知るのは只一人だけ。
(少しずつ、慣れて、きっと当たり前になるよ)
「ポップ、おれずっと好きだよ」
「へいへい」
【終わり】
2008/11/20.
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