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3黒金SS第二弾。黒鉄視点
山間の星は地に近く、圧倒的に夜空を埋め尽くしていた。
風は初夏の暖かみを運んで来ていたが、やはり陽が落ちると肌寒い。
呪具の手入れを終わった時には、いつの間にか少年が寄り添い、その背を丸くして眠っていた。
肩口へ僅かに触れている箇所が暖い。
他人の温もりなんてずっと昔に忘れていたから、少し動揺した。
規則正しい寝息は、不思議と安らかに黒鉄の心を撫でる。
自分が昔に与えた使い古しの釘を、さも大事そうに抱えていた。
安心しきって弛緩するその寝顔を見ていて、ふと考える。
このまま此処へ置いて行ったならどんな顔をするのだろう。
旅は辛いものだ。
少年が憬れる様なものは何も在りはしない。
この二日、現実を見せてやれば諦めるかと、後に着いて来るのをほおって置いたが、
愚痴の一つも口にしなかった事は感心した。
自分がもうどんなに望んでも手に入らないモノを、この子は持っているとゆうのに。
どうして自ら捨てようとするのか。
傍らの存在を見やる。
柔らかい猫っ毛は整髪料で無理やり撫付けようとされても逆らって、
後れ毛が所々ピンと跳ねている。そっと手を伸ばし整えてやろうとしても指の隙間から逃げてゆく。
触れた所がむず痒かったのか、小さく身動ぎして何か呟いた。
何時か、自分も過去の夢に苛まれず安らかに眠る夜を迎えられるのだろうか?
火のはぜる音で、はたと我に返り手を髪から離す。
明日は言おう。
連れて行けない理由、自分が犯した罪。
きっと憧憬のまなざしは軽蔑に変るだろう。
そしてそれは己の中に一抹の寂しさも伴うけれども。
墜ちてきそうな星の群れを見上げる。
世界はこんなに広いのに、自分の存在を知る人間はもはやこの少年しかいないかもしれない。
そして明日からはまた独りになる。
小枝を幾つか焚火にほおり込み、火を大きくした。
せめて今は、隣りに在る少年が寒くない様に。
自分の中に生まれた温もりを消す、その寂しさを埋める様に。
火は朝まで燃え続けた。
終。
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