戻る道はもはや無いのに。
自分が持つは蒙眛ばかり。
紛い物では無く、本物になりたい。
あなたの様に。
【似て異なる】
暖かい手はやがて熱が引いて、自分の温度だけが取残された。
喉は掠れ名が呼べない。
何故こんなにも儚いのだろう。簡単に、余韻も残さず、去って逝く。
「まだ何も、何も教えていただいて無いんです」
あの微笑んだヒトは共に行けない。これより先は過去になる。
「どうしたら良いんでしょうか?何を望みますか?」
握り締めた手のひらは自分より大きく、力を失った今も拠り所となる気がした。
「俺の望みはあなたの様になりたかった」
そんな自分にそのヒトは、自分の様になるなと言った。
ならば。
「何を望みますか」
虚空を見詰める眼は所在無く。
魂がそこに無い。
…あの魔物が持って行った。
「師匠」
腕を伸ばし、何も見ていないその瞼を閉じた。
「俺はあなたの望みを俺の望みにします」
落ちた釘を握締める。
重い金属の塊はヒヤリと冷たく、体温を盗まれる。
「俺は師匠の様に強くないけれど、それでも強く思う事は出来るから」
鉄は冷たいが熱を移す事は出来る。
折れたなら何度でも打ち直し、蘇る事が出来る。
例え似て異なるモノとなっても。
「俺が遺志を継ぎます」
金剛はもう一度強く黒鉄の手のひらを握締めた。
熱が少し、移った気がした。
【終】
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