【福音】
触れた所から溶け込む雪の様に、体温で身体は境界を無くした。
キツく閉じすぎて震える瞼を指先が慰める様に撫でてゆく。
痛みはとうに麻痺している。
只、形容しがたいうねりが支配するその事を上手く伝えられなくて、背中に爪を立てて縋ったら、
微かに反応が返って来た。
意味があるか、そんな事は今はどうでも良い。
熱を交ぜ合い隙間を埋めてゆく。
互いを繋げているものはわからない。
無くしたものを持つ、共有の感傷かも知れなかった。
目を開ければ奈落の瞳が覗き込んだ。
ああ、絶望している。
罪を追う眼。
きっと自分も同じ眼をしているに違いないと思った。
母はこの身と引換えに命を喪った。
父の存在は元より知らない。なのに、髪も瞳も身の内に取り込んでいる。
罪深いのは自分だ。
ならば。
この胸に湧く想いは、憧れより強い想いは。
…に違いない。
再会と抱擁は何を意味するだろう。
忌みする何かを指すのだろうか。
それでもこの刻は互いの中で新たな罪となり、何時までも血を流し続けるに違いない。
溶け合いながら呟かれた言葉を覚えている。
「灰は灰に、塵は塵に、しかし俺は帰る場所を失ってしまった」
熱に浮かされながら思う。
『還る処を失ったならば、ここに還ってくればいいのに。』
しかし今の一時だけは互い以外の全てを忘れてしまおう。
再び旋律は繰返される。
奔流に飲み込まれながら、微笑んで瞳を臥せ名前を呼んだ。
確かに存在が在る事を、報せる為に。
【終】
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