高い天井にその声は朗々と響く。

懺悔の間の暗闇で、許しを請う事が出来なかった。

己が望んだ結果だとしても、今在る立場は決して安らぐものではなかったから。

【ハナズオウ】

凶悪な魔物を封印する為の館だとゆうのに、煉瓦造りの参道の両側には

優しげな薄紫の小花を付けた樹の群集が立並んでいた。

むせる様な花の香に黒鉄は眉を潜める。これもこの館守を預かる、あの人の趣味なのか。

甚だ疑問だ。

小高い崖の上に立つ、辺鄙な館には似つかわしくない。

黒鉄は常々そう思う。

一度意見したが、兄弟子に当たるその人は

「咲いてるところで別に害が在る訳でなし、構わないじゃないか?」

いつもの軽い物言いで、あしらわれてしまう。

天才の考えている事は理解出来ない。

黒鉄がその花を嫌うには訳があった。

満開の頃には暗い湿った地下室の、一番奥までその香が届くからだ。

「花の香がするなぁ」

封印された、邪悪な魔物の癖に何が花の香だ。

この魔物を真面に相手にしたら魂を汚される。

そう聞いているので黒鉄はいつもの通り無視する。

それで無くとも、最近無意識にこの魔物の虚言を、冷静に聞くことが出来なくなってしまっているのに。

「この花、何ていうか知っているかァ?黒鉄…」

馴々しく呼ぶ口調が腹立たしい、粘つく声色。

「ハナズオウってゆうんだとよォ…鎖上が言ってた」

瞬間的に胸がムカつく。

あの人は何をこんな魔物と花の話などしているのか。

自分には何も話すなと言っておいて。

「だから何だ」

荒げた声に魔物が笑った。

「そうか…お前は鎖上が嫌いなんだなァ」

背筋が震えた。

「俺と同じだァァ…」

魔物の三つ目は奇妙に歪み、それが笑みの形だと気付いたのはしばらく経ってからだった。

頭が明瞭に働かないのは、きっとこの充満する香のせいだろう。

「馬鹿馬鹿しい」

黒鉄は壊された釘の交換を終えると、魔物に背を向け地下室を出た。

あの人が手入れをしないので、庭の樹木の世話も必然的に黒鉄がする事に為る。

どうしてあんな杜撰な性格でこんな重要な地を任されるのか?。

いや、だからこその補助なのか。

水を、今が常世と咲き誇る花に撒いてゆく。

先での魔物の言葉を思いだした。

「…馬鹿馬鹿しい」

魔物の言霊など自分には効くものか。

目の前の一枝を掴み、力を加えると簡単にへし折れた。

その時急に名を呼ばれたので、内心竦む。

館から街へ下る海沿いの街道階段を登って来る人影が、振り返った黒鉄に手をあげて笑った。

白の長い法衣が、強い崖風にあおられている。

歳を重ねるとそれなりに見えるせいか、性格は今だって気侭なのに、

仰々しい司祭服も様に成っているのがなんだか腑に落ちない。

ハタと手に握った枝を隠す。

酷く落ち着かない気持ちがして、黒鉄は踵を返すと早足で扉を潜った。

手折った花の枝は結局、祭壇の広間の角にひっそりと生けられた。

後日あの人は自分を呼んで、何か変わった事は無いか?そう尋ね、

特に殊魔物のとの接触を気を付ける様に何度も忠告した。

俺はそんなに頼りないか?

仕事は果たしている、説教するのはやめて欲しい。

そうだ、俺は、貴方の弟子じゃないのに。

その明朗な声が、奇妙に癇に障った。

悪いのは総てあの人だと、暗い悦びに心は呑まれる。

…契約は破棄となった。

花は今年も咲いてるらしい。
いつの間に季節は巡ってしまったのだろう。
夜風に乗り、馴れたハナズオウの香が闇に染み込んで漂っている。
ふと旅の脚を止めて花を探した。

ああ、あの人は。

もう本当にどこにもいないのだ。

自分が裏切ったから。

黒鉄は初めて知った気がした。

【終】

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- 2007.05.02 -

- ハナズオウ -

花言葉 : 裏切り

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