【櫻の樹の満開の下】
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暖かい風が心なしか夜の闇を和らげる。
山道を往く視界の先に、ぽつりぽつりと灯りを点したように山桜が白く発光していた。
まるで道行きを導く様だと金剛は思った。
この季節になると決まって故郷を思い出す。
今も咲き誇るであろう、思い出の中にあるあの古木の櫻。
そこに眠る、自分だけの秘密も。
置いてきた一本の釘も。
全て、散り積ってゆく花弁に覆い隠され誰も気が付かない。
師匠、師匠。
貴方に遇った行幸は
俺の中で思い出す度一本の櫻のように、繰返し咲く。
巡る月日が全てを過去にしてゆくけれど。
それだけは、永久に不変で在ればいい。
俺はゆっくり瞼を閉じた。
…今夜は、きっと。
闇に咲く華の下に待つ貴方を思い出す。
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【終】
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