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【彼の岸】
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これは夢だ。
そう判っていても、妙な生々しさは消えない。
抱締める腕、触れる髪、掛かる呼吸の熱ささえ肌に感じた。
嬉しい筈なのに、何故か胸の奥が痛むのは、自分はあの時より少し背と髪が伸びたのに、
自分を抱締めるこの人は何も変わって無い事なんだろう。
一緒にいた頃、こんな風に抱擁された事は一度足りとてなかった。
では何故今、自分はこんな夢を見ているのだろう。
ただ、抱き締められる自分は、何を望んでいるのだろう。
感覚がリアル過ぎて、夢だとゆうことを忘れそうだ。
不意に懐かしい声が耳元で静かに囁いた。
「辛いのならば、かまわないんだ。」
回された手が宥める様に背を撫でた。
何故そんな事を言われるのか、解らない。
「俺は大丈夫です。必ずやり遂げますから」
安心してもらおうと、出来るだけ明るい声を出す。
しかし抱擁は弛まなかった。
自分が不甲斐ないからこんな風に心配を掛けるのだ。
そう思うと、不意に眼の奥がジワリと熱くなり、涙を誤魔化すために肩口へ顔を埋めた。
「それは弱さでは無い、だからいいんだ」
この人がそう言うならば、そうなのだろう。
金剛は、頷いた。
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頬を濡らす滴の冷やかさで目が覚める。
泣いている、とゆう事に驚いた。
何時以来の事だろう?
涙なんて、心が弱った現れと思っていたから、どんな時も奥歯を噛締め己を叱咤して来た。
だから無意識とはいえ、なんだか酷く気恥ずかしい心持ちになる。
そういえば今、何の夢を見ていたのだろうか?
ごしごしと顔を拭きながら考える。
やはり思い出せない。だが何故か、とても気分が晴れている。
眠りに陥る前は、旅の疲労に四肢が苛まれていた筈だ。
夢で泣いたせいなのか?
悪い夢では無かった気がする。
ならば、それはそれで良いのだろう。
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金剛は長衣にすっぽりと身体をくるまらせた。
次に目覚めたならば、きっとまた先へ進める。
だから今は少しだけ…夢の続きを願う様に、目を瞑った。
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【終】
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