.

.

.

【彼の岸】

.

これは夢だ。

そう判っていても、妙な生々しさは消えない。

抱締める腕、触れる髪、掛かる呼吸の熱ささえ肌に感じた。

嬉しい筈なのに、何故か胸の奥が痛むのは、自分はあの時より少し背と髪が伸びたのに、

自分を抱締めるこの人は何も変わって無い事なんだろう。

一緒にいた頃、こんな風に抱擁された事は一度足りとてなかった。

では何故今、自分はこんな夢を見ているのだろう。

ただ、抱き締められる自分は、何を望んでいるのだろう。

感覚がリアル過ぎて、夢だとゆうことを忘れそうだ。

不意に懐かしい声が耳元で静かに囁いた。

「辛いのならば、かまわないんだ。」

回された手が宥める様に背を撫でた。

何故そんな事を言われるのか、解らない。

「俺は大丈夫です。必ずやり遂げますから」

安心してもらおうと、出来るだけ明るい声を出す。

しかし抱擁は弛まなかった。

自分が不甲斐ないからこんな風に心配を掛けるのだ。

そう思うと、不意に眼の奥がジワリと熱くなり、涙を誤魔化すために肩口へ顔を埋めた。

「それは弱さでは無い、だからいいんだ」

この人がそう言うならば、そうなのだろう。

金剛は、頷いた。

.

.

.

頬を濡らす滴の冷やかさで目が覚める。

泣いている、とゆう事に驚いた。

何時以来の事だろう?

涙なんて、心が弱った現れと思っていたから、どんな時も奥歯を噛締め己を叱咤して来た。

だから無意識とはいえ、なんだか酷く気恥ずかしい心持ちになる。

そういえば今、何の夢を見ていたのだろうか?

ごしごしと顔を拭きながら考える。

やはり思い出せない。だが何故か、とても気分が晴れている。

眠りに陥る前は、旅の疲労に四肢が苛まれていた筈だ。

夢で泣いたせいなのか?

悪い夢では無かった気がする。

ならば、それはそれで良いのだろう。

.

金剛は長衣にすっぽりと身体をくるまらせた。

次に目覚めたならば、きっとまた先へ進める。

だから今は少しだけ…夢の続きを願う様に、目を瞑った。

.

【終】

.

.

.

-2007.05.16-

文:ルドルフ  絵:竜

.

ブラウザの「戻る」でお戻り下さい(謝)

.

.