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獣は哄った
たなびく木霊のように
次はお前の番だと
それは死、そのものの笑いだった。
闘うことはその日から生きる術となる。
『強く想え。』
文の終わりはそう締め括ってあり、それをただひたすら自分は
信じた。
――信じたかった。
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【believein】
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何度も繰り返される戯れ言は、心を蝕む。
「おまえ、飽きないなァ、力もないくせに」
黒い獣は何時もそう締め括る。
「お前を喰うのは直ぐに出来る。何でしないか解るのかよォ?」
その日は酷い手傷を負わされた。
魔物を追ってちょうど半年になる。その時だった。
胸から流れ出る自分の生命をはっきり感じる。
「貴様は、俺が…」
「その台詞は聞き飽きてんだよ」
余りの出血で目の前が暗くなりかけながら、金剛は釘を構えた。
ヒタヒタと嘲笑う様に実体を現した闇の獣は直ぐ目の前にいる。
裂けた口が嘲笑うと、鋭い錐のような牙がびっしりと並んでいる。
巨大な捕食者。
生き物としての本能で金剛は身がすくんだ。
「そうだ、その表情だ」
心底愉しそうに獣が咽を鳴らした。
「紛れ当たりといえ、俺の体に釘を突き立てたんだァ、その仕返しをしなくちゃなあ」
体を立たせたが力が入らず膝が笑う。
背中に背負った釘を入れた荷が重く感じた。
血はどれくらい失うと死ぬのだったか。体の三分の1?
裂かれた傷は痛みより燃える様に熱い。
「苦しなぁ、俺が憎いかァ、弱い自分を許せないだろ…」
ジワリと辺りの黒い陰が濃くなった。
獣の禍々しい顎はますます嬉しそうに引き上がる
…喰い刻か?
魔物はそれを見極めているのだ。
金剛は血の気の引いた指先で外套のポケットを上から探る、そこに在るものを確かめるために。硬い角張った感触が掠める。
…もう暗唱するほどに読み込んだ手帳。
今の自分の全て。
「貴様になど、負けはしない」
ありっけの気力を振り絞って釘を振り上げた。
深々と獣の胴体に突き刺さる。
地響くような聲を上げて邪煉は霧散した。
もう指先さえ持ち上げる力も残っていなかったが、金剛は歯の根を食いしばり虚空を睨む。
幸い邪煉は散りじりになったまま、夜明けを避けて飛び去ったようだった。
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「ぐっ……」
がくりと膝を折った。
耳元に鳴り響き警告している心臓の音がうるさい。
血止め薬を荷物から探しだす。
血の気が引いた指はなかなか言うことを聞かなかったが、無理に動かし傷へ塗り込めた。
特殊なルートで手に入れたそれは良く効いて、血はそれ以上失われず済んだ。
しかしこれだけ大きな傷なら、跡は肌に残るだろう。
そしてそれを目にする度、今日の死の恐怖は呼び起こされるのだ。
邪煉が吐く毒の言葉は、確実に自分を侵食している。
畏れは身に刻まれるたびに増大してゆく。
手当て後の青の手袋に、血の赤はヤケに引き立てられていた。
己自身の汚れた手を見たくなくて、地面に手のひらを擦りつける。
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「……大丈夫、だ。まだ闘える」
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自分にかけるべき呪文はただそれだけ。
「師匠……」
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『強く想え』
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信じたい。祈りが報われる日を。
あの死の獣の声に捕まる前に。
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「大丈夫だ」
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先程より強い口調で言ってから、瞼を閉じた。
少し休めばまた立てる。
きっと。
……きっと。
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【終わり】
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ありがとうございました!!
-2008.11.06-
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