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《エピローグ》

大魔道士は勇者を見付けて地上に戻ってきた。
不可能とされた時空間を超えて、魔界より。
満身創痍の勇者は長い間、魔界で闘ってきたとゆう。

竜闘気回復の為に、勇者は大魔道士が発見した直後から眠り続けて、先だってやっと目を覚ました。

そしてあれほど焦がれた地上へ、自身が還って来た事を知った。

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【beautiful world】

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一人の青年になりかけた少年が、高い壮麗な天井の日の光に満たされた明るい回廊を駆ける。

重さを感じさせない翔ぶような脚運びは、彼が幾千の修羅場を潜り抜け体得したものだ。

しなやかな野生の獣のように筋肉が躍動し無駄な物は一つとしてない、
完成されつつ在る戦士とゆうことを体現している。
短く乱雑に切られた黒髪は癖が強いせいか好きな方へ跳ねて、
丸みは取れた頬に引っ掻いたような十字傷。
まだ若干の幼い名残を残すどんぐり眼は今、戦場でも見せたことのないぐらい真剣さと焦りを湛えて炯としている。

辿り着いた廊下の先にある部屋の扉を感情が赴くまま開いた。

当然大きな音が響き渡り、頑丈な筈の重厚な扉の閂がぐらぐらと揺らめいた。
しかしこれだけ慌ただしい訪問に応える部屋の住人は、其処に居なかった。
本と何らかの書類にうず高く包まれた机、何時もはその疲れた肢体を受け止めていた簡素な細い椅子。
飲みかけの水差しさえ其のままに、忽然と主だけ切り取られた風景。
大きく開け放たれている窓に掛かる萌木色のカーテンがふわりと揺れた。
鋭くダイはそちらに視線を向け、駆け寄ると抜けるような碧玲の遥か彼方にルーラの軌跡を見た。

「ルーラッ!!」
刹那、迷い無く叫び発動させた瞬間移動呪文によって、ダイの身体は一筋の光となって大空に飛び出した。

ポップがレオナにパプニカの賓客の地位を返上したのはつい先程の事だ。

永き五年間に渡り、ポップはパプニカ復興のとダイの捜索にその頭脳と魔法力を培い、奮ってきた。
宮仕えではなく賓客とされたのは、仕事の合間に自由に各地へ飛んで、勇者を探すことを優先としたからだった。
レオナもそれを望んだ。
しかし、ダイの凱旋とその公布が正式に発表されてから、ポップはいきなりの賓客辞退表明をレオナにしたのだった。
まるで最初からそのつもりであったかの様に、つむじ風の如く迅速な仕事の引き継ぎを済ませたのは今日の午前の話だ。
ダイを探す前提の賓客といえば当然今、その役割を終えたと言えるのかも知れないが、余りにも素っ気ない幕切れだ。

あの大魔道士と勇者が無二の友で在ることは、周知の当然知るところだった。

なのにやっと帰還した勇者を置いて、パプニカを去るとゆうのだからから。
周りの者がビックリし、真意を確かめるためバタバタとしている間に、
簡素な荷造りをして、あっとゆう間にルーラで去ったポップを見たのがダイだった。

(――速い)
雲も景色も切り裂いて後方に瞬く間過ぎてゆく。
瞬間移動の名の通り、全ては光速で翔び去るのに、それでも遥か前方に見える光には追い付けない。

当然だ。
ダイは思う。
今この地上で(彼)より速く翔べる者はいない。
魔法力がモノを言う純粋な力なら、勇者のダイより魔法使いのポップの方が優れていて当たり前―…。
そうダイに語ったのは、世界の魔法使いの頂点に立つ大魔道士マトリフ。
その名を受け継ぐ二代目大魔道士ポップが全力で飛行すれば、魔法力で劣る自分など追い付けやしない。

(それでも)

ダイは追い付かなければならなかった。

ルーラは到着先の鮮明なイメージが必要になる。
ポップが何処を目指していても、ダイの目指す先がポップで有る限り見失う事は、振り切られるか、否かで決まる。
「ポップーッ!」

少しでもその距離を詰めたくて、ダイは叫んだ。
いつか大戦の最中、同じような事があった。
トベルーラで翔ぶポップに、ダイは追い付けなくて名を呼んだら、
ポップは笑って戻ってきて、自分の手を取り翔んでくれた事があった。

しかし今ゆく背中はダイの声など届いてないかの様だ。

こんな別れ方など望んでない。
ポップが魔界までダイを迎えに来てくれたのに、光在る地上へ連れ戻してくれたのに。

(何でポップが何処かへいかなくちゃならないんだ!?)

遥か光はさらに遠ざかる。
「…ッ!」
追い縋ろうとして、ダイは自分の精神が集中力を乱した事を知った。
長い間魔界でたった一人、闘っていたダメージの蓄積は、地上に還ってきてほっとしたせいかドッと押し寄せていた。
表面的な傷は癒せても精神的な傷はまだ完全では無い。
そこに全開の精神力でルーラを使ったのだから、異常を感じて当然と言えた。

散りじりになった集中力では飛行を保てず疾駆し、墜落するようにダイは空から墜ちた。

「――――イ…ッ!」

喚ぶ声。

ふと目を開けた先の空は底抜けに蒼くて、
そしてそれを遮る長めの前髪と揺れる黄土の布先が風に躍る。
心配気に見開かれた夕闇色の瞳には、ぼんやりとした表情の自分が映っている。

「馬鹿やろう…!」
意味も解らず罵倒されるが、ダイは安堵の溜め息を吐いた。

「ポップ」
自分を地面に届くより早く抱き止めた魔法使いは、名前を呼ばれると泣き笑いの様に表情を崩した。
ポップはダイの声が聞こえていたのだ。

「本調子じゃねぇのに、無茶しやがんな」

乱暴な口調だが本当は心底心配してくれている。
意地っ張りで優しい。
ダイは自分の上半身を抱き起こす様に包むポップの腕を、逃がさないかのように掴んだ。
「ポップ、どうして俺に黙って行こうとするんだッ?」

「…」
「さっきポップがもうパプニカを出てくって聞いて…探したらもう何処にもいなくて!俺、心配したんだ」
「ダイ」
「ポップが俺の傍からいなくなるなんて、嫌なんだ!絶対に!」

ダイが必死に言葉を吐く度に、ポップの顔は何故か硬く、薄氷が張るように表情が消えてゆく。
「だからポップ…」
「我が儘言うな」
すっと支えていた身体を離しポップは薄く笑った。
ダイに向けるには彼らしくない加虐的なその微笑みは、ダイを驚かせる。
「お前は俺なんかがいなくても平気な筈だ」
「ポッ…」
「俺の役割は終わり。後はまぁ、元気でやれや。俺も、やっと自由になる」

(役割?俺を地上に連れてくる事が?)

「姫さんが心配するぜ、帰れよ」

ダイは何故ポップがそんな事を言うのか真意が図りかねて、戸惑いその顔を見詰める。
夕闇色の瞳の深い所にあるのは、
(怒って、る?)

そうだ。
これは怒りを湛えている時のポップだ。
常に賑やかしい彼が、本気で怒ったり、何かを心の底から決意した時、深い森の泉の様に水面は静まり返る。

「嫌だ!」
耐えようもない苦しさで胸が押し潰されそうだ。
このままではポップを失ってしまうと、ダイの本能が告げる。
「やっと逢えたんだ!ずっと逢いたかったんだ…!」

あの魔界の暗い世界で正気を失わず、闘い続けてこれたのは。
いつか必ず地上に還ると信じる勇気を持てたからだ。

そしてその勇気をくれたのは、何時も側にあったダイの魔法使い。
何度も見た夢ではない、声も、瞳も、この手に握る腕も。
実感のあるポップだ。
それがすり抜けて何処かへまた行ってしまう。

絶対に嫌だった。

両腕でポップの薄い身体をきつく抱き締める。
まだ追いつけない身長のせいで、肩口に額をぶつけるような格好になる。

「だから、こうして逢えたんだ。もういいだろ。これからお前の側には姫さんがいる」

そうじゃない、とダイは頭を振る。
(どうしてわかってくれないんだ!)

「もう、俺を自由に、してくれ」
吐き出された言葉の意味は、ポップの本心だった。
ダイに囚われ、全てがそこに集約していく自分が怖かった。
自分の中の執着。
もし、また、ダイをあの時の様に喪うような事が起こったら…。

何時もフラッシュバックする光景、
ごめん、と謝り自分を蹴り落とす自分より小さい親友。
見上げるしか出来ない青空の遠くで光る爆発。
魂がバラバラになりそうな叫びを上げた。

あんな思いは二度としたくない。

生きているなら取り戻したくて、探した。

あのとき欠片と散った自分の心も。

今ダイはここにいる。自分を抱き締めて、確かに存在している。

心から安堵すると共に、もう側にいられないと思った。

あの時わかってしまったから。
いくら自分がそう望んでなくとも、ダイは同じ事があったら何度でもまた自分を残して行くのだ。

耐えられない。

だから、もう。

なのに、ダイはこうして自分を引き留めようとする。

置いていくくせに。

「お前は俺がいなくても、平気だ」

もう一度ポップはゆっくり噛んで含み聞かせるように言った。

「ポップの馬鹿!!」
突然声に怒気を混ぜてダイは叫んだ。
「馬鹿だとッ?!」

「そうだ!分からず屋!」
ポップの、鎮痛な思考に凍った心がカッと燃え上がった。

「テメェ!」
「…じゃない…平気じゃないよッ!!」

ダイは抱き締める腕に僅かに力を込めた。
それでもポップの背中はギシリと軋む。
この腕には本気で力を入れれば簡単に物でも人でも壊せる力がある。
人間ではない自分。
それをバーンとの闘いでも、魔界での闘いでも思い知った。
それでも自分の中の魂を信じてこれたのは

「「たとえどんな姿だろうが…ダイはダイだっ!!!」」

そう言ってくれたポップの言葉。

その存在。

あの瞬間、爆発に捲き込みたくなくて、生きていてもらいたくて、
突き放し置いていった事を後悔はしていないけれど。

だからこそ今思う。
もっと護る力があれば、もっと強く成れば。
ポップを置いて行かずにすむ。

結局大事な人を苦しませた5年間、自分も二度と独りきりでさ迷うのは嫌だ。

「手を離せ!」

「嫌だ!」

「俺はもうお前の側にいたくないんだよ!」
血を吐くように絞り出された叫び、言葉の表皮だけを取れば明らかな拒絶の決別。

でもダイは感じた。

この言葉の真意を。

「そんなの関係ないッ!俺が決めたんだ!」
心のままに激昂する
「ずっと!もう離れないって、手を離さないって決めたんだ!!」
「勝手だバカヤロォ!」
熱い涙がポップの意思を無視して壊れた様に瞼の奥からせり上がる。

「今更なんだ!テメェが離したんじゃねえか!俺の願いを無視したくせに勝手なヤローだ!ふざけんな…ッ!!」
止めどなくなった涙腺でもう視界はぐちゃぐちゃだ。
酷い顔なのは頭のどっかで認識していたが、形振り構えられない、感情が昂りすぎてクールを保てない。

両の手は固く握りこまれ爪で自分の掌を傷付ける程に。
そしてこの背を抱き込む硬いダイの背を叩く。
「離せよ…!!!」

突き放したかった。

あの時置いていかれた同じ気持ちを、この自己犠牲が強い勇者に何百分の一でもいいから味わわせたかった。

どんなに自分が狂おしい程に哀しんで、恨んで、求めたか。

「ごめん…ポップ…ごめん…でも離さない」
ダイは背に叩き付けられる拳の激しさに胸が震えた。
所詮魔法使いの腕力、屈強な竜の騎士の肉体には傷一つつけられない。
しかし其れより深い魂に、その痛みは届いた。
地上に還ってきて目が覚めてから、レオナや皆に聞いた。
どんなにポップが自分を探し求めくれたか。
どれだけ心と身体の傷を引き摺って今に至るか。
嬉しかった、同時に哀しかった。

俺の、魔法使い。

「ポップ、傍にいて、俺の隣に、居て助けて」

未だに残す出逢ったころの幼い名残の言葉遣い。

たった其れを認識するだけでポップの両手から力が零れ落ちる。

(ダイ…!ダイ!!)

いつの間にか両腕は服を握り締め、もはや責める力を失っていた。
「ポップ、ありがとう。俺をずっと探してくれてありがとう。忘れないでくれてありがとう。俺の事を一番に考えてくれて、ありがとう。」
自分の肩口に項垂れ、その嗚咽を漏らすポップに向かってダイは溢れる気持ちのまま告げた。

「俺は強くなるよ、もう置いて行かずにすむために」

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「だからずっと、傍にいて」

本当は、何より優先されるべきたった一人の勇者の言葉に、
否定できる者など誰もいないのだ。

…ポップは微かに頷いた。

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(挿し絵:えあ様)

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2008/6/11

2009/9/2 えあ様からの挿し絵追加☆

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