【一昼夜に、時は流れて】
―――あの大戦から五年、おれは長い魔界での戦いを終え、懐かしい地上へ還ってきた。
そしてずっと抱えていたある思いを、強く抱きしめた再会を喜ぶ魔法使いに伝えてそれから・・・。
心地よい初春の早朝。ダイは旅の荷物を詰め込んだ皮の背負い袋を肩に掛け、機嫌よくニコニコと晴天の透通るように青い空を見上げた。
実際、鼻歌の一つでも歌いたい気分そのままに足取りも軽くスキップ気味で、路をすれ違う人が自分を振り返る気配だって気にしない。
そうして進んだ町の外と内とを分ける門にて、待ち合わせの約束をした人影が佇んでいるのを認め、一気に足早になる。
「おはようポップ〜!お待たせ!」
「おはようさん。じゃあ、いっちょ行くか!」
五年前より大人になった二人は、今再び足並みを揃え新たな旅の空へと
踏み出したのだった。
パプニカ王都から伸びる街道はきちんと補正され、なだらかで見晴らしのよい地形が続く。
新緑の丘や路沿いに植えられた針葉樹が、海からの爽やかな潮風を受けて涼しげに葉を揺らして二人の門出を応援と祝福を送っているようだとダイはおもった。
《陽の在る間》
ポップの出で立ちはシンプルな薄緑の旅人の服に深緑の長手袋、濃緑の地へ黒のラインが縁取りされた魔法使いの法衣を重ね着して、浅葱色の使い込まれたマントを肩に纏っている。
法衣の裾が昔より長くなったせいか、記憶の姿よりずっと大人びてなんとなく華やかな気がする。
もちろん15歳と現在の20歳では醸し出す雰囲気どころか身長など体の育成だって違うはずなのだが、ポップの成長以上にダイの成長が逞しく著しかったため、並んでいるとポップは昔のまま痩躯に感じられた。
(幸せだな〜こうしてポップと二人っきりで旅が出来るなんて)
実はダイが魔界から還ってくる時に通った時空の門が一時的に開放されたままとなり、
その時分魔界からは地上に悪意ある強力な魔族やモンスターが108匹ほど地上に逃げ出てしまった。
責任を感じたダイがそれらの全てに接触し、交渉もしくは倒す事がこれからの旅の本当の理由だったけれど。
・・・・それでも幸せなものは幸せだ。
肩を並べて歩きながら、近隣地図と世界地図の二枚をそれぞれ広げ持ち、顔を寄せ合うように眺め相談する。そのポップとの距離にも、ダイの胸はドキドキと鳴りっぱなしにうるさい。
ダイは横目で色々旅のプランを説明するポップの横顔をさり気無くつぶさに観察する。
以外に長い睫が下向き加減の瞳にかかり、その母親似の実は整った面が浮かび、薄い唇は記憶より少し低くなった声にて歯切れよく言葉が紡がれ時折同意を求められる。
それに対しうんうんと相槌を打ちつつまるきり脳内は別な思考に占められていた。
(なんてゆうか・・おれを探すために大変な旅をしてたって皆には聴いたけど、やっぱり顎のラインとか体とか凄く引き締まってしなやかな感じがする・・・)
くるくると廻る豊かな表情はもとポップの魅力だったが、子供子供していた時期を脱し、人知れず苦労を重ねた影をどことなく帯びて、大人びた艶のようなものが滲みでてきている。
(ああやっぱり、大好きだ!)
ダイはこの旅に出る前告げた言葉を繰り返して胸で復唱した。
ぽや〜っと見とれたダイの様子に、ちゃんと話を聴いてないと察したポップが地図から顔を上げてじろりと睨む。
「こら!聞ぃてんのか??」
「え?う、うん!」
内容を聞いていませんでしたとはもちろん言えず、笑ってごまかしつつ。あの急な告白にも関わらず、ポップがこうして想いを受け入れてくれて傍にいてくれることなった幸運な事実に、自分が思ったよりずっと浮かれていることを知った。
『オレも、ダイ・・・・お前が一番大事だ』
そう返してくれただけでは無く、パプニカに残らずダイと共に一緒に行くとまで言ってくれた幸福を反芻する。
実際こうして出発するまでには、レオナの主催した国を挙げてのパーティをするというのを断って直ぐ立つつもりだったのに、代わりに仲間に囲まれこの五年間の事を聞かれたり聞いたりと引き止められて一週間の時間が掛かってしまった。
だからせっかく両思いに成れたけれど、とてもじゃないがゆっくり二人きりになるチャンスは無かったのだが。――――今日からは違う。真実二人きりで過ごすのだから。
(そう!今夜こそ・・・・っ!)
今まで押さえつけていたリビドーを解放できる!
・・・かもしれない期待感に、ぐぐっと拳に力が入り握り締められて、下心を覆うため広げられていた地図がぐしゃぐしゃと丸まってもう体裁もつくろえてない。
本来の旅の使命はどこへやらきれいサッパリ忘れ、めくるめくピンク妄想が展開しているダイの脳内のことなどまるで解ってない感じのポップは、いたって普通の旅をする様子で、今日までに隣町に行き近隣に変異がないか聞き込みをするとかどうとかを話続けている。
(手・・・くらい握ってもいいかな)
とうとう我慢がきかなくなったダイの本能がちょっとだけ、と囁いて。
その甘い誘惑に誘われるままダイは並んで歩くポップの指先に手を伸ばした・・・その時。
《 ぴゅぅるるるるるぅる〜♪ 》
突如笛を吹いたような音が甲高く鳴り響いた。
「な、なに??」
「気をつけろダイ!敵だ!」
音の発生源はポップの腰ベルトに紐でぶら下げられた不思議な金属で出来た小さな薄い箱。
以前ポップが破邪の洞窟にもぐった時見つけた、悪意があるものが近づくと今みたいに音が鳴って知らせてくれる便利アイテムなのだそうだ。
しかも何故か、戦闘が終わるまで軽快な音楽が鳴り続け、途中敵に有効な一撃を与えたり深刻な打撃を受けたりすると、これまた音声で知らせてくれるという謎の応援機能もついているらしい。さすが神々の遺産といったところか。
ポップの警告と同時に、風を切る鋭い羽音が上空から黒い影が二人の前に舞い降りてきた。
そのモンスターの青銅色の肌は硬い光を放ち、蝙蝠に似た背の羽をバサリと打ち振るえば突風が巻き起る。爬虫類を思わせる尖った瞳孔には獰猛な殺気を映してダイを見る。
「地上の奴じゃねえ、もしかしてこいつは」
「逃げた魔物だよ、おれを待ち伏せていたんだ!」
竜の騎士ダイの名は、五年間ですっかり魔界にも鳴り響いた。地上を狙う者たちからすれば、排除したい筆頭の存在だろう。
ダイが少人数で行動し、しかも油断しまくっている今を狙って襲撃を掛けて来たらしい。
しかし、この魔物の最大の誤算はここから始まった。
「いきなり当たるとは運がイイぜ、さてダイ、こいつは何て奴だ?」
ポップは敵から目を離さずにダイへ呼びかけながら、腰から杖を抜き取り構える。
「ランガーって言って凶暴で凄く素早い。魔法にも強いよ」
背にしたダイの剣を抜き放ちながら早口で警告する間に。
ランガーと呼ばれた魔物は何事か呪文を唱え、鏡の様な輝きを持った魔法の壁がその身を包み込むかに多面へ出現する。
「っ!?あれはマホカンタじゃねぇかよ!」
フブーハならばポップほどの高レベルの魔法使いには問題なく力押しに打ち破れるだろうが、完全に反射となれば、命取りとなる攻撃魔法は使えない。
ポップは忌々しそうに舌打ちをした。
「そんじゃ、物理的な攻撃で倒すしかねえな」
「下がってポップ、おれが行く!」
魔法が駄目ならばと、当然ながらダイがポップを庇う様に前に進み出る。
大好きな人を背に感じて戦いに向かう高揚した気分は、魔界では決して味わえなかった。
(ポップには指一本触れさせないぞ!!)
いざ!敵と睨み合った時。
「まてまてダイ、ここはこのポップさまに任せとけ。お前まだ魔界から帰ってきた疲れが残ってんだろ?」
驚いて振り返れば、そこには準備運動よろしく屈伸するポップがいた。
「え?!だってあいつに魔法は」
「ピオリム・バイキルト!」
詠唱の間も無く二つ同時に施行された魔法は、ポップ自身の身体を眩しく覆った。
「よ〜し!キタキタぁ!」
長手袋をぎゅぎゅっと嵌め直して、おまけ不適に口端を少し上げて笑いながら手の杖を軽く握りなおした後、軽く爪先で地を蹴ったポップの姿がダイの目前から掻き消えた。
次の瞬間。突風が脇を走りぬけたかと思えば魔物の驚愕した悲鳴が響き渡る。
「ええっ?!」
見れば一瞬で相手との距離を詰めたポップが、杖で魔物の眉間に強烈な打撃を食らわせ脳震盪を起こしよろめいた所へ、空かさずトベルーラを使い遠心力を増幅させた回し蹴りを一ミリの容赦無く延髄に叩き込んだ場面だった。
《 ポップの かいしんの いちげき! 》
妙に抑揚が無い作り物めいた声が、マントをなびかせひらりと地面に降り立ったポップの腰あたりから聴こえた。どうやら例の便利アイテムが有効打を感知して知らせたらしい。
唖然と口を開けたダイに向かって、どぅよ!とばかりに親指をぐっとするポップ。
「めっさ強ッ!てか、ポップさん・・・・えーと、ジョブはまほうつかい??」
「はぁ?今更なにいってんだよ当たり前だろ」
いつの間に転職したのかと疑うほど鮮やかな肉弾戦っぷりに思わず出た質問にポップは爽やかに笑って見せている。
(でもあの杖も・・・・今気づいたけど、なんかよく見ると赤が変色して黒っぽく変色したみたいなシミがあちこちに付いてるし・・・木の模様の塗装が剥げた下にオリハルコンッぽい金属が・・・?!)
最初とは違うドキドキ感に胸が絞められた時、倒れ伏していた魔物がいきなり飛び上がって最後の力を振り絞りポップの向けた背中へ襲い掛かった。
「危ない!ポップッ」
「甘いぜッ!」
振り向きざまに突き出した杖の先から、シャキ−ンと音がして針が飛び出した。
《 きゅうしょを いちげき! 》
再び感情のまったくこもってない声が響いて、出る幕のまったく無かったダイが色々衝撃覚めやらぬまま戦闘は終わったのだった。
「さて、動いて小腹がへったし、さっきの魔物が素早さの種持てたから荷物にならねえよう食っちまおうか」
近場の倒木を椅子代わりに一休みしていたポップから差し出された手には、確かに細長い素早さの種が数個乗っていた。
「う・うん、半分もらうね」
「ああ全部やるよ。おれの分はいつもコッチの種を喰ってっから大丈夫」
そう言って荷物から取り出した小さな袋をダイに見せる。
そこからザラザラ出てきたのは全部、ちからのたねだった。
「うん・・・どんなになったって・・・ポップはポップだもんな」
(この五年間、苦労したんだね・・・)
リスのごとく頬に種を頬張ってぼぉりぼぉりと漢らしく噛み砕くポップを、何だか色々超越した愛おしさが詰った眼差しでみつめながら、ダイは微笑んだのだった。
【終わり→月の在る間】
20100615 (ブラウザの戻るでお戻り下さい。)